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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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8話:神桜の魔法使い②〜木の巨人〜

太った男は、突然現れた零を見て大きく後ずさった。


「援軍だと!?」


額から脂汗が噴き出す。

太った男は焦りを隠すこともできず、近衛兵へ怒鳴りつけた。


「おい! 何をしている!」


震える指を、零と蕾へ向ける。


「二人まとめて、さっさと潰せ!」


対する近衛兵は慌てる様子もなく、静かに零へ視線を向けた。


「もう一人のガキか」


深緑色の瞳が、警戒するように細められる。

零はアイリスを庇うように、その前へ立っていた。

片手をポケットへ入れたまま、近衛兵へ気怠げな視線を向ける。


「そんなに警戒すんなよ」


零の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「俺は今のところ、手を出す気はねぇよ」


その言葉に、蕾が目を丸くした。

零は近衛兵から視線を外すと、横目で蕾をちらりと見る。


「まあ――」


明らかに何かを企んでいるような笑みを浮かべ、わざとらしく言葉を続けた。


「蕾が自分から首を突っ込んだことだしな。どうしても手を貸してほしいって言うなら、手を貸してやらないこともないけど?」


「必要ないよ」


蕾は間髪を入れずに言い返した。

桜色の瞳は、真っ直ぐ近衛兵を捉えている。


「零はアイリス様を守ってて」


「へいへい」


予想どおりの答えが返ってきたことに満足したのか、零は気のない返事をした。

二人のやり取りを眺めていた近衛兵が、わずかに眉をひそめる。


「随分と強気じゃないか」


深緑色の魔力が、その身体からゆっくりと立ち昇った。


「さっきまで、突破口すら見つけられなかったくせにな」


痛いところを突かれたはずだった。

それでも、蕾は動じなかった。


「確かに、さっきまではね」


蕾は一瞬だけ、背後に立つ零へ視線を向ける。

その口元には、いつもの明るい笑みが戻っていた。


「でも、今はもう大丈夫」


「ほう?」


「守らなきゃいけない人を、零が守ってくれてるから」


アイリスを気にしながら戦っていた先ほどまでとは違う。

今はもう、背後を気にする必要はない。

アイリスのことは、零に任せればいい。

蕾は近衛兵へ向き直り、力強く言い放った。


「ここからは、あなたを倒すことだけ考えればいい!」


近衛兵は、蕾の表情から迷いが消えたことを見抜いた。


「なるほど」


両手を床へ向ける。


「ならば、その自信ごと叩き潰してやろう」


深緑色の魔力が一気に膨れ上がった。


「グランド・ユグドラシル」


次の瞬間。

旧時計塔全体が大きく揺れ始めた。

朽ちかけた床板が激しく軋み、亀裂の中から無数の木の根が飛び出す。

根は天井へ向かって伸びながら、次々と絡み合っていった。


何本もの根が束ねられ、太い脚を形作る。

続いて、巨木のような胴体。

丸太を束ねたような両腕。

最後に、人の顔を思わせる巨大な頭部が形成された。

旧時計塔の天井へ届かんばかりの木の巨人。

その巨体がゆっくりと立ち上がるたび、床が悲鳴を上げるように軋んだ。

アイリスは、その圧倒的な大きさに息を呑む。


「こんなものまで……」


蕾も木の巨人を見上げ、思わず声を漏らした。


「お、大きい……」


一方、零だけは純粋に感心したように、黄金色の瞳を見開いていた。


「うわ……でけぇ」


横にいたアイリスが零に問いかける。


「感心してる場合ですか!?」


零は不思議そうに瞬きをした。


「いや、素直にすげぇなって思って」


「そこじゃないですよ!」


アイリスは呆れたように額へ手を当てる。

