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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1.5章:神桜の魔法使い

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3話:王女との出会い

翌朝――。


ロンドン中心部。

王室専用ホテル。


アストラル・オーダーの車が、重厚な鉄門をゆっくりとくぐる。

窓の外へ目を向けていた蕾は、思わず息を呑んだ。


「……すごい」


桜色の瞳に映るのは、ホテルという言葉では収まりきらないほど壮麗な建物だった。

白い石造りの外壁。

いくつもの宿泊棟を結ぶ、優雅な回廊。

中央では大きな噴水が陽光を受けてきらめき、その周囲には色鮮やかな花々の咲き誇る庭園が広がっている。


まるで、一つの宮殿だった。

車が石畳のロータリーを進み、正面玄関の前で静かに停車する。

零も窓の外へ目を向け、僅かに口元を緩めた。


「昨日、写真では見たけど……」


黄金色の瞳が、建物の最上階へ向けられる。


「やっぱり、ホテルっていうより城だな」


「うん!」


蕾も窓へ身を寄せ、弾んだ声を上げた。


「こんなホテル、初めて見たよ!」


胸の高鳴りを隠せない様子で、忙しなく視線を動かしている。

そんな蕾を横目に見た零は、どこか呆れたように笑った。


「迷子になるなよ」


「ならないもん!」


蕾はすぐに振り返り、頬を少し膨らませる。


「零こそ、置いていかないでよ?」


「善処する」


気の抜けた返事に、蕾は「もう」と苦笑した。

車を降りると、ひんやりとした朝の空気が二人を包み込む。

正面玄関では、第3執行部『守護』の隊員たちが周囲へ鋭い視線を巡らせていた。


さらにその奥には、アルディア王国の護衛たちが整然と並んでいる。

穏やかな庭園の景色とは対照的に、その警備には一切の隙がなかった。

周囲の様子を確認した蕾の表情も、自然と引き締まる。


ここへ来るまで胸を弾ませていたが、遊びに来たわけではない。

今日から始まるのは、自分たちにとって初めての任務なのだ。

その中から、一人の青年が静かに歩み寄ってくる。


20代前半ほどの青年だった。

上質な燕尾服を隙なく着こなし、その立ち居振る舞いには自然と人目を引く気品がある。

青年は二人の前で足を止め、丁寧に一礼した。


「ようこそ、お越しくださいました」


穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと顔を上げる。


「アルディア王国で伯爵位を賜っております、レオン・アルフォートと申します。アイリス様のお世話役を務めております」


その落ち着いた声を聞き、蕾は慌てて背筋を伸ばした。


「神桜蕾です!」


勢いよく頭を下げる。


「本日から、よろしくお願いします!」


隣では、零も軽く会釈した。


「黒神零です。よろしく」


レオンは二人を見比べ、僅かに目を細める。


「失礼。お話には伺っておりましたが、本当にお若いのですね」


その声音に見下すような響きはなく、純粋な驚きと感心が滲んでいた。

零は肩の力を抜いたまま、苦笑を浮かべる。


「よく言われます」


飾らない返事に、レオンの笑みも自然と深まった。


「失礼いたしました。ですが、アストラル・オーダーが信頼して送り出した方々です」


一度言葉を区切り、二人を真っ直ぐに見つめる。


「私も、お二人を信頼しております」


その一言に、蕾の肩からふっと力が抜けた。


緊張で僅かに硬くなっていた表情へ、いつもの明るい笑顔が戻る。


「ありがとうございます!」


レオンは静かに踵を返した。


「それでは、アイリス様がお待ちです。こちらへどうぞ」


二人は頷き、その後ろへ続いた。



-----



ホテル最上階。


厚い絨毯が三人の足音を吸い込み、長い廊下には静かな空気が流れている。

大きな窓から差し込む朝日が白い壁を柔らかく照らし、王室専用区画らしい落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

やがて、一室の前でレオンが立ち止まる。

扉を三度、静かにノックした。


「アイリス様。護衛のお二人をお連れしました」


部屋の中から、澄んだ声が返ってくる。


「どうぞ」


レオンが静かに扉を開ける。

窓際に立っていた少女が、ゆっくりと振り返った。

金色の長い髪。

透き通るような琥珀色の瞳。


朝日を受けたその姿は、まるで一枚の絵画のように凛として美しかった。

昨日、写真で見た少女が、今は目の前にいる。

アイリスはスカートの裾を摘み、優雅に一礼した。


「初めまして。アイリス・アルディアです」


流れるように美しい所作。

王女として積み重ねてきた教養が、その一挙一動から自然と滲み出ていた。

それでも、顔を上げたアイリスが浮かべた笑顔には、115歳の少女らしい柔らかさが残っている。

蕾も慌てて頭を下げた。


「神桜蕾です! よろしくお願いします!」


その隣で、零も軽く会釈する。


「黒神零です。よろしく」


アイリスは二人の姿を交互に見つめると、ほっと胸をなで下ろすように微笑んだ。


「年齢の近い方がお越しくださると伺っておりましたので……」


僅かに頬を緩める。


「お二人にお会いできて、とても安心いたしました」


蕾は不思議そうに首を傾げた。


「そうなんですか?」


「はい」


アイリスは少し照れたように微笑む。


「これまで護衛をしてくださった方は、年上の方ばかりでしたので……」


琥珀色の瞳を僅かに伏せる。


「皆さん、とても親切にしてくださるのですが、どうしても緊張してしまって」


その控えめな笑顔に、蕾も自然と笑みを返した。

先ほどまで抱いていた王女への緊張は、いつの間にか消えている。

蕾はアイリスの前へ一歩進み、明るい声を上げた。


「それなら大丈夫!」


胸の前で両手を合わせ、太陽のような笑顔を向ける。


「一週間、一緒に楽しみましょう!」


あまりにも屈託のない言葉に、アイリスは驚いたように目を瞬かせた。

レオンも一瞬だけ目を見開いたが、咎めることなく穏やかに二人を見守っている。

やがて、アイリスは嬉しそうに笑みを浮かべ、小さく頷いた。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


