4話:魔法の指南②
蕾は庭園の端に並ぶ、練習用の木製の的へ目を向けた。
零はその意図を察したらしく、わずかに眉を寄せる。
「俺の教え方、参考にならないぞ」
零が扱う銀河魔法は、七属性に属する一般的な魔法とは成り立ちから異なる。
生まれつき宿していた漆黒の魔法を、数々の実戦を経て自分なりに昇華させたものだ。
誰かから教わったわけではない。
試し、失敗し、使い続けた末に現在の形へ行き着いている。
そのため、七属性を基礎とする魔法の扱い方を教えることには向いていなかった。
「説明は私がするから!」
蕾は自信満々に胸を張った。
「零はいつもどおり使ってくれればいいの!」
「それなら先生じゃなくて、ただの見本だろ」
口では不満を漏らしながらも、零は素直に木陰から離れた。
「細かいことは気にしない!」
「へいへい」
気の抜けた返事を残し、庭園の端へ歩いていく。
練習用の木製の的がいくつも並ぶ場所まで来ると、零は足を止めた。
先ほどまでの気怠げな空気を残したまま、右手を静かに前へ差し出す。
「見てろ」
気負いのない一言だった。
呼吸も、構えも変わらない。
ただ掌へ意識を向け、普段どおりに言葉を紡ぐ。
「銀河星――バージョン隕石」
漆黒の魔力が零の掌へ集まり始めた。
いくつもの小さな黒い星が、次々と空中へ姿を現す。
その周囲では、紫銀の粒子が夜空の星屑のようにゆっくりと舞っていた。
禍々しさはない。
朝の庭園に小さな夜空だけが切り取られたような、幻想的な光景だった。
零が的へ視線を向けた、その瞬間。
「はい、ストップ!」
蕾の声が庭園へ響き渡った。
零は右手を向けたまま動きを止め、怪訝そうに振り返る。
「……このままでいいのか?」
「うん! そのまま、そのまま!」
蕾は零の隣まで駆け寄ると、空中に浮かぶ黒い星を指差した。
「今、零は自分の魔力を集めて、使いたい魔法の形にしたよね」
アイリスは空中の黒い星を見上げながら、静かに頷く。
「はい。黒い球体が、いくつも現れました」
「これで魔法の生成は完了!」
蕾は胸の前で両手を合わせ、アイリスへ笑いかける。
「零の場合は『銀河星――バージョン隕石』って言葉にすることで、自分がどの魔法を作るのか、はっきりさせてるの」
「では、この黒い星は、すでに魔法として完成しているのですか?」
「そうだよ。でも、まだ作っただけ」
蕾は浮かんでいる黒い星から、その先に並ぶ木製の的へ視線を移した。
「次に決めるのは、この魔法をどうしたいか」
撃ち出すのか。
一斉に放つのか。
それとも、一つずつ別々に動かすのか。
同じ魔法を生成しても、そのあとの扱い方によって結果は変わる。
「零は、生成と発動の両方を言葉にして使ってるんだよ」
蕾は一歩下がると、零へ期待に満ちた視線を向けた。
「それじゃあ零、やってみて!」
「さっきから、人使いが荒いな」
そう言いながらも、零は再び的へ向き直った。
黄金色の瞳が、並んでいる木製の的を静かに捉える。
わずか一瞬で、それぞれの位置と距離を見定める。
「連射」
その言葉を合図に、空中で静止していた黒い星が一斉に動き出した。
いくつもの黒い流星が庭園を駆け抜ける。
放たれた魔力弾は互いに交差しながら、それぞれ異なる軌道を描く。
次の瞬間。
並んでいた木製の的の中心へ、一発ずつ正確に突き刺さった。
乾いた音が立て続けに響き、的が大きく揺れる。
それでも、中心以外には傷一つついていない。
アイリスは琥珀色の瞳を大きく見開いた。
「すごい……。すべて異なる軌道で、別々の的へ……」
一発も外していない。
それ以上に、庭園や周囲の花々へ被害を出さないよう、威力まで正確に抑えられていた。
無邪気な称賛を向けられた零は、どこか居心地が悪そうに視線を逸らす。
「これくらい、大したことじゃない」
「またそんなこと言って」
蕾は呆れたように頬を膨らませる。
だが、すぐに気を取り直すと、アイリスへ向き直った。
「今の『連射』が発動」
先ほどまで黒い星が浮かんでいた場所へ手を向ける。
「零は『バージョン隕石』で魔法を生成して、『連射』で作った魔法をどう動かすのか決めたの」
アイリスは理解したことを確かめるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「魔法を作ることと、作った魔法を動かすことは、別なのですね」
「うん! 簡単に言えば――」
蕾は人差し指を立て、明るく笑った。
「生成してから、発動する! この二つが、魔法を使う基本の流れだよ!」
「なるほど……」
アイリスは黒い星が駆け抜けた空間を見つめ、納得したように頷いた。
その様子に満足した蕾は、隣に立つ零へ顔を向ける。
「それじゃあ零、ありがとう!」
満面の笑みで礼を告げると、少し離れた木陰を指差した。
「また必要になったら呼ぶから、あっちに行ってて!」
「えー……」
零の口から、露骨に不満そうな声が漏れた。
呼び出されるまま見本を見せたというのに、役目を終えた途端に追い払われるとは思っていなかったらしい。
「なんだよ、それ」
「だって零、七属性魔法は教えられないでしょ?」
蕾は悪びれることなく、にこやかな笑顔を向ける。
悪意など欠片もない。
だからこそ、余計に辛辣だった。
零は言い返そうと口を開く。
しかし、もっともな指摘だったため、何も言葉が出てこない。
「……まあ、そうだけど」
「ここからは私が教えるから大丈夫!」
蕾は自信満々に胸を張った。
「零は向こうで休んでて!」
完全に役目を終えたと言わんばかりの笑顔だった。
零はしばらく蕾を見つめたあと、諦めたように片手を上げる。
「はいはい。分かりましたよ」
気の抜けた返事を残し、木陰へ向かって歩き出した。
その背中を見送っていたアイリスが、堪えきれず小さく吹き出す。
「ふふっ……」
その声に気づいた零が、歩きながら振り返った。
「姫様まで笑うなよ」
「申し訳ありません。ですが、お二人がとても仲良しに見えたものですから」
アイリスは口元を押さえて謝るものの、琥珀色の瞳には楽しそうな光が残っている。
零は隣に立つ蕾を一瞥すると、諦めたように肩をすくめた。
「まあ、いつものことだよ。もう慣れた」
「ちょっと、それどういう意味?」
蕾が不満そうに頬を膨らませる。
「そのままの意味」
零は気怠げに答え、そのまま木陰へ歩いていく。
「零!」
背中へ飛んできた声にも、振り返ることはなかった。
その様子を見て、アイリスは再び楽しそうに笑った。
次の瞬間、二人の楽しそうな笑い声が庭園へ広がった。
「それじゃあ、続きを始めよう!」
蕾はすぐにアイリスへ向き直ると、再び両手を前へ差し出した。
「今度は、もう一度自分の魔力を探してみよう。目を閉じて、体の中にある力へ意識を向けてみて」
「はい。今度こそ、見つけてみせます」
先ほどの失敗を引きずる様子はなかった。
アイリスは真剣な面持ちで頷き、静かに目を閉じる。
蕾も隣へ立つと、期待に満ちた眼差しでその手元を見守った。




