表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第1章:漆黒の流星

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/29

9話:仕組まれた罠①

昼過ぎ――。


風紀部星峰支部。

窓から差し込む午後の陽射しが支部室を静かに照らしている。

昼前まで慌ただしく動いていた部屋も、今は驚くほど静かだった。


支部長が警察との追加会議から戻ってきたのは、鈴華たちが支部を出発してから約3時間後だった。

警察本部との情報共有は予定より長引き、気が付けば昼も過ぎていた。

少し疲れた表情のまま、支部長は支部室の扉を開く。


「ただいま――」


そこまで言いかけて、言葉が止まった。

室内を見回した瞬間、その表情が険しく変わる。


「……なんだ?」


支部室には、ほとんど人影がない。

机だけが静かに並び、いつもなら聞こえる部員たちの声も見当たらない。


静かな室内には、パソコンのキーボードを叩く音だけが規則正しく響いていた。

その静けさが、かえって異様だった。

支部長の胸に嫌な予感が走る。


「まさか……。」


周囲をもう一度見渡す。


「全員出払っているのか?」


情報整理のため支部へ残っていた星野美羽が、慌てて椅子から立ち上がった。


「支部長!」


眼鏡を押し上げながら駆け寄る。


「副支部長の指示で、先輩たちは調査へ向かいました!」


支部長の眉が寄る。


「調査?」


美羽は壁へ貼られた星峰市の地図を指差した。

地図にはいくつもの印が付けられ、それぞれ担当者の名前が書き込まれている。


「警察が掴んだ情報とは別に、風紀部で独自に洗い出した候補地があったので……。」

「人手不足だったこともあって、一人ずつ担当を分けて向かっています!」


その瞬間だった。

支部長の顔色が変わる。

まるで何かを悟ったように、目が大きく見開かれた。


「まずい……!」


美羽は目を丸くする。


「支部長……?」


支部長はすぐに携帯電話を取り出した。

指先には明らかな焦りが滲んでいる。

険しい表情のまま、美羽を見る。


「追加会議で新しい情報が入った。」


一呼吸置き、低い声で続ける。


「犯人の狙いは、一般市民だけじゃない。」


その言葉に、美羽の表情が強張る。


「警察と風紀部を誘い出して襲撃する可能性が高いことが分かった。」


「えっ……。」


美羽の顔から血の気が引いていく。

頭の中で、先ほど見た地図がよみがえった。

部員たちは全員、1人ずつ別々の場所へ向かっている。


誰かが助けに入ることもできない。


「そんな……。」


小さく漏れた声には、動揺が隠せなかった。

支部長は鋭い声で指示を飛ばす。


「すぐ全員へ連絡しろ!」

「危険だ! 直ちに撤退させるんだ!」


「は、はい!」


美羽は震える手で携帯電話を取り出す。

慌てるあまり、画面を操作する指先が思うように動かない。

深呼吸を一つして気持ちを落ち着かせると、部員たちの連絡先を開き、一人ずつ電話を掛け始めた。

支部長も別の番号へ発信する。

耳へ当てた携帯電話からは、無機質な呼び出し音だけが響いていた。


一秒が、ひどく長く感じる。

どうか、まだ間に合ってくれ。

その願いだけが、支部室にいる二人の胸を強く締め付けていた。

支部室を包む空気は、先ほどまでの静けさとはまったく違うものへ変わっていた。


そこにあったのは――。

刻一刻と迫る最悪の事態への焦りだけだった。


-----


同じ頃――。


星峰市郊外。

街外れの工場地帯。


かつて稼働していた工場群は、今では人の姿もなく、時間だけが止まったような静けさに包まれていた。

錆び付いた鉄骨。

割れた窓ガラス。

風が吹くたび、どこかで金属が軋む音だけが響く。


その一角で、鈴華は錆びついた鉄門へ静かに手を掛けた。

ゆっくりと押し開く。


ギィ……。

耳障りな音が、静まり返った工場へ不気味に響き渡る。

鈴華は小さく息を整え、一歩だけ中へ足を踏み入れた。

薄暗い建物。

積もった埃。

使われなくなって久しい錆びた機械。

