2話:3人の悪友
入学式から2日後――昼休み。
黒神零は窓際の席で頬杖をつき、ぼんやりと校庭を眺めていた。
校庭では、生徒たちが思い思いに昼食を楽しんでいる。
ベンチで談笑する者。
ボールを蹴って遊ぶ者。
木陰で昼寝をしている者までいた。
穏やかな春の陽射しが、その何気ない日常を優しく照らしている。
(平和だな……。)
自然とそんな言葉が浮かぶ。
爆発もない。
任務もない。
報告書もない。
そして――エレ姉の説教もない。
そんな静かな時間を満喫していると、不意に机へ指が軽く置かれた。
「発見したぞ、同志黒神。」
零はゆっくり顔を上げる。
目の前には見覚えのない黒髪の少年が立っていた。
「……俺?」
少年は満面の笑みで大きく頷く。
「もちろんだ、同志!」
勢いよく胸へ親指を向ける。
「俺は影山怜治!」
「趣味は情報収集!」
零は何も言わず、その続きを待った。
「特技も情報収集!」
まだ続くらしい。
「好きなものも情報収集!」
影山は得意げに胸を張る。
「将来の夢は国家機密を知ることだ!」
零は深く息を吐いた。
「捕まるぞ。」
影山は胸を押さえ、大げさによろめく。
「初対面なのに辛辣だな!」
その様子を見かねたように、1人の少年が後ろから近付いてきた。
影山の肩へ軽く手を置く。
「影山。」
小柄で中性的な顔立ちの少年は、困ったように笑った。
「また初対面の人に絡んでるのか。」
影山は悪びれもせず肩をすくめる。
「交流だ。」
天野は呆れたようにため息をついた。
「違うだろ。」
影山を軽く横へ押しやると、今度は零へ向き直る。
「悪いな。」
「俺は天野悠。」
「こいつ、昔からこんな調子なんだ。」
零は2人を見比べる。
自然と口元が少しだけ緩んだ。
「そりゃ、大変な友人を持ったな。」
天野も思わず笑う。
「俺もそう思うよ。」
短いやり取りだった。
それだけで、不思議と教室の空気が和らいでいく。
天野は弁当を持ち上げた。
「昼飯まだだろ?」
零の机に置かれた売店の袋へ視線を向ける。
「良かったら屋上で食べないか。」
影山は待ってましたと言わんばかりに勢いよく手を挙げた。
「賛成!」
その反応の速さに、天野は思わず苦笑する。
「返事が早いな。」
影山は当然だと言わんばかりに頷いた。
「屋上は情報交換に最適だからな!」
「目的が違うだろ。」
天野がすかさずツッコむ。
零はそんな2人を眺め、小さく笑った。
特に予定はない。
断る理由も思いつかなかった。
「……まあ、いいか。」
立ち上がり、売店の袋を手に取る。
「暇つぶしにはなりそうだ。」
影山は拳を握り締めた。
「よし!」
「同志黒神、同志天野、屋上へ出撃だ!」
「昼飯食べに行くだけだろ。」
天野が呆れ顔で歩き出す。
零もその後ろを歩きながら、小さく息を吐いた。
(……騒がしい奴らだ。)
そう思う反面、その騒がしさがどこか心地よくも感じられた。
3人は並んで教室を後にする。
窓の外では、春風に乗った桜の花びらが静かに舞っていた。
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星峰高校の屋上。
春風がフェンスを優しく揺らし、その向こうには星峰市の街並みがどこまでも広がっている。
3人はフェンスへ背中を預けるように腰を下ろした。
紙袋がかさりと音を立てる。
零は売店で買った焼きそばパンの袋を開け、牛乳を足元へ置いた。
影山は購買のカツサンド。
天野は手作りらしい弁当を広げている。
しばらくは、他愛もない話が続いた。
天野が弁当をつつきながら口を開く。
「そういえば黒神。」
箸を止めることなく続けた。
「今日の授業、結構寝てただろ。」
零は焼きそばパンを一口かじる。
ゆっくり飲み込んでから口元だけ少し緩めた。
「睡眠学習。」
天野は思わず吹き出す。
「そんな便利なものじゃない。」
影山は感心したように何度も頷いた。
「さすが同志黒神!」
零は肩をすくめる。
