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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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8話:神桜の魔法使い③〜四神召喚『青龍』〜

「神桜式召喚魔法――」


桜色の魔力が、一気に天井へ駆け上がった。

舞い上がった無数の花びらが一点へ収束し、巨大な輪郭を描き始める。


長くしなやかな胴体。

天を突く二本の角。

鋭い牙を覗かせる巨大な顎。

花びらの隙間から、澄み切った碧い光が溢れ出す。

水面を震わせるような、低く澄んだ咆哮が旧時計塔全体へ響き渡った。


「四神召喚――」


蕾は重ねていた両手を解き、右手を高く掲げる。


「東方守護神――『青龍』!」


その瞬間。

桜吹雪が弾け飛んだ。

眩い碧い光とともに、一頭の神龍が姿を現す。

瑠璃のように輝く碧い鱗。

長大な身体は空を泳ぐように時計塔の内部を悠然と旋回し、巨大な尾が激しい風を巻き起こした。

その身の周囲では清らかな水が幾重にも渦を巻き、無数の桜の花びらが寄り添うように舞い続けている。

古びた時計塔を、碧と桜の輝きが鮮やかに染め上げた。

神々しいまでの光景だった。

アイリスは目の前に現れた神龍を見上げ、息を呑む。


「綺麗……」


思わず漏れた声は、青龍の咆哮にかき消された。

一方、零は召喚された神龍を見上げ、僅かに眉を寄せる。


「青龍……?」


木の魔法を操る相手なら、本来選ぶべきは火を司る朱雀だ。

蕾が、その程度の相性を見落とすはずがない。

零は訝しげに蕾を見つめたあと、ふと隣に立つアイリスへ目を向けた。

琥珀色の瞳を輝かせ、現れた神龍を夢中で見上げている。

その横顔を目にした瞬間、零の眉間から力が抜けた。


「……なるほどな」


納得したように呟くと、桜吹雪の中心に立つ相棒へ向き直る。

その口元には、呆れにも似た笑みが浮かんでいた。


「蕾も味な真似するじゃねぇか」


「え?」


「こっちの話だ」


不思議そうに見上げてくるアイリスへ、零はそれ以上説明しなかった。

今ここにいる魔法使いの中で、蕾が一番強い。

先ほどアイリスへ告げた言葉が決して強がりではなかったことを、零は誰よりもよく知っていた。

対する近衛兵の表情から、初めて余裕が消える。


「……召喚魔法だと?」


驚きと警戒が入り交じった視線が、青龍の巨体を捉える。


「しかも、この魔力量は……」


言葉を失う近衛兵を見下ろすように、青龍が低い咆哮を響かせた。

そして長い身を大きくうねらせながら、蕾の背後へと降りてくる。

まるで主を守護する騎士のように、その巨体を宙へ浮かべたまま静止した。

蕾は振り返らない。

青龍もまた、主の意思を理解しているかのように静かに頭を垂れる。


次の瞬間。

グランド・ユグドラシルによって生み出された木の巨人が、轟音とともに一歩を踏み出した。

朽ちた床板が大きく沈み、旧時計塔全体が激しく揺れる。


それに応じるように青龍も身をうねらせ、真正面から巨人を睨み据えた。

神獣と巨人。

二つの巨大な存在が、旧時計塔の中央で対峙した。



-----



先に動いたのは、木の巨人だった。

巨大な腕が空気を押し潰しながら、青龍へ振り下ろされる。

青龍はしなやかに身体をくねらせ、迫る拳を紙一重で躱した。


巨人の拳が床へ叩きつけられる。

凄まじい衝撃とともに床板が砕け、周囲へ無数の木片が飛び散った。

その一撃を潜り抜けた青龍は、巨人の腕へ一気に巻きつく。


長い胴体が枝と幹で作られた腕を締め上げ、鋭い牙が深々と食い込んだ。

太い枝が折れ、幹が軋みを上げる。

青龍が勢いよく頭を振り抜いた。

巨人の片腕が肩口から引き千切られ、轟音を響かせて床へ転がる。


「すごい……!」


