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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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8話:神桜の魔法使い①〜漆黒の星〜

近衛兵は、蕾を静かに見据えた。

ゆっくりと右手を床へ向ける。

深緑色の魔力が腕を伝い、足元へ流れ落ちていった。


「ルート・グロウ」


低い詠唱が響いた次の瞬間。

轟音とともに床がひび割れた。

裂け目から何本もの太い木の根が飛び出し、蛇のようにうねりながら蕾へ襲い掛かる。


「っ!」


蕾は反射的に横へ跳んだ。

木の根はそのまま背後の木箱を貫き、粉々に砕く。

木片と土煙が舞い上がる中、蕾は床へ着地した。

目の前で不気味にうねる木の根を見つめ、桜色の瞳をわずかに細める。


「木の魔法……?」


聞いたことのない属性だった。

火、水、風、土、雷、光、闇。

現在確認されている基本属性は、その七つ。

木という属性は存在しない。


だが、例外はある。

二つ以上の属性を組み合わせ、新たな性質を生み出す――複合魔法。

蕾は一瞬だけ思考を巡らせる。

そして、すぐに答えへ辿り着いた。


「なるほど!」


桜色の瞳が明るく輝く。


「土属性で植物の形を作って、水属性で急速に成長させている……」


うねる木の根を見つめながら、蕾は納得したように頷いた。


「木属性じゃなくて、土と水の複合魔法ですか!」


元近衛兵が、わずかに目を細める。


「……一目で見抜くとはな」


うねる木の根越しに、蕾を鋭く見据えた。


「さすがは、アストラル・オーダーの魔法使いだ」


蕾は少し照れくさそうに笑う。


「ありがとうございます。」


しかし、すぐにいつもの明るい笑顔へ戻った。


「でも、仕組みが分かったなら攻略できます!」


小さな拳を握り、力強く言い切る。


「大きく出たな」


元近衛兵が、右手の指をわずかに動かした。

その瞬間。

先ほどかわした木の根が、蕾の背後で大きくしなる。


「後ろだ」


「分かってます!」


蕾は勢いよく振り返った。


「風刃!」


右手を真横へ振り抜く。

鋭い風の刃が一直線に走り、迫る木の根を真っ二つに切り裂いた。


「よしっ!」


思わず笑みがこぼれる。

しかし、その笑顔はすぐに驚きへ変わった。

切断された断面から、細い枝が何本も伸び始めたのだ。

枝同士が絡み合い、見る間に元の太さへ戻っていく。


「えぇっ!?」


蕾は再生した木の根を見上げ、思わず声を上げる。


「切ったのに、再生するんですか!? そんなの反則じゃないですか!」


元近衛兵は、表情一つ変えない。


「木は土へ根を張り、水を糧として育つ」


再び右手を動かすと、再生した根が大きく持ち上がった。


「俺の魔力が続く限り、何度でも蘇る」


「なるほど……」


蕾は迫る木の根をかわしながら、小さく頷いた。

切断されても、水と土から再び育つ。

だからこそ、木の姿をしているのだ。


「でも!」


蕾は着地と同時に床を蹴った。

木の根の間を駆け抜け、近衛兵との距離を一気に詰める。


「弱点がない魔法なんて、ありません!」


右手を突き出す。


「火玉!」


放たれた火球が木の根へ直撃した。

爆ぜた炎が表面を包み込み、瞬く間に燃え広がっていく。

さらに、別方向から二本の根が迫る。

蕾は走る勢いを緩めることなく、右足で強く床を踏み込んだ。


「土槍!」


床から鋭い土の槍が突き上がり、一本の根を床へ縫い留める。

しかし、残る一本が炎を回り込むように伸び、蕾の横腹へ迫っていた。


「わっ!」


蕾は咄嗟に両腕を交差させる。

直後、木の根がその身体を横薙ぎに打ち付けた。


「くっ……!」


小さな身体が数メートル先まで吹き飛ばされる。

蕾は床を滑りながら受け身を取り、すぐに立ち上がった。


「いたた……」


打ち付けられた腕をさする。

それでも、その表情に怯えはない。

むしろ桜色の瞳は、先ほどよりも楽しそうに輝いていた。


「面白い魔法ですね」


近衛兵が鼻を鳴らす。


「怖気づいたか?」


「まさか!」


蕾は即座に言い返した。

その声にも、真っ直ぐな瞳にも、迷いはない。


「難しい相手の方が燃えます!」


力強く答えたあと、蕾は一瞬だけ背後へ視線を向ける。

そこには、両手を縛られたまま戦いを見守るアイリスの姿があった。


「それに――」


蕾は再び元近衛兵へ向き直る。


「私は、アイリス様を守るって約束しました」


その真っ直ぐな言葉が、静まり返った時計塔へ響く。


「だから、ここで負けるわけにはいきません!」


