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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1章:漆黒の流星
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7/15

4話:夕暮れの教室①

先日のプール破壊事故いや事件から数日後――。


不可抗力とはいえ、校舎裏のプールを跡形もなく吹き飛ばした罰として、黒神零は1週間の放課後掃除を命じられていた。


放課後。

誰も使われていない古い教室へ、夕陽が斜めに差し込んでいる。

窓から入り込む春風が、積もった埃をふわりと舞い上げた。

静かな教室には、箒が床を掃く音だけが規則正しく響いている。


「全力でやれって言ったの、先生の方だろ……。」


机の脚に積もった埃を払いながら、零はぼそりと呟いた。

誰へ向けた文句でもない。

それでも、1人で掃除をしていると自然と口から漏れてしまう。


コン、コン。

控えめなノックが教室へ響いた。


「黒神くん……。」


聞き慣れた声だった。

零は箒を止め、ゆっくり扉へ目を向ける。


「白河?」


そこには白河鈴華が立っていた。

夕陽を受けた長い黒髪が柔らかな光を帯び、碧色の瞳には少しだけ緊張が浮かんでいる。

胸の前で重ねた両手からも、ここへ来るまで何度も言葉を考えていたことが伝わってきた。


「珍しいな。」


零は箒を壁へ立て掛ける。


「どうした?」


鈴華は静かに一礼した。


「少し……相談したいことがあるんです。」


その声には迷いよりも決意があった。


零は教卓の横にある椅子を軽く引く。


「立ち話もなんだ。」

「座れよ。」


「ありがとうございます。」


鈴華は小さく頭を下げ、静かに腰を下ろした。

一方の零は教卓へ軽く腰を預ける。

夕陽が2人の影を床へ長く伸ばしていた。


鈴華は一度だけ深呼吸をする。

緊張を吐き出すように息を整え、ゆっくり顔を上げた。


「黒神くん。」


碧色の瞳がまっすぐ零を見つめる。

「私の魔法のことで、相談に乗ってもらえませんか。」


零は少しだけ目を丸くした。

「……俺が?」


「はい。」

迷いのない返事だった。


零は少し考える。

「教師もいるだろ。」


一拍置き、静かに続けた。

「他の友達や白河なら風紀部の人達だっている。」


黄金色の瞳が鈴華を見つめる。

「なんで俺なんだ?」


鈴華は一度だけ視線を落とした。

言葉を選ぶように小さく唇を結ぶ。

やがて決意したように顔を上げた。


「入学式の日。」


教室へ静かな声が響く。

「あの日、私たちを助けてくれた人。」


碧色の瞳は少しも揺れない。

「……黒神くんですよね。」


教室の空気が静まり返る。

窓の外から聞こえていた運動部の掛け声も、いつの間にか遠ざかっていた。


零はすぐには答えない。

夕陽に照らされた床へ視線を落とし、記憶を辿るように少し考える。

頭の中で記憶を辿る。

入学式の日、路地裏で放った黒い魔力。

そして、先日の実技試験。

魔法自体は違った。

だが、どちらも漆黒の魔力と、紫銀色に煌めく粒子が星屑のように舞っていた。

あれだけ特徴が同じなら、気付かれても不思議じゃない。


「あー……。」

小さく声を漏らした。


「……まぁ。」

「流石にバレるか。」


小さく頭を掻く。

照れ隠しのように苦笑すると、思い出したように頷く。


「そういや。」

「同じ制服で風紀部の奴が1人いたな。」


鈴華は静かに頷いた。

「あれが私です。」


その返事に、零は少しだけ驚いたように目を瞬かせる。


「……あれ、白河だったのか。」

思わず口元が少しだけ緩んだ。

「だから入学式の日、俺に声を掛けてきたのか。」


鈴華は驚いたように瞬きを繰り返す。

