6話:帰り道
アイリスと別れた零と蕾は、夜のロンドンを並んで歩いていた。
群青色に染まった空の下、通りに並ぶ街灯が石畳を淡く照らしている。
一週間にわたる護衛任務も、今日で終わり。
明日からは、また新しい任務が始まることになっている。
蕾は弾むような足取りで歩いていたが、不意に隣の零へ顔を向けた。
「ねえ、零」
「ん?」
零は片手をポケットへ入れたまま、気怠げに返事をする。
蕾は少し考えるように、その横顔を見つめた。
「零って、アイリス様に優しいよね」
「そうか?」
「そうだよ」
蕾は大きく頷く。
文句を言いながらも魔法の練習に付き合ったこと。
時計台へ連れていったこと。
そして、いつか日本を案内すると約束したこと。
この一週間を思い返しながら、蕾は探るように零の顔を覗き込んだ。
「もしかして零って、アイリス様みたいな女の人が好きなの?」
「はあ?」
あまりにも唐突な問いに、零は呆れたように眉を寄せた。
「いきなり何の話だよ」
「だって、気になるじゃん」
蕾は零の反応など気にする様子もなく、腕を組みながら何度も頷いている。
やがて、すべてを理解したとでも言うように笑顔を浮かべた。
「でも、大丈夫」
「何がだよ」
「もし本気なら、お姉ちゃんがちゃんとフォローしてあげるから!」
得意げに胸を張る蕾を見て、零はしばらく何も言わなかった。
やがて深く息を吐き、半眼を向ける。
「同い年だろ……」
「細かいことは気にしないの!」
「そもそも、なんだよ。お姉ちゃんって……」
零の呆れた声に、蕾は人差し指を立てた。
「チッチッチ」
わざとらしく指を左右へ振り、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「零がお兄ちゃん面したいなら、まずは私に勝ってからにしてね?」
何度も行われてきた、二人の魔法勝負。
これまで零は、蕾に一度も勝てていない。
その事実を突き付けるように、蕾は腰へ手を当てて胸を張った。
零はそんな幼馴染みを見下ろす。
「……身長」
「ちょっ!」
蕾の表情が一瞬で変わった。
慌てて零の前へ回り込み、抗議の声を上げる。
「今、身長って言ったでしょ!」
「別に?」
零は何事もなかったように視線を逸らし、そのまま歩き続ける。
少し小柄な体格を気にしている蕾は、すぐに隣へ追い付いた。
「身長の話はなしでしょ!」
「そうだっけ?」
零の口元には、からかうような笑みが浮かんでいた。
「そうだよ!」
「悪い。お姉ちゃんが小さくて、聞こえなかった」
「零!」
蕾の声が、静かな夜の通りへ響き渡る。
零は声を上げて笑いながら、少しだけ歩く速度を上げた。
「もう……!」
蕾もむっとしたまま、そのあとを追いかける。
すぐに零の隣へ並ぶと、頬を膨らませながら前を向いた。
しばらく二人で夜道を歩いていると、やがて見慣れた家が見えてきた。
窓から漏れる柔らかな明かりに気付き、蕾の表情が和らぐ。
「そういえば、久しぶりの我が家だね」
「一週間ぶりだからな」
任務中は二人ともホテルに泊まり込んでいたため、家へ帰るのも久しぶりだった。
零は明かりの灯った窓を眺め、僅かに首を傾げる。
「父さん、もう帰ってるのか?」
「うん。今日は早く帰るって言ってたよ」
蕾は昼間に届いたメッセージを思い出し、楽しそうに笑った。
「私たちの初任務がどうだったか、いろいろ聞きたいらしいよ」
「……変なこと吹き込むなよ?」
零が釘を刺すと、蕾は不思議そうに瞬きをした。
「変なことって?」
「その顔でとぼけるな」
半眼を向けられても、蕾は何のことか分からないとでも言うように首を傾げる。
「さあ、何のことかな?」
「お前な……」
零が呆れたように眉を寄せると、蕾は堪えきれずに笑いだした。
「何を話すかは、帰ってからのお楽しみだね!」
「不安しかねぇ……」
零は面倒そうに頭を掻くと、話題を変えるように家へ目を向ける。
「それより、腹減ったな」
一週間ぶりに帰る我が家。
久しぶりに家で食べる夕食を思い浮かべたのか、零は隣を歩く蕾へ顔を向けた。
「今日は和食、頼むぜ?」
「そうだね――って、作るのは私なんだけど?」
蕾は呆れたように腰へ手を当てる。
それから、先ほどの仕返しを思い出したように零を見上げた。
「零もちゃんと手伝ってくれたら、身長の件は見逃してあげる」
「まだ気にしてたのか?」
「誰のせいだと思ってるの!」
再び響いた抗議の声に、零は楽しそうに笑った。
「分かった、分かった。それで、何を作るんだ?」
「帰ってからのお楽しみ!」
他愛のない言葉を交わしながら、二人は並んで夜道を歩いていく。
零と蕾。
そして、二人の初任務の話を楽しみに待つ玄一。
三人で暮らす、一週間ぶりの我が家へ。
明かりの灯った家を見つめながら、蕾は自然と笑みを浮かべた。
初任務を無事に終え一週間ぶりに三人で囲む食卓を思い浮かべると、胸の奥が温かくなる。
きっと、明日からの新しい任務も頑張れる。
そう思わずにはいられない二人だった。




