3話:初めての実技試験
入学から3日目
星峰魔法高等学校1年生は初めての本格的な実技授業を迎えていた……
魔力制御。
精密操作。
属性適性。
実践形式などなどクラスごとに別れて課題を受ける。
次々と課題が進む中、1人だけ異様な結果を叩き出す生徒がいた。
黒神零。
教師たちが思わず顔を見合わせる。
魔力制御は最高評価。
精密操作も最高評価。
実戦形式でも群を抜いた成績だった。
「……1年生でこのレベルか。」
1人の教師が結果表へ視線を落としたまま呟く。
「主席合格のA組、鏡野と比べても遜色ないな。」
別の教師も静かに頷く。
「いや……項目によっては、それ以上かもしれん。」
しかし、その視線は結果表の一番下で止まる。
「だが……一般魔法適性が最低評価か。」
小さく息を吐く。
「この実力で適性さえあれば、とんでもない魔法使いになっただろうにな。」
「惜しいな……。」
その呟きは決して本人を否定するものではない。
だからこそ、生徒たちも思わず結果表へ視線を向けていた。
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「同志黒神!」
影山が結果表を高々と掲げる。
「ほぼ全部トップクラスじゃねぇか!」
天野も結果表へ目を向け、小さく頷く。
「確かにすごいな。」
「実技は飛び抜けてる。」
零は結果表を一瞥すると、口元を少しだけ緩めた。
「まあ、悪くないだろ。」
どこか満更でもない口調だった。
天野は思わず笑う。
「少し調子に乗ってないか?」
零は肩をすくめる。
「褒められたら、乗るだろ。」
影山は何度も頷く。
「その素直さ、嫌いじゃない!」
そう言うと、ニヤリと笑って結果表の一番下を指差した。
「……ただし!」
「一般魔法適性は最低評価!」
零は結果表へ視線を落とし、ふっと鼻で笑う。
「別に困ってねぇし。」
「そこは気にしないんだな。」
天野は苦笑を浮かべる。
気にする様子もなく。
「他ができりゃ十分だろ。」
「普通なら気にするとこなんだけどな。」
天野は呆れ半分、感心半分といった表情で零を見る。
影山は腕を組み、何度も頷いた。
「さすが同志黒神!」
「細かいことは気にしない男!」
零は小さく息を吐く。
「好きに言っとけ。」
3人のやり取りに、周囲からも小さな笑いが漏れた。
少し離れた場所で、その様子を見つめる少女が1人。
白河鈴華だった。
(……不思議な人。)
一般魔法適性は、魔法使いを目指す者なら誰もが気にする評価項目だ。
火、水、風、雷、土、光、闇――。
一般魔法は授業や実戦だけでなく、将来の進路にも大きく関わる。
属性相性を活かした戦闘。
仲間との連携。
魔力効率。
そして、公的な魔法組織へ進む際の評価基準にもなる。
だからこそ、適性が低いと分かれば、多くの生徒は落ち込む。
焦る。
悩む。
それなのに、黒神零はまるで気にしていなかった。
最低評価を笑い飛ばし、友人たちとの他愛ない会話を楽しんでいる。
その姿は、ごく普通の男子高校生にしか見えない。
鈴華の脳裏へ、入学式の朝の出来事が蘇る。
夜空のように美しかった漆黒の星。
誰よりも圧倒的だった力。
あの人物と。
目の前で笑う黒神零が、どうしても重ならなかった。
(やっぱり……。)
視線が自然と零へ向く。
(人違いだったのかな。)
そう思おうとする。
けれど胸の奥に残る違和感だけは、どうしても消えてくれない。
その答えを知るのは――
この日の午後だった。
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そして午後。
最後の課題。
最大出力測定演習。
校舎裏にある屋外プールへ、1年C組の生徒たちは移動していた。
プールの底や壁には、測定用の特殊装置が埋め込まれている。
担任教師が出席簿へ目を落とし、1人の名前を呼ぶ。
「黒神くん。」
零は気怠そうに一歩前へ出る。
教師はプールを手で示した。
「君の番だ。」
「最大出力で撃って構わない。」
後ろから影山が軽く背中を叩く。
「頼んだぞ、同志!」
天野も笑みを浮かべた。
「期待してる。」
零は所定の位置まで歩くと、水面へ視線を向けた。