アイリスの表情が明るくなる。

青龍は攻撃の手を緩めない。

切断した腕を離すと、そのまま天井近くまで舞い上がる。

長大な尾が大きく振るわれた。

碧い水流を纏った一撃が巨人の頭部を横から打ち抜き、巨体が大きく傾く。

床板を踏み砕きながら、木の巨人が数歩後退した。

そこへ青龍が追いすがる。

前脚の鋭い爪が胸部を切り裂き、幹を守っていた無数の枝を削ぎ落としていく。

木片と葉が舞い散る中、青龍は大きく顎を開いた。

その口元へ清らかな水が集まり、渦を巻きながら巨大な球体を形作っていく。


「撃て!」


蕾が掲げていた右手を、真っ直ぐ前へ振り下ろした。

主の意思に応じ、青龍の口元に集まった水が激しく脈打つ。


次の瞬間――。

凄まじい勢いで放たれた水の奔流が、木の巨人を真正面から呑み込んだ。

その身体が大きく後方へ押し流される。

両足が床板を削り、深い溝を刻んでいく。

濁流に耐え切れず、全身を覆っていた枝葉が次々と千切れ飛んだ。

胸部の太い幹にも亀裂が走り、巨体がゆっくりと傾いていく。


「押してる……!」


アイリスは胸の前で両手を握り締めた。

木の巨人は濁流に押し切られ、背後の壁へ激突する。

朽ちた壁面が砕け、激しい土煙が巻き起こった。


しかし――。

近衛兵は動じていなかった。

崩れゆく巨人を見つめるその口元には、薄い笑みさえ浮かんでいる。


「確かに、強大な召喚獣だ」


近衛兵は静かに片手を掲げた。


「だが――相手が悪かったな」


その言葉に呼応するように、土煙の奥で木の巨人の全身が大きく脈打った。

青龍の水を浴びた枝から、次々と鮮やかな若葉が芽吹いていく。

引き千切られたはずの右腕も、切断面から無数の枝が伸び、絡み合いながら新たな腕を形成した。

胸部に刻まれた亀裂が塞がる。

砕けた幹が再生していく。


それだけではない。

周囲に溢れた水を吸い上げるように、無数の根が床板を突き破った。

水を得るたびに幹は太くなり、枝葉はさらに広がっていく。

巨体が一回り、また一回りと膨れ上がった。

先ほどまで青龍に押されていた木の巨人が、天井へ届かんばかりの姿となって再び立ち上がる。


「そんな……」


アイリスの表情から喜びが消える。


「青龍の攻撃を吸収してるの……?」


小さく漏れた疑問を裏付けるように、木の巨人は周囲に溢れた水を取り込み、さらに大きく膨れ上がっていく。

その様子を見つめる近衛兵の口元に、勝利を確信した笑みが浮かんだ。

掲げていた手が勢いよく振り払われる。

その動きに合わせ、木の巨人の背中から無数の枝が放たれた。


鋭く尖った枝が、槍のように青龍へ殺到する。

青龍は空中で身を翻し、迫る枝の間を縫うように飛び回った。

一本、二本、三本、その巨体からは想像もつかない俊敏な動きで、次々と攻撃を躱していく。

それでも、枝の勢いは止まらない。

巨人の背中から新たな枝が伸びるたび、青龍の逃げ道は少しずつ塞がれていった。


「右!」


蕾の声に反応し、青龍が大きく身体をひねる。

直後、先ほどまで頭部があった場所を太い枝が貫いた。

さらに正面から迫った二本の枝を前脚の爪で切り裂き、巨人の頭上へ抜ける。

そのまま巨大な尾を振り下ろした。

水流を纏った尾が、木の巨人の肩を打ち砕く。

だが、飛び散った木片は床へ落ちる前に無数の蔦へ変わった。


蔦はまるで意思を持っているかのように宙を這い、青龍の尾へ絡みつく。

青龍が身をよじり、強引に引き千切った。

しかし、僅かに動きを止めたその瞬間を、木の巨人は逃さなかった。

再生した巨大な右腕が、青龍の胴体を横から殴りつける。


重い衝撃音が響き、その身体が大きく弾き飛ばされた。


「危ない……!」


アイリスが悲鳴を上げる。

しかし、青龍は壁へ激突する寸前で身を翻した。

前脚から水流を放ち、その反動で急停止する。

傷はない。

碧い鱗は先ほどと変わらない輝きを保っている。

