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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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4話:魔法の指南③

零が庭園の端にある木陰まで歩いていくと、近くで様子を見守っていたレオンも静かに隣へ並んだ。


木の幹へ背を預け、零は庭園へ視線を向ける。

柔らかな風が芝生を揺らし、中央の噴水からは絶え間なく澄んだ水音が響いていた。

庭園の中央では、蕾が身振り手振りを交えながら説明を続けている。

その隣では、アイリスが目を閉じたまま両手を前へ差し出していた。

レオンはその様子を眺めながら、穏やかに目を細める。


「楽しそうですね」


零も二人へ視線を向けたまま、短く答えた。


「ああ」


その声は素っ気ない。

しかし、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

しばらくの間、二人は何も言わずに庭園を眺める。

アイリスの掌に淡い光が集まりかける。

けれど、球体を形作る前に光は霧のように散ってしまった。


「あっ……」


残念そうな声が零たちのいる木陰まで届く。

蕾はすぐにアイリスの顔を覗き込み、励ますように笑った。


「惜しい、惜しい! 今、ちゃんと魔力が集まってたよ!」


「本当ですか?」


「うん! 最初よりずっとよくなってる!」


蕾の明るい声につられるように、アイリスの表情にも再び笑顔が戻っていく。


「もう一度、お願いいたします!」


「もちろん!」


二人は再び練習を始めた。

その光景を見つめながら、レオンが静かに口を開く。


「アイリス様が、あのように同年代の方と過ごされるのは久しぶりです」


零は木の幹へ背を預けたまま、隣へ視線を向ける。


「同年代の友達はいないのか?」


「友人と呼べる方は、ほとんどおりません」


レオンの声には、わずかな寂しさが滲んでいた。


「王女という立場上、周囲にいるのは家臣や護衛、あるいは政治的な思惑を持って近づく者ばかりです」


再び庭園へ目を向ける。

蕾はアイリスの両手を包み込むように支えながら、魔力の流れを教えていた。

アイリスもその言葉へ懸命に耳を傾けている。


「立場を気にせず接してくださる方と出会う機会は、どうしても限られてしまいます」


零は少しだけ眉を寄せた。


「面倒な立場だな」


あまりにも遠慮のない言葉だった。

だが、レオンは気分を害することなく、小さく笑う。


「ええ。否定はできません」


その答えを聞き、零は視線を庭園へ戻した。

蕾が何かを言うと、アイリスが楽しそうに声を上げて笑う。

少なくとも今の彼女は、王女という立場を意識しているようには見えなかった。


「……いいのか?」


零が不意に尋ねた。

レオンは視線だけを隣へ向ける。


「何がでしょうか」


「姫様なんだろ」


零は顎で庭園にいるアイリスを示した。


「魔法なんて覚えさせて、危なくないのか?」


その問いに、レオンは驚いた様子を見せなかった。

初めから聞かれることを予想していたように、静かに微笑む。


「構いません」


迷いのない返事だった。


「これは、アイリス様ご自身がお望みになったことです」


レオンは庭園へ視線を戻した。

風が吹き抜け、アイリスの金色の髪を柔らかく揺らしていく。


「王女という立場は、多くのものを与えてくれます」


穏やかな声が、噴水の水音に重なる。


「ですが同時に、多くの自由も奪ってしまいます」


零は何も言わない。

ただ、その言葉の続きを待っていた。


「街を自由に歩くことも、同年代の友人と遊ぶことも、何か新しいことへ挑戦することも」


レオンの眼差しが、ほんの少しだけ寂しげに揺れる。


「他の者には当たり前のことであっても、あの方には決して当たり前ではありません」


庭園では、アイリスの掌へ再び淡い光が集まり始めていた。

先ほどよりも強く、はっきりとした光だった。

蕾は声を出さず、期待に満ちた眼差しでその光を見守っている。

やがて光は不安定に揺れながらも、小さな球体を形作った。


「できた……」


アイリスは自分の掌を見つめ、琥珀色の瞳を大きく見開く。

次の瞬間。


「できたー!」


まるで自分のことのように喜んだ蕾が、アイリスの両手を取った。


「すごいよ、アイリス様! ちゃんと魔力を集められた!」


「蕾さんのおかげです!」


二人は顔を見合わせ、嬉しそうに笑い合う。

その無邪気な笑顔を見つめながら、レオンは穏やかに続けた。


「ですから、せめてこの一週間だけは」


わずかに目を細める。


「王女ではなく、一人の十五歳の少女として過ごしていただきたいのです」


その言葉に、零は小さく笑った。


「なるほどな」


短い一言だった。

けれど、その意味は十分にレオンへ伝わったらしい。


「黒神様と神桜様には、心より感謝しております」


「まだ何もしてない」


零は照れを隠すように、黄金色の瞳を庭園へ戻す。


「それでもです」


レオンは静かに首を横へ振った。


「あの方が心から笑ってくださる。それだけでも、私にとっては十分に意味があります」


零は返事をしなかった。

蕾と一緒になって喜ぶアイリスを、静かに見つめ続ける。

少し前まで緊張していたその表情には、もう王女としての堅苦しさは残っていない。

そこにいるのは、新しい魔法を初めて生み出したことを喜ぶ、一人の少女だった。

零はほんの少しだけ口元を緩める。


「……笑ってる方が、姫様らしいな」


レオンは一瞬だけ驚いたように目を見開いた。

やがて、その表情が穏やかな微笑みへ変わる。


「ありがとうございます」


零は居心地が悪そうに顔を背けた。


「だから、まだ何もしてないって」


「では、一週間後に改めてお礼を申し上げます」


「そういう意味じゃねぇよ」


困ったように零が頭を掻く。

その反応を見たレオンは、どこか楽しそうに笑っていた。

庭園には、蕾とアイリスの明るい声が響き続けている。

零は再び木の幹へ背を預けた。

この穏やかな時間が、少しでも長く続けばいい。

そんなことを、ほんの少しだけ思いながら。



-----



その頃――。


ホテル上階。

庭園を見下ろす長い回廊。

昼間だというのに、人影はほとんどない。

1人の男が窓際へ静かに歩み寄った。


王国護衛隊の制服。

その姿だけ見れば、誰も疑うことはない。

男は窓越しに庭園を見下ろす。

そこには楽しそうに笑い合うアイリスと蕾。

少し離れた木陰には、零とレオンの姿も見えた。

男は無表情のまま懐へ手を入れる。

取り出したのは、小型の通信機だった。


「俺だ。」


低く抑えた声だけが静かな廊下へ落ちる。


『状況は。』


男は視線を外さない。


「予定どおりだ。対象はホテル内。護衛はアストラル・オーダーの訓練生が二人。」


通信の向こうが少しだけ沈黙する。


『計画を前倒しにするか。』


男はわずかに口元を歪めた。


「必要ない。焦るな。」


庭園では蕾が何かに失敗し、大げさに笑っている。

アイリスも声を上げて笑っていた。

その穏やかな景色を眺めながら、男は冷たく言い放つ。


「予定どおり進める。」


『了解。』


通信が切れる。

男は通信機を懐へ戻した。

もう一度だけ庭園へ視線を落とす。


「せいぜい楽しんでいろ。」


感情のない声だった。


「その時間も、もう長くはない。」


踵を返し、静かに歩き出す。

磨き上げられた廊下へ足音だけが小さく響いた。


「天輝花は――必ず手に入れる。」


低く呟いた男の姿は、そのまま回廊の奥へ静かに消えていった。

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