緊迫した状況にもかかわらず、いつもと変わらない零。

しかし、アイリスにその余裕はなかった。


「零くん!」


切羽詰まった声で零を呼ぶ。


「早く蕾さんの援護に行って!」


零は不思議そうにアイリスを振り返った。


「なんで?」


「え……?」


あまりにも自然に聞き返され、アイリスは思わず言葉を詰まらせる。

零は木の巨人へ目を向けることもなく、気怠そうに続けた。


「蕾も必要ないって言ってたじゃん?」


「それは、そうだけど……」


アイリスは不安を拭い切れないまま、木の巨人を見上げる。

絡み合った木の根が軋み、巨大な腕がゆっくりと持ち上がっていた。


「あんなに大きな敵を、一人で倒すなんて…… いくら蕾さんでも、さすがに厳しいと思うんですけど」


その圧倒的な巨体を前に、アイリスの表情が険しくなる。


「あー……」


零はようやくアイリスが心配している理由を理解したのか、木の巨人へ顔を向けた。

天井近くまでそびえ立つ巨体を眺めながら、片手で頭を掻く。


「確かに、俺が相手するなら厳しい相手かもしれないけど……」


「だったら――」


アイリスが何かを言いかける。

しかし、零はそれを遮るように蕾へ視線を向けた。

木の巨人を前にしても、蕾は一歩も退いていない。

その横顔に、恐れも迷いもなかった。

零はそんな蕾を見つめ、わずかに口元を緩める。


「アイツなら大丈夫だよ」


あまりにも迷いのない言葉に、アイリスが目を瞬かせる。


「だって、今ここにいる魔法使いの中で一番強いのは、蕾だからな」


零は自信に満ちた笑みを浮かべた。

それは励ましでも、強がりでもなかった。

誰よりも近くで蕾の強さを見てきた零だからこそ言える、揺るぎない確信だった。


「まあ、見てなって」


そう告げると、零はアイリスを守るように一歩前へ出る。


「蕾!」


零の声に、蕾が振り返った。


「アイリス姉のことは心配するな!」


その黄金色の瞳に、一片の迷いもない。


「思いっきりやれ!」


細かな指示も、作戦もない。

けれど、蕾にはその一言だけで十分だった。

アイリスのことは、零に任せればいい。

零が、自分なら勝てると信じてくれている。

ならば、その信頼に全力で応えるだけだ。

蕾は一瞬だけ目を見開いたあと、太陽のような笑顔を浮かべた。


「任せてよ、零!」


小さな拳を強く握り締める。


「ここで引いたら、アストラルの……」


そこまで口にして、蕾は一度言葉を止めた。

自分が今、背負っているもの。

世界最高峰の魔法組織に選ばれた執行官であることだけではない。

幼い頃から受け継いできた、大切な家の名。

蕾は迷いを振り払うように首を横へ振った。


「ううん――」


そして、木の巨人を真っ直ぐ見上げる。


「神桜の名折れだもんね!」


太陽のような笑顔が消え、桜色の瞳に強い決意が宿る。

蕾は静かに息を吸い込んだ。

木の巨人を真っ直ぐ見据えたまま、胸の前で両手を重ねる。

そして、祈りを捧げるようにそっと目を閉じた。


その瞬間――。

轟音に満ちていた旧時計塔が、不思議なほど静まり返った。

蕾の足元から、淡い桜色の魔力が溢れ始める。

まるで春の訪れを告げるような柔らかな風が、朽ちた時計塔の内部を吹き抜けた。

どこからともなく、一枚の桜の花びらが舞う。

それを合図にしたように二枚、三枚、やがて無数の花びらが蕾の周囲へ集まり、優しく踊るように旋回し始めた。

花びらは次第に勢いを増し、巨大な渦となって天井へ昇っていく。


桜吹雪の中心で、蕾はゆっくりと瞳を開いた。

先ほどまで零と軽口を交わしていた、明るい少女の面影はない。

桜色の瞳には一切の迷いも揺らぎもなく、ただ敵を打ち倒すという静かな覚悟だけが宿っていた。

蕾は凛とした声で告げる。


「神桜式召喚魔法――」



挿絵(By みてみん)

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