近衛兵は、静かに目を細めた。


「……甘い娘だ」


先ほどまでよりも低い声だった。


「その甘さが、お前の命取りになる」


男が右手を持ち上げる。

蕾の左右から、二本の木の根が同時に襲い掛かった。


そして――。

その陰に隠れるように、一本の細い根が床の亀裂へ潜り込む。

蕾に気付かれないよう床下を這い、拘束されたアイリスのもとへ伸びていった。


「まだです!」


蕾は風刃を放ち、左右から迫る木の根を次々と切り払う。


「私は、絶対に諦めません!」


その瞬間だった。

アイリスの足元で、床が大きく盛り上がる。


「っ!」


蕾の瞳が見開かれた。

細い木の根が床を突き破り、アイリスへ襲い掛かる。

狙いは、自分ではない。

近衛兵は最初から、蕾の注意を引き付けている隙にアイリスを狙っていたのだ。


「アイリス様!」


蕾は迷うことなく床を蹴った。

だが、行く手を阻むように、何本もの木の根が立ち塞がる。


「邪魔です!」


右手を突き出す。


「火玉」


燃え盛る炎が木の根を飲み込み、一気に焼き払った。

しかし、焼け落ちた根の隙間から、新たな根が次々と床を突き破る。


「そんな……!」


再生しているのではない。

燃やされた根を囮にして、別の根を生み出している。

近衛兵は、焦る蕾を冷静に見据えていた。


「お前の意識は、常に俺へ向いていた」


蕾とアイリスの間を遮るように、木の根が壁を作り上げていく。


「守ると口にしながら、守るべき相手から目を離した」


細い木の根は、すでにアイリスの目前まで迫っていた。


「アイリス様!」


蕾はさらに速度を上げる。

あと少し。

手を伸ばせば届く。

だが、間に合わない。

アイリスが恐怖に目を閉じた、その瞬間――。


銀河星ギャラクシースター――バージョン隕石メテオ


静かな声が、時計塔に響いた。

その場にいた全員が、反射的に入口へ視線を向ける。

暗闇の中に、漆黒の球体が三つ浮かんでいた。

夜空を閉じ込めたような黒い魔力をまとい、紫銀の粒子を星屑のように散らしている。

漆黒の球体が、わずかに震えた。


連射(ラッシュ)


次の瞬間。

三つの黒い流星が、時計塔の内部を一直線に駆け抜けた。

激しい衝撃音が立て続けに響く。

アイリスへ迫っていた根。

蕾の行く手を塞いでいた根。

さらに、床下から伸びようとしていた根。

三本すべてが寸分違わず撃ち抜かれ、粉々に砕け散った。

木片が宙を舞う。

直前までの轟音が嘘のような静寂に変わった。

蕾は大きく目を見開き、入口を振り返る。


「……零!」


時計塔の入口から、一人の少年が歩いてくる。

片手をポケットへ入れたまま、いつもと変わらない気怠そうな足取りで。

黄金色の瞳が、真っ直ぐ蕾を捉えていた。

零は呆れたように息を吐く。


「まったく」


散らばった木片を一瞥し、蕾へ視線を戻した。


「守るって言うなら、ちゃんと後ろも見てろよな」


「零くん……!」


アイリスの安堵した声が響く。

蕾も驚きを隠せないまま、零を見つめていた。


「どうしてここに……?」


零は歩みを止めることなく、片手で頭を掻く。


「お前と何年一緒にいると思ってんだよ」


気怠そうな口調のまま、小さく鼻を鳴らす。


「何か隠してる時のお前、昔から分かりやすいんだよ」


「えっ……」


蕾の口から、間の抜けた声が漏れる。

心配を掛けないよう、うまく笑ったつもりだった。

何でもないふりをして、家を出た。

それでも、幼い頃から一緒に過ごしてきた零だけは誤魔化せなかった。


「隠したつもりだったんだろうけどな」


零の口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「俺が気付かないとでも思ったか?」


呆れたような口調。

けれど、その黄金色の瞳に責める色はなかった。

蕾はその視線を受け、気まずそうに頬をかく。


「うぅ…… やっぱり、零には隠し事できないね」


誤魔化すように、小さく笑った。

それから、申し訳なさそうに頭を下げる。


「……ごめんなさい」


零は短く息を吐いた。


「まあ、和菓子と緑茶のセットで手を打ってやるよ」


「それでいいの?」


「高いやつな」


冗談めかして告げると、零は近衛兵へ視線を向けた。

一瞬で、時計塔の空気が変わった。

先ほどまで浮かんでいた気怠さが消える。

鋭く細められた黄金色の瞳が、元近衛兵を静かに射抜いていた。

蕾はそんな零の横顔を見つめ、安心したように笑う。


「……うん!」


先ほどまで胸を占めていた焦りは、もうない。

零が来てくれた。

それだけで、不思議と負ける気がしなかった。

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