11話:親友との約束①
星峰市隣街・廃工場。
夕暮れ。
赤い回転灯が、薄暗くなり始めた工場地帯を静かに照らしていた。
廃工場の周囲には規制線が張られ、複数のパトカーと救急車が並んでいる。
魔法警察と風紀部の合同検証チームは、現場保存や負傷者の搬送、魔力痕の採取に追われていた。
砕けた床。
焼け焦げた壁。
崩れた機械。
つい先ほどまで激しい戦闘があったことを示す痕跡が、廃工場の至るところに残されている。
「被害者は全員生存しています」
「重傷者は多数ですが命に別状はありません」
「現場には大規模な黒属性魔法の痕跡が残っています」
報告が次々と飛び交う中、鏡野澪は腕を組みながら、焼け焦げた壁を静かに見上げていた。
紫がかった青い瞳が、現場をゆっくりと見渡す。
表情は冷静だった。
だが、その視線はどこか落ち着かない。
「……白河は?」
近くにいた星野美羽も困ったように首を振る。
「まだ連絡がつきません」
「担当区域は白河先輩のエリアだったはずなんですが……」
鏡野は小さく息を吐いた。
「そう」
短く返す。
あの真面目な白河鈴華が、報告を入れない。
任務が終われば、必ず連絡を入れる性格だ。
だからこそ、その沈黙が胸騒ぎを誘った。
夕風が静かに吹き抜ける。
鏡野はもう一度、焼け焦げた工場の奥へ視線を向けた。
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――数十分前。
廃工場の中には、まだ戦いの余韻が色濃く残っていた。
黒い煙がゆっくりと天井へ昇っていく。
倒れた半グレたち。
砕けた床。
焼け焦げた壁。
そして、空気に残る濃い魔力の気配。
遠くからサイレンの音が聞こえ始める。
その音を聞いた瞬間、鈴華は大きく息を吐いた。
張り詰めていた肩の力が、ようやく抜けていく。
「……よかった」
胸の奥を支配していた緊張が、少しずつほどけていく。
もう終わった。
そう思った、その時だった。
「やべ」
零がぽつりと呟く。
鈴華が振り向くと、零は心底嫌そうな表情でサイレンの聞こえる方角を見つめていた。
「逃げるぞ、白河」
「……え?」
鈴華は目を丸くした。
何を言われたのか、一瞬理解できない。
「黒神くん?」
「今回の事件の功労者ですよね?」
「どうして逃げるんですか?」
零は面倒そうに頭を掻いた。
「だからだよ」
短く答える。
「事情聴取なんて受けたら、面倒なことになる」
その瞬間、脳裏へ穏やかに微笑む銀髪の長官の姿が浮かぶ。
零は小さく顔をしかめた。
「行くぞ」
そう言うと、鈴華の手首を軽く掴む。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
鈴華は慌てて声を上げる。
しかし零は構わず裏口へ向かって走り出した。。
「急げ!」
半ば引きずられながら、鈴華は必死に声を上げる。
「だからどうしてですか!?」
零は振り返りもせず答えた。
「後で説明する!」
「絶対説明してくださいよ!?」
夕暮れの街を二人は駆け抜ける。
背後では、サイレンの音がどんどん近付いていた。
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数分後。
少し離れた古いビルの屋上。
街並みは夕陽に染まり、オレンジ色の光が建物の屋根を優しく照らしている。
春の風がゆっくりと吹き抜け、火照った身体を心地よく冷ましていった。
零はフェンスにもたれ掛かると、大きく息を吐いた。
「ふぅ……」
戦闘の緊張が抜けたような、いつもの気の抜けた声だった。
その姿を見つめていた鈴華は、肩へ掛けられた黒いコートをそっと握りしめた。
まだ微かに残る温もり。
その安心感とは裏腹に、胸の中には聞きたいことが山ほどあった。
鈴華は一歩前へ踏み出す。
夕陽を映した碧色の瞳が、真っ直ぐ零を見つめた。
「説明してください」
零は黄金色の瞳を鈴華へ向ける。
いつもの気怠げな表情だった。
その様子を見て、鈴華のこめかみに青筋が浮かぶ。
「どうして逃げたんですか!」
零は不思議そうに肩を竦めた。
「俺は一般人だろ?」
あまりにも自然な返事だった。
本人にとっては、それがごく当たり前の認識なのだろう。
鈴華は碧色の瞳を瞬かせる。
冗談なのか、本気なのか。
数秒見つめても、その黄金色の瞳から答えは読み取れない。
「……本気で言ってます?」
零は迷うことなく頷いた。
「もちろん」
鈴華は深いため息を吐く。
この人は、本当にこういう人なのだと改めて実感する。
「私は風紀部です」
零は黙って続きを待つ。
鈴華はコートの襟を軽く握り直した。
「私は事情を説明する立場ですし、現場を離れる必要はありませんでした。」
「逃げなくてもよかったのでは?」
その瞬間。
零の動きがぴたりと止まる。
夕風だけが2人の間を吹き抜けた。
「……あ」
何かに気付いたように、小さく声を漏らす。
鈴華は呆れたような視線を向けた。
「気付きました?」
零は記憶を辿るように視線を泳がせる。
事情聴取から逃げたのは、自分の正体が報告され、アストラルへ知られるのを避けたかったからだ。
だが、それはあくまで自分の事情。
風紀部である鈴華には、最初から逃げる理由などなかった。
「そういえば、そうだな」
ようやく思い至ったように苦笑する。
その返事に、鈴華は思わず肩を落とした。
「今ですか?」
零は気まずそうに視線を逸らす。
「いや、なんか流れで……」
本気で今思い出したらしい。
鈴華は額に手を当て、小さく息を吐く。
「流れで連れ去らないでください」
零は素直に頭を下げた。
「悪かった」
そのあまりにも素直な謝罪に、鈴華は怒る気をなくしてしまう。
思わず吹き出した。
「ふふっ」
零は少しだけ頬を掻く。
「笑うなよ」
不満そうに言うその姿は、先ほどまで漆黒の流星として戦っていた人物とは思えなかった。
そんな零の姿に、鈴華の肩から自然と力が抜けていく。