静かなプール。
その広さを確かめるように一度だけ見渡す。
やがて、小さく息を吐いた。
「……全力出したら。」
振り返る。
「プール壊しちゃうけど、いいの?」」
その一言に、生徒たちは顔を見合わせた。
やがて誰かが吹き出す。
「ははっ、冗談だろ。」
「さすがにプールは壊れねぇよ。」
「遠慮しないで撃てって。」
笑い声が少しずつ広がっていく。
教師も苦笑しながら頷いた。
「安心しろ。」
足元のプールを軽く叩く。
「この施設は測定専用の特別製だ。」
「多少の魔法では傷一つ付かん。」
その言葉に周囲も大きく頷く。
「先生の言う通りだ!」
「思いっきりやれ!」
「最大出力、見せてみろ!」
零は肩をすくめ、教師へ視線を向けた。
口元だけ少し緩めた。
「言ったからな。」
「後悔しても知らねーぞ。」
その笑みは、自慢でも挑発でもない。
本当に確認しただけ。
そんな表情だった。
周囲はまだ笑っている。
その様子を見ていた鈴華だけは笑わなかった。
碧色の瞳が静かに零を見つめている。
(……なんだろう。)
胸の奥がざわつく。
理由は分からない。
でも、黒神くんだけは笑っていない。
ただ、事実を口にしただけ。
そんな表情だった。
本人は違うと言っていた。
それでも――
胸の奥の違和感だけは消えなかった。
零は鈴華の視線には気付かないまま、右手を静かに前へかざす。
「銀河星――バージョン超新星。」
その瞬間だった。
空気が変わる。
ざわめきが止む。
春風さえ息を潜めたようだった。
零の掌へ、1つの漆黒の星が生まれる。
光を飲み込むような黒。
その表面では、紫銀色の粒子が星屑のように静かに瞬いている。
鈴華は思わず息を呑んだ。
「……綺麗。」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
次の瞬間。
その美しさは、本能的な畏怖へと変わる。
圧倒的な魔力。
空気そのものが震えていた。
零は静かに口を開く。
「砲撃。」
轟音。
漆黒の奔流が一直線に放たれる。
黒い光は無数の星屑を引き連れながら、プール全体を飲み込んだ。
一瞬で水面が消える。
爆風が巻き起こり、コンクリートが砕け、タイルが宙を舞う。
測定装置は火花を散らし、そのまま沈黙した。
全てが、一瞬だった。
立ち込める煙。
誰1人として声を出せない。
やがて煙がゆっくり晴れていく。
そこにプールはなかった。
巨大なクレーターだけが残されていた。
零は頭を掻く。
「あーあ。」
口元だけ少し緩めた。
「ほらな。」
静寂。
風だけが、ゆっくりと吹き抜ける。
誰も動かない。
1人の生徒が震える声を漏らした。
「……え。」
別の生徒がクレーターを指差す。
「プールが……。」
誰かが呆然と呟いた。
「消えた……。」
教師は青ざめたまま零を見る。
信じられないものを見るような表情だった。
「黒神くん」
教師はクレーターと零を何度も見比べる。
「こ、こんな出力とは聞いてないぞ!」
零は誇ったように肩をすくめる。
「だから言ったろ。」
「壊れるって。」
教師は返す言葉を失う。
静寂を破ったのは影山だった。
「すげぇぇぇぇ!!」
目を輝かせながら零に近づき肩を勢いよく叩く。
「なんだよ今の!」
「最高じゃねぇか!」
天野はクレーターから目を離せない。
ゆっくりと息を吐く。
「……お前、何者なんだ。」
零は照れた様子もなく、小さく笑うだけだった。
少し離れた場所で、鈴華は静かに立ち尽くしていた。
(やっぱり……。)
あの漆黒の星。
間違いない。
入学式の日、路地裏で見た光景と同じだった。
本人は違うと言っていた。
それでも、もう疑いようがない。
黒神零が、あの時の人だった。
影山と笑い合う。
天野と軽口を交わす。
あれほどの力を放ったというのに、
息一つ乱れていない。
誇らしげな様子もない。
まるで、当たり前のことをしただけ。
その自然さが、鈴華には一番衝撃だった。
(黒神くんって……。)
本当に、どんな人なんだろう。
春風が長い黒髪を優しく揺らす。
気付けば碧色の瞳は、また彼の背中を追っていた。
その背中から、目を離すことができなかった。