「だろ?」
「睡眠も勉強もできて一石二鳥だ。」
天野は呆れたように額へ手を当てた。
「もう勝手にしろよ……。」
3人の間に笑いが広がる。
春風が吹き抜け、紙パックが小さく転がった。
天野は拾い上げながら話を戻す。
「まあ、明日の実技試験は寝られないぞ。」
零は牛乳へ口をつけたまま聞き返す。
「実技試験?」
「ああ。」
天野は頷く。
「新入生全員の魔法の実力を確認する試験らしい。」
「その結果を今後の授業の参考にもするって話だ。」
影山は待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「しかも毎年、誰かが派手にやらかす!」
人差し指を立てる。
「去年は炎属性の生徒が的を燃やして、一昨年は風属性の生徒が試験場を砂煙だらけにしたらしい。」
零は紙パックを足元へ戻し、校庭へ視線を流した。
「へぇ。」
興味があるのかないのか、よく分からない返事だった。
天野はそんな様子に苦笑する。
「黒神は緊張してないのか?」
零は丸めたパンの袋を指先で弄ぶ。
少し考えてから答えた。
「まあ、別に。」
あまりにも気のない返事だった。
天野は苦笑したまま肩をすくめる。
「まずは寝ないことだな。」
零は視線だけ天野へ向ける。
「努力はするよ。」
「その返事、一番信用できないな。」
影山が笑いながら何度も頷く。
「同志黒神なら試験中でも睡眠学習を始めそうだ!」
零はニヤリと笑った。
「それは、それで面白そうだ。」
そんな他愛もない話をしていると、影山が何かを思い出したように声を上げた。
「そういや同志黒神。」
零は紙パックを脇へ置き、影山を見る。
「入学式の日、少し登校遅かったよな。」
その言葉に、零の手がほんのわずかに止まる。
だが、それも一瞬だった。
何事もなかったようにパンの袋を丸める。
「そうだったか?」
影山は零の表情を探るように見つめる。
「学校の近くで事件があったらしい。」
「不良が一瞬でやられたとか。」
少し間を置いて続けた。
「黒い星みたいな魔法だったって噂だ。」
零は表情を変えない。
牛乳を一口飲み、短く返す。
「へぇ。」
天野が呆れ半分に笑う。
「また情報集めか。」
影山は悪びれもせず頷いた。
「気になるだろ。」
「学校の近くだぞ?」
「まあ、それはそうだけど。」
天野も否定はしなかった。
影山はさらに身を乗り出す。
瞳が好奇心で輝いている。
「ちなみに……。」
「黒い星の魔法とか使えたりするか?」
零は視線も向けない。
「しねぇよ。」
影山は顎へ手を当てる。
「本当に?」
零は紙パックを軽く揺らした。
「しねぇ。」
「絶対?」
ようやく零が影山を見る。
黄金色の瞳がじっと向けられた。
「しつこい。」
短い一言だった。
天野は影山の頭を軽く小突く。
「だからやめろって。」
「いてっ。」
影山は頭を押さえながら笑う。
零は2人を眺め、小さく息を吐いた。
(……騒がしい。)
面倒くさい。
だけど。
嫌じゃない。
影山は勢いよく立ち上がる。
両手を大きく広げ、高らかに宣言した。
「よし!」
「今日から我らは同志だ!」
零は立ち上がり、丸めたパンの袋を指先で弄ぶ。
影山をちらりと見て、小さく笑った。
「……好きにしろよ。」
「決まりだな!」
影山は拳を突き上げる。
「同志黒神!」
「同志天野!」
天野は額へ手を当て、呆れたように笑った。
「都合よく解釈するな。」
「細かいことは気にするな!」
影山は胸を張る。
零は丸めた袋をゴミ箱へ放る。
軽い音を立て、吸い込まれるように中へ収まった。
「まあ、とりあえず。」
2人へ視線を向ける。
「これからよろしくな。」
影山は満面の笑みを浮かべる。
天野も穏やかに笑った。
3人の笑い声が、春の青空へ溶けていく。
零はゆっくり空を見上げた。
流れる雲を目で追いながら、小さく息を吐く。
(……まあ。)
騒がしくて。
面倒で。
それでも――
悪くない。