少しだけ苦笑しながら尋ねた。


「もしかして……。」

「気付いてなかったんですか?」


零は窓の外へ視線を向けた。

夕暮れの風がカーテンをゆっくり揺らしている。


「悪ぃ。」


どこか照れくさそうに笑う。

「ちょうどサイレンが聞こえてきてさ。」

「あの時はいろいろ急いでた。」


少しだけ間を置く。


「風紀部がいたのは覚えてたけど顔までは見てなかった。」


鈴華は肩の力を抜き、小さく笑う。

「そうだったんですね。」


柔らかな笑顔につられるように、零も少し笑った。

穏やかな空気が二人の間へ流れる。


鈴華は再び深呼吸をした。

胸の前で重ねていた手へ、自然と力が入る。


「黒神くん。」


静かな声だった。

零は視線だけを向ける。

碧色の瞳が真っ直ぐ零を見つめた。


「今まで見てきた魔法の中で、黒神くんの魔法が、一番綺麗だったからです。」


夕陽が教室を優しく照らす。

鈴華は少し照れくさそうに笑った。


「もちろん、強かったというのもあります。」

「でも、それ以上に。」


碧色の瞳が、まっすぐ零を見つめる。

「あんなに綺麗な魔法を、私は初めて見ました。」


その言葉とともに、鈴華の脳裏へ2つの光景がよみがえる。

入学式の日。

薄暗い路地裏で、自分たちを助けてくれた漆黒の星。

夜空へ浮かぶように現れ、紫銀色の粒子をまといながら静かに輝いていた。

そして数日前。

実技試験で放たれた超新星。

黒い奔流は無数の星屑を引き連れながら一直線に駆け抜け、一瞬でプールを消し飛ばした。

圧倒的な力。

それなのに、不思議なほど美しかった。

あの光景は、今でも鮮明に焼き付いている。

教室へ静かな沈黙が流れる。

零は思わず目を瞬かせた。

そんな言葉を掛けられるとは思っていなかった。


「だから。」


鈴華は胸の前で小さく手を握る。

「黒神くんなら、私に足りないものを知っていると思ったんです。」


零は照れ隠しのように鼻の頭を掻いた。

「……そんなこと言われると。」


少しだけ苦笑する。

「悪い気はしねぇな。」


鈴華の表情が少し明るくなる。

その変化を見て、零は小さく笑った。


「でもな。」

教卓へ軽く腰を預け、天井を見上げる。

「教師もいるし、風紀部にも強い奴はいるだろ。」

わざと話を終わらせるように言う。


だが、鈴華は引かなかった。

ゆっくり首を横へ振る。


「それでも。」


一歩だけ前へ身を乗り出す。


「黒神くんに教えてほしいんです。」

碧色の瞳には迷いがなかった。


「……だめでしょうか。」


最後の一言だけは少し弱々しかった。

期待と不安が入り混じったような声。

零はその表情をしばらく見つめる。

真っ直ぐすぎる。

ここまで頼まれて断るのも、大人気ない気がした。

やがて小さく息を吐く。


「……分かったよ。」

「相談くらいなら乗る。」


その一言に、鈴華の表情がぱっと明るくなる。


「本当ですか?」


嬉しそうな声だった。

その笑顔を見て、零は思わず苦笑する。


「ただし。」


教室をぐるりと見回す。

夕陽に照らされた机や椅子は、まだ半分以上残っていた。


「タダってわけにもいかねぇ。」


そう言って箒を一本持ち上げ、鈴華へ差し出す。

「罰掃除を付き合え。」


鈴華は一瞬きょとんとした。

だが、すぐに口元が綻ぶ。

「……それだけですか?」


零は肩を揺らして笑う。

「十分だろ。」


教室を見渡しながら続ける。

「1人でやると地味に長いんだ。」


鈴華は箒を受け取り、胸の前で大切そうに持つ。

「分かりました。」

柔らかな笑みを浮かべる。

「喜んでお手伝いします。」


零は少しだけ目を細めた。

「助かる。」


一拍置き、悪戯っぽく笑う。

「これで俺も早く帰れる。」


その一言に、鈴華は思わず吹き出した。

「ふふっ。」

「それが本音なんですね。」