初対面とは思えないほど、部屋の空気が柔らかく和らいでいく。

すると、アイリスは胸の前でそっと両手を重ねた。

何かを決心するように小さく息を整え、僅かに視線を伏せる。


「実は……一つ、お願いがあるのです」


どこか言いにくそうな様子に、蕾は不思議そうに首を傾げた。


「お願いですか?」


アイリスは静かに頷く。

それから顔を上げ、琥珀色の瞳で二人を真っ直ぐに見つめた。


「お二人は、アストラル・オーダーの魔法使いなのですよね?」


「はい!」


蕾は迷うことなく、大きく頷く。

その明るい返事につられるように、アイリスの表情も少しだけ和らいだ。


「私……昔から、魔法使いに憧れていたのです」


その言葉には、幼い頃から胸の奥で大切に育ててきた夢が滲んでいた。


「強くて、困っている方を助けることができて……」


アイリスは憧れを思い描くように、胸元で指を重ねる。


「皆さん、とても素敵ですから」


そう言ってはにかむ姿は、王女ではなく、一人の少女そのものだった。

しかし、その笑顔はすぐに僅かな寂しさを帯びる。


「ですが、王族という立場もあり、自由に魔法を学ぶ機会はあまりありませんでした」


不満を訴えるような声音ではない。

それでも、長い間諦めてきた願いであることは、蕾にも伝わってきた。


「それで……もし、ご迷惑でなければ」


アイリスは少しだけためらってから、二人へ尋ねる。


「滞在している間に、魔法を教えていただけませんか?」


蕾は目を輝かせた。

すぐに答えようとして、ふと入口に立つレオンへ目を向ける。

自分たちはアイリスの護衛としてここへ来ている。

勝手に約束してよいことではないと思い直したのだ。


「あの、レオンさん」


蕾は少し遠慮がちに尋ねる。


「任務の邪魔にならない時間なら、魔法の練習をしても大丈夫ですか?」


レオンは僅かに目を細めた。


「本日の公式予定は午後からです。また、ホテルの庭園はすでに『守護』と我が国の護衛隊によって警備されています」


確認するようにアイリスへ視線を向ける。


「護衛任務に支障のない範囲であれば、問題ないでしょう」


その返事を聞いた瞬間、蕾の顔へ満面の笑みが咲いた。


「だったら、今からいっぱい覚えよう!」


勢いよくアイリスへ向き直る。


「せっかく一週間あるんだもん。毎日少しずつ練習したら、きっとできるようになるよ!」


アイリスは思わず目を丸くした。


「本当に……よろしいのですか?」


「もちろん!」


蕾は迷うことなく頷く。


「困っている人を放っておけないのは、私たちも同じだから!」


真っ直ぐな言葉に、アイリスは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、蕾さん」


その笑顔は先ほどまでよりも自然で、年相応の少女らしいものだった。

そんな二人を眺めていた零が、ぽつりと口を開く。


「俺は、教えるの苦手だけどな」


何気ない一言に、蕾がくるりと振り返る。


「何言ってるの。零も手伝って」


少しだけ頬を膨らませると、零は困ったように眉を上げた。


「俺の教え方、参考にならないぞ」


零は、七属性の基本魔法をまともに扱えない。

その代わり、生まれつきその身に宿していたのが、どの属性にも当てはまらない漆黒の魔法だった。

何度も使い、失敗を重ね、感覚だけを頼りに独自の銀河魔法へ昇華させた。

誰かに教わったものではない。

習うより慣れろ――それが零のやり方だった。


おまけに銀河魔法は、七属性の基本魔法とは魔力の性質も扱い方もまるで違う。

自分の経験を話したところで、アイリスの参考になるとは思えなかった。


「そんなことないよ」


蕾はにっこりと笑う。


「見本を見せてくれるだけでも、全然違うんだから!」


「俺の魔法を見本にするのか?」


零は僅かに眉を寄せる。

その反応を見た蕾は、少しだけ考え込んだ。


「……基礎魔法の見本にはならないかも」


「だろ?」


「でも、魔法を使うところは見せられるでしょ?」


すぐに笑顔へ戻り、零の腕を軽く引く。


「ほら、行こう!」


「結局、やらせる気かよ……」


零は呆れたように息を吐いた。

それでも断る様子はなく、引かれるまま一歩を踏み出す。

その横顔に僅かな笑みが浮かんでいることに気づき、蕾は嬉しそうに両手を合わせた。


「やった! ありがとう、零!」


「礼を言われるほどのことじゃない」


顔を僅かに逸らして答える姿は、どこか照れくさそうだった。

三人のやり取りを見守っていたレオンも、穏やかに口元を緩める。


「それでは、庭園へご案内いたしましょう」


アイリスは待ちきれないように、大きく頷いた。


「はい!」


胸の前でそっと両手を握る。


その琥珀色の瞳には、これから始まる時間への期待が眩しいほどに輝いていた。

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