青龍は低く唸ると、巨人の周囲を旋回し始めた。

速度を上げるたび、周囲の水が高く巻き上げられていく。

それは瞬く間に巨大な渦へと変わり、木の巨人の全身を包み込んだ。

青龍はさらに高度を上げ、渦の中心から巨人を見下ろす。

そして大きく顎を開くと、今度は細く圧縮した水流を牙に纏わせた。


「喰え。青龍!」


牙に研ぎ澄まされた水が、木の巨人の左脚を食いちぎった。

支えを失った巨体が大きく傾く。

その機を逃さず、青龍が空から急降下する。

碧い光を纏った頭部が、巨人の胸部へ真正面から突き刺さった。

巨体が床へ倒れ込む。

時計塔全体を揺るがすほどの轟音とともに、床板が大きく陥没した。


「やった……?」


アイリスが期待を込めて呟く。

青龍は倒れた木の巨人の上空を旋回しながら、油断なく敵を見据えていた。

次の瞬間。

砕けた床の隙間から、無数の根が一斉に飛び出した。

青龍が離れるより早く、その身体へ幾重にも巻きついていく。

首へ、胴体へ、前脚へ無数の根が動きを封じ、倒れていた木の巨人へ強引に引き寄せる。


青龍が咆哮を響かせた。

全身を包む水流が激しく膨れ上がり、絡みついた根を内側から押し広げていく。

何本もの根が弾け飛んだ。

だが、断ち切られた根は青龍の水を吸収し、瞬く間に再生していく。

一本を引き千切れば、二本に増える。

二本を切り裂けば、四方から新たな根が伸びてくる。

青龍が力を解放するほど、木の巨人はその水を糧に強さを増していた。


「ふはははっ!」


近衛兵の笑い声が響く。


「無駄だ!」


木の巨人は残された左腕を床へ突き立て、ゆっくりと身体を起こした。

切断されたはずの左脚も、青龍から奪った水によって既に再生を始めている。

巨人の全身からさらに太い蔦が伸び、青龍をきつく締め上げた。

そして、動きを封じたまま巨大な手で掴み上げる。

その腕が勢いよく横へ振り抜かれた。

青龍の巨体が宙を舞い、時計塔の壁へ叩きつけられる。

古びた壁面が大きく崩れ、煉瓦と土煙が周囲へ飛び散った。


「そんな……!」


アイリスが思わず一歩踏み出す。


「大丈夫だ」


零の落ち着いた声が、その動きを止めた。

土煙の中から、低い咆哮が響く。

碧い水流が一気に膨れ上がり、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。

青龍は傷一つ負うことなく、再び宙へ舞い上がる。

ただ、その鋭い瞳には、先ほどよりも強い警戒が宿っていた。


力では、青龍が上回っている。

木の巨人の攻撃を受けても傷つくことはない。

だが、青龍が水の力を振るうたび、相手はそれを吸収して成長してしまう。

属性の相性だけが、決定的な障害となっていた。

近衛兵は青龍を見上げ、ゆっくりと目を細める。


「火を選ばれていれば、厄介だった」


青龍の周囲では、清らかな水が絶え間なく流れ続けている。

近衛兵はその姿へ指を突きつけた。


「だが、水では駄目だ」


木の巨人が軋みを上げながら立ち上がる。

その身体は、戦いが始まった時よりも遥かに巨大になっていた。

肩から伸びた枝が天井を突き破り、無数の根が旧時計塔の床一面へ広がっていく。


「木は水を得て育つ。お前の召喚獣がどれほど強大であろうと、その水はすべて私の力になる」


近衛兵の声に、確かな勝利の色が滲む。


「相性はこちらが上だ。その青龍では――私には勝てん」


アイリスは不安そうに蕾を見つめた。

青龍の力が通用しない。

それどころか、攻撃すればするほど敵を強くしてしまう。


それでも――。

蕾の表情は、少しも曇っていなかった。

青龍へ向けて右手を差し伸べたまま、真っ直ぐ近衛兵を見据えている。

その桜色の瞳には、焦りも動揺もない。


むしろ、勝利を確信しているかのように――。

蕾は小さく笑った。

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