第1章エピローグ⑤:白の約束―想い―
事件から数日――。
穏やかな日常は、何事もなかったかのように戻ってきた。
星峰魔法高等学校。
昼休み。
鈴華は教室の窓際に立ち、春風に揺れる校庭をぼんやりと眺めていた。
窓から吹き込む風が、腰まで伸びた黒髪を優しく揺らす。
ふと、校舎の屋上へ視線を向ける。
そこには、零と影山の姿があった。
影山が身振り手振りを交えながら、何かを楽しそうに話している。
零は面倒そうに相槌を打っていたが、ときおり小さく笑っていた。
その姿を見つめながら、鈴華も自然と口元を緩める。
(……やっぱり)
(ああして笑っている方が、黒神くんらしいですね)
事件の時に見せた、冷徹な執行官の姿。
あれも紛れもなく黒神零なのだろう。
それでも鈴華にとっては、教室で居眠りをして、面倒くさそうに授業を受けて、友人と他愛のない話をしている姿の方が、ずっと自然に思えた。
あの日まで――。
“漆黒の流星”は、自分にとって遠い存在だった。
誰もが憧れる英雄。
世界最高峰の魔法組織で活躍する、特別執行官。
手の届かない場所で、世界を守るために戦っている人。
ずっと、そんなふうに思っていた。
けれど、実際に出会った黒神零は、その印象とは随分違っていた。
面倒くさがりで、自由奔放。
少し抜けているところもあって、ときどき子どものように笑う。
思わず呆れてしまうことも、決して少なくない。
それでも――。
困っている人を決して見捨てない。
誰よりも優しくて、誰よりも強い人だった。
鈴華は、自分の肩へそっと手を添えた。
今は家に置いてある、黒いコート。
廃工場で零が自分を守るように掛けてくれた、あの一着。
『返さなくていい』
ぶっきらぼうに告げられた言葉を思い出す。
零が大切なコートと一緒に、自分へ託してくれた小さな信頼。
それを思うだけで、胸の辺りがほんのりと温かくなった。
『親友との約束』
あの日、屋上で聞いた言葉も蘇る。
そういえば、澪との模擬戦を終えた帰りにも、零は昔の友人について話していた。
きっと、その人が零の言う親友なのだろう。
(黒神くんにとって、本当に大切な人なんですね)
鈴華は僅かに目を細めた。
零がその約束を大切にしていることは分かる。
けれど、その人が誰なのかも、どんな約束を交わしたのかも、自分はまだ知らない。
それ以上は考えないことにした。
今はまだ、無理に踏み込んではいけない気がしたからだ。
アストラル・オーダーのこと。
特別執行官としての零のこと。
そして――黒神零という、一人の少年のこと。
自分の知らないことは、まだ沢山ある。
(少しずつでいい)
(もっと、黒神くんのことを知っていきたい)
焦る必要はない。
これから同じ学校で、同じ時間を過ごしていくのだから。
いつか自分も、零の力になれるだろうか。
一人で何もかも背負おうとする彼を、隣で支えられるだろうか。
まだ形にもならない小さな願いが、鈴華の中に芽生え始めていた。
その時だった。
屋上にいた零が、ふと教室へ顔を向ける。
離れた場所で、二人の視線が重なった。
鈴華は僅かに驚いたあと、零へ柔らかな笑みを向ける。
けれど零は、なぜ笑い掛けられたのか分からないらしい。
不思議そうに首を傾げていた。
その何も分かっていない表情が、少しだけ可笑しい。
鈴華の口元から、小さな笑みが零れた。
(ふふっ)
(やっぱり、黒神くんですね)
春風が、長い黒髪を優しく揺らす。
一人の少女と交わした約束から始まった、黒神零の学校生活。
その先で出会った白河鈴華との物語もまた――。
まだ、始まったばかりだった。
――第1章『漆黒の流星』完
第1章完結ということで
活動報告も更新しました。