窓から差し込む僅かな光だけが、静かに床を照らしている。

湿った空気が肌へまとわり付き、どこか重苦しい空気が工場全体を包んでいた。


鈴華は慎重に周囲へ視線を巡らせる。

風紀部として培ってきた癖だった。

物陰。

2階の通路。

機械の隙間。

逃げ道になりそうな場所まで、一つひとつ確認していく。


「……静かすぎる。」


思わず小さく呟いた。

その声だけが広い工場へ吸い込まれるように消えていく。

胸騒ぎが消えない。

風紀部として活動してきた経験が、本能的に危険を告げていた。


「本当にここなのかな……。」


手元の資料のデータに目を落とす。

美羽がまとめてくれた情報に間違いはないはずだった。

それでも、人の気配がまったくない。

物音一つ聞こえない。

ここまで静かだと、逆に不自然だった。


(……ハズレだったのかな。)


胸を撫で下ろす。

事件が起きていないことへの安心。

その一方で、何も見つからなかったことへの拍子抜けした気持ちもあった。


「……戻ろう。」


小さく呟き、踵を返そうとした――その時だった。


ブルルッ。

静寂を破るように携帯電話が震える。

鈴華はすぐに取り出す。

画面には『美羽』の文字が表示されていた。


「美羽ちゃん?」


通話ボタンを押す。

受話器の向こうから、切羽詰まった声が飛び込んできた。


『白河先輩!』


息を切らした声だった。

普段の落ち着いた美羽とはまるで違う。


『すぐにそこを離れてください!』


鈴華の表情が変わる。


「どうしたの?」


美羽は震える声で叫んだ。


『追加会議で新しい情報が入りました!』

『犯人の目的は――』


一瞬、息を呑む音が聞こえる。

そして次の瞬間。


『私たち風紀部です!』


その言葉が終わるより早かった。


「へへへ……。」


背後から、粘つくような笑い声が静かな工場へ響く。

鈴華の背筋に悪寒が走る。

全身の毛が逆立つような感覚だった。

肩が小さく震える。

携帯電話を握る手へ自然と力が入る。


ゆっくりと振り返る。

そこには、強面の男が立っていた。

その顔には、獲物を見つけた肉食獣のような笑みが浮かんでいる。


さらに、その後ろから次々と男たちが姿を現す。

物陰から。機械の陰から。2階の通路から。

まるで最初からそこに潜んでいたかのように。

1人。2人。3人――。

次々と姿を現し、気付けば20人以上。

逃げ道を塞ぐように、鈴華を取り囲んでいた。

全員が下卑た笑みを浮かべている。


男は鈴華を品定めするように眺める。

そして、その視線が左腕で止まった。

風紀部の腕章。

男の口元がゆっくりと吊り上がる。


「へへ……。」


一歩前へ出る。


「その腕章……。」

「待ってたぜ。」


短く笑う。

鈴華の瞳が見開かれた。


「……っ!」


男は楽しそうに肩を揺らす。


「わざわざこんな場所まで来てくれるなんてな。」


後ろの男たちも一斉に笑い始める。


「ボス、大当たりじゃねぇか!」

「本当に来やがった!」


鈴華は無意識に一歩後ずさった。

胸の奥で警鐘が激しく鳴り響く。

もう疑う余地はない。

偶然ではない。

この男たちは、最初からここで待っていた。

自分たち風紀部が、この場所へ来ることを知った上で。


鈴華は息を整え、男を真っ直ぐ見据える。


「一つ、聞かせてください。」

「あなたが、漆黒の流星ブラックスターですか?」


男は不敵に笑った。

一瞬だけ、その場が静まり返る。

男はきょとんとした表情を浮かべ――。

次の瞬間、大きく吹き出した。


「はっ!」

「そんなもん知らねぇよ。」


一歩、さらに距離を詰める。


「使える名前だから借りてるだけだ。」


後ろの男たちが声を上げて笑う。

男はゆっくりと鈴華を見据えた。


「派手に暴れてりゃ、金も人も集まる。」

「名前が売れりゃ、それだけで価値がある。」


笑みが、すっと消えた。

冷たい視線が鈴華を射抜く。


「だが――。」

「邪魔者は消えてもらう。」


工場内の空気が一気に張り詰める。

鈴華は拳を握り締めた。


(これは……。)


