4話:魔法の指南①
ホテルの庭園。
朝日に照らされた芝生が風に揺れ、中央の噴水からは絶え間なく澄んだ水音が響いている。
色とりどりの花々が咲き誇る庭園の周囲では、第3執行部『守護』とアルディア王国護衛隊が一定間隔で警戒に当たっていた。
穏やかな景色の中にも、ここが護衛任務の最中であることを忘れさせない緊張感が漂っている。
蕾は庭園の中央まで歩くと、くるりと振り返った。
「それじゃあ、始めよう!」
朝日にも負けない明るい笑顔が広がる。
その笑顔につられるように、アイリスも柔らかく頬を緩めた。
「よろしくお願いいたします、蕾様」
「うん! でも、そんなにかしこまらなくて大丈夫だからね」
蕾は胸元へ手を添えると、少しだけ先生らしく姿勢を正した。
「まずは、魔法がどうやって生まれるのかから説明するね」
「はい。お願いいたします」
アイリスは素直に頷き、真剣な眼差しを蕾へ向ける。
「魔法を使うには、魔力と体力。その両方が必要なの」
「魔力だけでは使えないのですか?」
不思議そうに首を傾げるアイリスへ、蕾は大きく頷いた。
「うん。魔力は、魔法を作るための材料。でも、材料があるだけじゃ何も作れないでしょ?」
蕾は足元に落ちていた小さな葉を拾い上げ、アイリスへ見せる。
「体力を使って魔力を動かし、形を作る。そこへ自分の属性とイメージを加えることで、初めて一つの魔法になるの」
「魔力が材料で、体力がそれを形にする力……」
アイリスは教えられた言葉を、確かめるように繰り返す。
「そうそう! たとえば、魔力が粘土なら、体力はそれをこねる手。イメージは、何を作るか決めるための完成図かな」
「完成させたい形を、心の中で思い描くのですね」
「うん! そのとおり!」
答えが伝わったことを喜ぶように、蕾の笑顔が一段と明るくなる。
拾い上げた葉を風へ放すと、今度は右手を前へ差し出した。
「まずは、体の中にある魔力を感じる」
ゆっくりと呼吸を整える。
先ほどまでの快活な雰囲気が消え、表情が静かに研ぎ澄まされていく。
「見つけた魔力を、体力で押し出すように動かして――手のひらへ集める」
蕾の掌へ淡い光が集まり始めた。
無数の光が一か所へ重なり、やがて小さな球体を形作る。
まだ属性も与えられていない、純粋な魔力の塊だった。
「これが、魔法になる前の魔力なのですね」
アイリスは琥珀色の瞳を輝かせながら、光の球体を見つめる。
「そう。ここから自分の属性を与えて、使いたい魔法を思い浮かべるの」
蕾が指先へ意識を集中させる。
淡い光が緑色へ変わり、穏やかな風をまとい始めた。
柔らかな風は掌の上で渦を巻き、先ほど手放した葉をふわりと宙へ持ち上げる。
「これで完成!」
葉は蕾の周囲を一周すると、アイリスの手のひらへ静かに降り立った。
「きれい……」
アイリスは手元の葉と蕾を交互に見つめる。
魔法を解いた蕾は、期待に満ちた瞳を向けた。
「最初から属性までつけるのは大変だから、まずは魔力を手のひらへ集めるところからやってみよう!」
「はい。やってみます」
アイリスは葉を大切そうに傍らへ置くと、両手を前へ差し出した。
「難しく考えなくて大丈夫だよ」
蕾はその隣へ並び、アイリスの手元を覗き込む。
「魔法は『できるでしょうか』じゃなくて、『やってみよう!』くらいの気持ちでいいの」
「やってみよう……ですか」
アイリスは一度だけ自分の掌を見つめる。
やがて小さく頷くと、決意を込めるように両手を握った。
「分かりました。まずは、やってみます」
静かに目を閉じ、自分の内側へ意識を向ける。
胸の奥にある魔力を探し、それを手のひらへ動かそうとする。
庭園を風が優しく吹き抜け、金色の髪がふわりと揺れた。
しかし――何も起こらない。
しばらくして目を開いたアイリスは、自分の掌を見つめた。
「……魔力がどこにあるのか、まだ分かりませんでした」
声には小さな落胆が滲んでいる。
それでも俯くことなく、アイリスはもう一度両手へ目を向けた。
「もう一度、試してもよろしいでしょうか?」
「もちろん!」
蕾はすぐに笑顔で答えた。
「最初は、自分の魔力を見つけるのが一番難しいんだから。一回でできなくても、全然気にしなくていいよ!」
「蕾様も、失敗されたことがあるのですか?」
その問いに、蕾は少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。
「そりゃあ、あるよ。力を入れすぎて魔力を散らしちゃったり、思っていたのと全然違う魔法になったりして」
失敗を思い出したのか、蕾は困ったように笑う。
だが、恥じる様子はなかった。
「でもね、失敗したから分かったこともいっぱいあるの」
蕾はアイリスの両手を優しく包み込んだ。
「だから大丈夫! 失敗した分だけ、次は絶対に上手くなるから!」
真っ直ぐな言葉だった。
根拠も疑いもなく、本気でアイリスならできると信じている。
その温かさに触れ、アイリスの表情から緊張が解けていく。
「……はい。私、諦めずに続けてみます」
先ほどよりも力強い返事だった。
「うん。その意気、その意気!」
満足そうに頷いた蕾は、何かを思いついたように顔を上げた。
そして、少し離れた木陰で様子を眺めていた零へ、人差し指を勢いよく向ける。
「はい! 次、零先生!」
突然指名された零は、木の幹へ預けていた背をわずかに起こした。
面倒そうに自分を指差す。
「俺?」
「そう! 今度は零が見本を見せて!」




