5話:思い出②
レオンはしばらく黙ったまま、夕暮れの空を見上げていた。
日はすでに傾き始めている。
王女の外出を許可するには、決して余裕のある時間ではない。
それでも――。
期待に満ちたアイリスの顔を見ていると、その願いを無下にすることはできなかった。
レオンは小さく息を吐き、穏やかに微笑む。
「……分かりました」
その一言に、アイリスの表情がぱっと明るくなった。
「本当ですか!」
思わず一歩前へ出るアイリスに、レオンは苦笑しながら頷く。
「ですが、あまり時間はありません」
沈みかけた夕陽へ視線を向けた。
「遠くまでは行けませんので、一か所だけです。日が暮れる前には、必ずホテルへ戻ってください」
「はい!」
アイリスは迷いなく頷いた。
その弾んだ声を聞き、蕾の顔にも笑みが広がる。
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる蕾へ微笑み返すと、レオンは零にも視線を向けた。
「黒神様、神桜様」
二人を真っ直ぐに見据える。
「アイリス様を、よろしくお願いいたします」
零は片手をポケットへ入れたまま、軽く頷いた。
「了解」
短い返事だったが、その声音に迷いはない。
隣では、蕾も元気よく胸を張る。
「お任せください!」
二人の頼もしい返事を受け、レオンは安心したように目を細めた。
「ありがとうございます」
それからアイリスへ向き直り、静かに頭を下げる。
「どうか、お気を付けて」
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ホテルを出ると、夕暮れのロンドンが三人を迎えた。
石畳は茜色に染まり、家路を急ぐ人々の間を穏やかな風が吹き抜けていく。
三人で肩を並んで歩き始めると、蕾が待ちきれない様子で振り返った。
「アイリス様」
桜色の瞳がきらりと輝く。
「実は、とっておきの場所があるんです!」
アイリスも期待に満ちた眼差しを向けた。
「とっておきの場所、ですか?」
「はい!」
蕾は満面の笑みで頷く。
「私がロンドンで一番好きな場所です!」
そう言うと、隣を歩く零へ視線を向けた。
「行こ、零!」
零はその顔を見るなり、小さく苦笑する。
「……もしかして、時計台か?」
蕾は嬉しそうに人差し指を立てた。
「正解!」
得意げに笑いながら、零の顔を覗き込む。
「やっぱり零なら分かるね!」
「お前のお気に入りなんて、一つしか知らないからな」
二人だけで通じ合うようなやり取りに、アイリスは不思議そうに首を傾げた。
「お二人は、よく行かれるのですか?」
蕾は前を向き直り、頷く。
「はい。訓練が終わった日に、たまに行くんです」
どこか懐かしむように、夕暮れの街並みへ目を向けた。
「時計台からは、ロンドンの街が一望できるんですよ。本当に綺麗なんです」
零も静かに頷く。
「あそこは悪くない」
短い一言だった。
けれど、その僅かに和らいだ表情から、零にとっても大切な場所なのだと伝わってくる。
アイリスは、そんな二人を交互に見つめた。
きっとそこには、二人だけの思い出がいくつも詰まっているのだろう。
そんな大切な場所へ、自分も連れていってもらえる。
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「でも!」
蕾が人差し指を口元へ添え、いたずらっぽく笑う。
「どんな景色なのかは、着いてからのお楽しみです!」
その無邪気な笑顔に、アイリスも思わず笑みをこぼした。
「ふふっ。分かりました」
琥珀色の瞳を期待に輝かせる。
「楽しみにしています」
三人は肩を並べ、茜色に染まるロンドンの街を時計台へ向かって歩いていった。