零は悪びれもせず頷く。

「当たり前だろ。」

「面倒なのは、さっさと終わらせるに限る。」


鈴華は小さく笑いながら箒を構える。

「じゃあ、一緒に終わらせましょう。」


2人は並んで箒を動かし始めた。

夕陽が教室を茜色に染め、窓から吹き込む春風が静かに舞い上がった埃を外へ運んでいく。


しばらくは、箒が床を掃く音だけが静かな教室へ響いていた。

零は机の下へ溜まった埃を掃き寄せながら、ふと小さく声を漏らす。


「ああ、そういや。」

何気ない口調だった。


鈴華は箒を動かす手を止め、顔を上げる。

「はい?」


零は教卓へ軽く寄りかかる。

窓の外へ視線を向け、あの日の路地裏を思い返すように小さく息を吐いた。


夕陽を受けた黄金色の瞳が、静かに鈴華を見つめていた。

「1つだけ聞かせてくれ。」


その真剣な声色に、鈴華も自然と姿勢を正す。

「なんですか?」


零は箒を壁へ立て掛ける。

夕陽を受けた黄金色の瞳が、静かに鈴華を見つめた。


「人助けをすること自体は悪くねぇ。」

穏やかな口調だった。


だからこそ、その続きの言葉を鈴華は静かに待つ。


「でも、あの時、なんで飛び出した?」


教室が静まり返る。

窓の外では、部活動を終えた生徒たちの笑い声が遠く聞こえていた。

鈴華はゆっくりと目を伏せる。

脳裏によみがえるのは、入学式の日の路地裏。

怯える2人の少女。

3人の男子生徒。

そして、自分が風紀部の腕章を左腕へ巻いた瞬間だった。


「……怖かったです。」

ぽつりと零れた声は、とても小さかった。


制服の裾を握る指先へ、自然と力が入る。


「相手は3人でしたし……。」

「魔法を使われたら、勝てるかも分かりませんでした。」


あの日、胸が何度も高鳴っていたことを思い出す。

足だって震えていた。

逃げたいと思わなかったと言えば、嘘になる。

それでも――。

鈴華はゆっくりと顔を上げた。

碧色の瞳には、迷いはなかった。


「でも、目の前で困っている人がいたんです。」


一度だけ息を吸う。

夕陽が長い黒髪を柔らかく照らした。


「その人たちを見捨てることだけは、どうしてもできませんでした。」


少し照れたように笑う。

「だから……。」

「気付いたら、体が勝手に動いていたんです。」


教室へ静かな沈黙が流れる。

零はその答えを黙って聞いていた。

責めるような表情ではない。

むしろ、どこか納得したように小さく口元を緩める。


「……そういう性格なんだろうな。」


短く呟く。

その声には呆れではなく、理解が滲んでいた。

零は窓の外へ一度だけ視線を向ける。

夕陽が校舎を赤く染めていた。


「人助けをすること自体は悪くねぇ。」

穏やかな声だった。


「でも、次からは、まず自分を守ることを考えろ。」


鈴華は静かに顔を上げる。

黄金色の瞳が真っ直ぐ自分を見つめていた。


「自分も守れねぇ奴が。」

「誰かを守ろうとしても、結局は共倒れになる。」


教室に静かな沈黙が流れる。

零は続けた。


「だから強くなれ。」


その一言には、不思議な重みがあった。


「自分を守れるようになれば。」

「その分、もっと多くの人を助けられる。」


夕陽を受けた黄金色の瞳が、優しく細められる。

「だろ?」


鈴華は目を見開く。

その考え方は、今までしたことがなかった。

自分を守ることは、逃げることじゃない。

もっと多くの人を守るために必要な力。

胸の中へ、その言葉が静かに染み込んでいく。

碧色の瞳に、静かな決意が宿った。


「……はい。」


今度の返事には、迷いはなかった。

零は安心したように一度だけ頷く。


「それでいい。」


ぶっきらぼうな一言だった。

けれど、その言葉は夕暮れの教室で、誰よりも優しく鈴華の胸へ響いていた。

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