第1章エピローグ④:白の約束―秘密―
夕日はすでに沈み、街に夜の帳が下り始めていた。
事情聴取を終えた鈴華は、星峰支部へ戻ってきていた。
人気のなくなった控室で、机に広げた書類を一枚ずつ整理していく。
最後の報告書を揃えたところで、鈴華は張り詰めていた息をゆっくりと吐いた。
事情聴取では、零と交わした約束どおり、彼のことは何一つ話さなかった。
漆黒の流星。
アストラル・オーダー。
そして――黒神零。
その全てを胸の奥へしまい込み、報告したのは、犯人たちが魔力を暴走させて自滅したということだけだった。
何度も詳しい状況を尋ねられた。
それでも、零へつながることだけは決して口にしなかった。
約束を守り通せたことに、鈴華が小さく安堵した――その時だった。
控室の扉が開く。
「白河」
聞き慣れた声に、鈴華は顔を上げた。
そこに立っていたのは、鏡野澪だった。
鏡野は落ち着いた足取りで近付くと、鈴華の前で足を止める。
その視線が、ふと鈴華の肩へ向けられた。
制服を覆う、黒いコート。
鏡野が僅かに目を細める。
「そのコート」
鈴華の肩が、ぴくりと揺れた。
「え?」
「朝は着ていなかったわよね」
問い詰めるような口調ではない。
けれど、鈴華の胸に小さな緊張が走った。
零と交わした約束が、脳裏をよぎる。
鈴華は胸元のコートを僅かに握り、できるだけ平静を装って答えた。
「現場で借りました」
短い返事だった。
鏡野は何も言わず、鈴華を見つめる。
明らかに大きなサイズ。
制服の上から羽織っていても分かる、男物のコートだった。
借りたというだけでは、いささか説明が足りない。
それでも鏡野は、すぐに問いを重ねようとはしなかった。
「そう」
やがて、それだけ答えて小さく頷く。
鈴華が話さないと決めているのなら、今ここで無理に聞き出すつもりはないらしい。
鏡野が踵を返す。
だが、数歩進んだところで不意に足を止めた。
鈴華が振り向くと、鏡野は穏やかな表情でこちらを見つめていた。
「今日はお手柄だったわね」
思いがけない言葉に、鈴華は目を瞬かせる。
「いえ……私は、何も」
小さく首を横へ振った。
自分一人では、何もできなかった。
あの場で助けてくれたのは零だ。
犯人たちを倒し、最後まで自分を守ってくれたのも――。
その名前が喉元まで込み上げる。
けれど、口にするわけにはいかない。
鈴華は零への感謝も、自分が抱いた想いも、再び胸の奥へしまい込んだ。
そんな鈴華を見て、鏡野は小さく首を横へ振る。
「謙遜しなくていいわ。あなたが動いたから、事件を解決できた。それは事実でしょう?」
鈴華は何も答えられなかった。
自分の手柄だとは、今でも思えない。
それでも、鏡野の言葉を否定することもできず、胸元のコートを握る指へ僅かに力を込めた。
鏡野の視線が、その手元へ向けられる。
何かに気付いたように目を細めたものの、やはり問い掛けることはなかった。
「無理はしないことね」
それだけ告げ、鏡野は再び歩き出した。
「……はい」
鈴華が答えると、鏡野は一度だけ振り返る。
「お疲れさま、白河」
「澪も、お疲れさま」
扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。
鈴華はしばらく、その扉を見つめていた。
鏡野はきっと、何かに気付いている。
それでも、鈴華が話すまで待ってくれた。
その心遣いに安堵しながら、鈴華は自分の肩へ視線を落とす。
零から託された、黒いコート。
その胸元を両手で握り、守るようにそっと抱き寄せた。
「……約束、ちゃんと守れましたよ」
誰にも届かないほど、小さな声だった。
けれど、今はそれでいい。
このコートに込められた信頼も。
零が漆黒の流星であるという秘密も。
二人で交わした約束も。
全て、自分が大切に守っていく。
鈴華は黒いコートに残る温もりを感じながら、穏やかに目を細めた。
その小さな呟きは、夜を迎えた控室の中へ、そっと溶けていった。
次回が第1章の最終回です。
今日の夜にアップします。
アップ後は活動報告も上げる予定です。
どうかコレからも宜しくお願いします。




