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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1章:漆黒の流星

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11話:親友との約束③

しばらく穏やかな時間が流れる。


夕暮れの街は少しずつ茜色から藍色へと移り変わり始め、ビルの隙間を吹き抜ける風もどこか涼しさを帯びていた。

零は小さく息を吐き、鈴華へ視線を向ける。


「聞きたいことは終わったか?」


鈴華は少しだけ考える。

本当はまだ聞きたいことが沢山ある。

アストラル・オーダーのこと。

執行官のこと。

零が歩んできた過去。


けれど――。

今の自分が踏み込んでいい場所ではない気がした。

今日だけで、零は十分すぎるほど多くのことを話してくれた。

だから今は、それで十分だった。


「はい」


静かに頷く。

その返事を聞き、零はようやく安心したように肩の力を抜いた。

どこか張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


「じゃあ一つ頼みがある」


少しだけ言いづらそうに頭の後ろを掻く。


「なんですか?」


鈴華は素直に首を傾げた。

零は一度だけ視線を逸らし、小さく息を吐く。

普段なら軽口で誤魔化すところだが、この話だけはそうもいかなかった。


「俺が漆黒の流星(ブラックスター)だってこと黙っててくれ。」


短い言葉だった。

それでも、その声音には珍しく真剣さが滲んでいる。

鈴華は碧色の瞳を瞬かせた。


「どうしてですか?」


零は困ったように苦笑する。


「正体がバレたことを知られたら面倒なんだよ。」


鈴華は少しだけ首を傾げた。


「面倒って……?」


その問いに、零は盛大にため息を吐く。


「あー……エレ姉。」


「エレ姉?」


聞き慣れない名前だった。

鈴華は目を丸くする。

零はどこか遠くを見るように肩を竦めた。


「こわーい上司。」


その一言だけで、どれほど苦手なのかが伝わってくる。

普段の気怠げな零からは想像もつかない反応だった。

鈴華は思わず口元を緩める。


「そんなに怖いんですか?」


零は間髪入れず頷いた。


「怖い。」


迷いのない即答だった。

少しだけ視線を逸らし、ぽつりと続ける。


「本気で怒る時ほど笑うんだ。」


その言葉を聞いた瞬間、鈴華は頭の中で想像してしまう。

笑顔のまま怒る上司。

その光景が妙に可笑しくて、思わず吹き出した。


「ふふっ。」


零は少しだけ眉をひそめる。


「だから笑うなって。」


どこか拗ねたような口調だった。

鈴華は笑みを堪えようとする。

けれど、どうしても堪えきれない。


「すみません。」


そう言いながらも、口元はまだ少しだけ緩んでいた。

鈴華は笑みを浮かべたまま、ふと何かを思い出したように首を傾げる。


「……あれ?」


零が不思議そうに視線を向けた。

鈴華は少し困ったように微笑む。


「だったら、なんであの時に名乗ったんですか?」


少しだけ首を傾げたまま続ける。


「たぶん、名乗らなかったら私も確信は持てなかったと思いますよ?」


その言葉に、零の動きがぴたりと止まる。

脳裏へ浮かぶのは、ほんの数十分前の出来事。


漆黒の流星(ブラックスター)が使う魔法は』


『The Astral Order』

『第1執行部『星刻(Stellar)』所属』

『特別執行官――黒神零』

『これより星刻の名の下に強制執行を開始する』


あの時は迷いなく口にした言葉だった。

それなのに、今になって改めて指摘されると返す言葉が見つからない。

黄金色の瞳がゆっくりと泳ぐ。

夕風だけが2人の間を静かに吹き抜けた。

やがて零は照れ隠しのように頭の後ろを掻く。


「あー……。」


小さく苦笑を漏らした。


「半分は癖。」


少しだけ肩を竦める。


「もう半分は……勢い、みたいなもん。」


夕焼け空を見上げる。

どこか照れくさそうに笑った。


「あいつ見てたら腹立ってきてさ。」

「あとは……気付いたら口が動いてた。」


その返事に、鈴華はしばらく何も言わなかった。

ただ静かに零を見つめる。

やがて小さく息を吐き、苦笑した。


「……気付いたら、ですか?」


「ああ。」


悪びれる様子もなく頷く。

そのあっさりとした返事が、いかにも零らしい。

鈴華は呆れたように笑うしかなかった。


「勢いだけで正体を明かさないでください……。」


「悪い。」


迷いのない返事だった。

言い訳ひとつしない。

その素直さが可笑しくて、鈴華は思わず肩の力を抜く。


「もう……。」


小さく笑ったあと、改めて零を見つめた。

その表情は先ほどまでとは違う。

からかうような笑みは消え、代わりに穏やかな笑顔が浮かんでいた。


「分かりました。」


碧色の瞳が優しく細められる。


「誰にも言いません。」


迷いのない返事だった。

零は胸を撫で下ろすように、小さく息を吐く。

張り詰めていた肩から、ふっと力が抜けていく。


本気で安心したらしい。


「助かる。」


短い一言。

けれど、その声音には隠しきれない安堵が滲んでいた。

そんな零の様子がおかしくて、鈴華は少しだけ悪戯っぽく微笑む。


「その代わり、条件があります。」


零の表情が、みるみる嫌そうになった。


「……ん?」


鈴華は人差し指を一本立てた。


「黒神くんの普通の学校生活。」


柔らかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりと言葉を続ける。


「それに私も協力します。」


零は数秒、言葉を失った。

黄金色の瞳と碧色の瞳が静かに向かい合う。

夕暮れの屋上は穏やかな風だけが流れ、二人の間を静かな時間が包んでいた。


「……なんでそうなる。」


ようやく絞り出した声には、困惑しかなかった。

本気で理解できない。

そんな表情だった。

鈴華はくすりと笑う。

その反応さえ、どこか予想していたようだった。


「親友との約束なんですよね?」


その言葉に、零は何も答えない。

否定も肯定もしない。

ただ静かに夕焼け空を見つめたまま、小さく息を吐く。

その沈黙だけで、鈴華には十分だった。


やっぱり――。

あの約束は、零にとって今も変わらず大切なものなのだ。

鈴華は穏やかな笑みを浮かべる。


「だったら、その約束が叶うように。」


一歩だけ零へ近付く。


「私も協力したいんです。」


その声に打算はない。

純粋にそう思ったから口にした。

ただ、それだけだった。

夕陽が二人を柔らかく照らす。

碧色の瞳は真っ直ぐで、一切の迷いがない。

その視線を受け、零は困ったように頭を掻いた。


「意味分からん。」


即答だった。

鈴華は思わず小さく笑う。


「分からなくて結構です。」


言い切るその声は穏やかなのに、不思議と揺るがない。

零はしばらく鈴華を見つめていた。

真っ直ぐな瞳。

一歩も引く気配のない笑顔。


(……かなわねぇな。)


心の中だけで苦笑する。

やがて観念したように、小さく息を吐いた。


「……変なやつ。」


鈴華は一瞬きょとんと目を丸くする。

だが、すぐにその意味を理解したように小さく笑った。


「黒神くんだけには言われたくないですね。」


その返しに、零は思わず吹き出す。


「……否定できねぇ。」


珍しく素直に負けを認める。

鈴華もつられて笑みをこぼした。

どちらからともなく笑い合う。

先ほどまでの緊張は、もうどこにもなかった。

夕暮れの穏やかな風が、二人の間を静かに吹き抜ける。


その心地よさに身を任せるように、二人はしばらく並んで夕焼け空を眺めていた。

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