息を静かに整える。

碧色の瞳が男たちを真っ直ぐ見据えた。

そして、その事実を受け入れるように、小さく息を吐く。


(最初から仕組まれた罠だったんだ……。)


鈴華は即座に魔力を練り上げた。

体内を巡る魔力が、一気に両手へ集まっていく。

指先から淡い光の粒子が溢れ出した。


「幻影展開――!」


澄んだ声と同時に、光が鈴華の身体を包み込む。

柔らかな輝きが広がり、その姿がゆらりと揺れた。

次の瞬間。

1人。2人。3人。

工場内に複数の鈴華が現れる。

どの姿も本物と見分けが付かない。

光の屈折を利用した幻影魔法。

視覚だけではない。

魔力の気配までも欺く、鈴華が最も得意とする魔法だった。

男たちが一斉に周囲を見回す。


「どれが本物だ!?」

「見失ったぞ!」

「くそっ!」


工場内に動揺が広がる。

鈴華はその一瞬の隙を逃さなかった。

音を立てないよう床を蹴る。

幻影とは逆方向へ身体を滑らせるように走り出した。

狙うのは、ただ一つ。

出口。


(今なら……!)


あと数メートル。

鉄門まで辿り着けば、一度距離を取れる。

応援を呼ぶ時間も稼げる。

そう思った、その時だった。


「なるほどな。」


低い声が工場内へ静かに響く。

鈴華は思わず足を止めた。

その声には焦りがない。

追い詰められた者の声ではなく、余裕そのものだった。

男は腕を組み、ゆっくりと幻影を見回している。

1人。

また1人。

まるで品定めでもするかのように眺めながら、小さく頷いた。


「幻影魔法か。」


感心したように口笛を吹く。


「面倒なもん使いやがる。」


だが、その表情に焦りは微塵もない。

むしろ――楽しんでいるようだった。

鈴華の胸に嫌な予感が走る。


(……違う。)

(この人、全然慌ててない。)


男はゆっくりと右手を持ち上げる。


「だが――。」


その足元から、黒い霧が静かに溢れ始めた。

煙のようでありながら、どこか生き物のようにも見える禍々しい闇。


「甘い。」


男が小さく呟く。

黒い霧は床を這うように広がっていく。

音もなく。

ゆっくりと。

それでいて確実に工場全体を飲み込んでいった。

鈴華は思わず息を呑む。


(この魔力……!)


肌が粟立つ。

冷たいものが背中を這い上がるような感覚だった。

次の瞬間。

黒い霧が一体の幻影へ触れる。

パリン。

ガラスが砕けるような音と共に、その幻影が光の粒子となって消え去った。


「えっ……!」


鈴華の表情が強張る。

2人目。

3人目。

霧は迷うことなく幻影だけを捉え、次々と打ち砕いていく。


「そんな……!」


得意魔法だった。

風紀部でも何度も実戦で通用してきた。

それなのに。

まるで最初から見抜かれていたかのように、幻影が消されていく。

男は肩を揺らし、愉快そうに笑った。


「見えなくても関係ねぇ。」


その一言と同時に、黒い霧が一斉に鈴華へ襲い掛かる。

腕。足。腰。

全身へ蛇のように絡み付き、一瞬で自由を奪った。


「きゃっ!」


身体がふわりと宙へ持ち上がる。

足が床から離れ、身体が宙へ吊り上げられる。

同時に、最後まで残っていた幻影も砕け散った。

工場の中央に残されたのは、本物の鈴華ただ1人。

男はその姿を見上げ、ゆっくりと笑みを深める。


「捕まえた。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