8話:偽物の影①
黒神零と鏡野澪。
1年生同士とは思えない昼休みの熱い模擬戦から数日後の放課後。
星峰市外れの廃倉庫街。
夕陽が赤く街を染める中、風紀部星峰支部
その隣では、白河鈴華がスマートフォンに表示された事件データを確認しながら、不安そうに辺りを見回していた。
送られてきた現場写真には、黒い焼け跡と『漆黒の流星』の文字。
長い黒髪を耳へ掛ける仕草が、いつもより少し多い。
「澪……。」
鈴華は画面から視線を上げる。
「ここ、本当に犯人の拠点候補なの?」
「なんだか……胸騒ぎがするんだけど。」
鏡野は歩みを止めない。
倉庫群を見据えたまま静かに答えた。
「漆黒の流星事件の痕跡が、一番集中している場所よ。」
一拍置く。
「慎重にいきましょう。」
「油断は禁物よ。」
鈴華は小さく頷く。
風紀部員たちは二手に分かれ、それぞれ周囲の捜索を開始した。
地面には黒く焼け焦げた跡。
壁には乱雑なスプレー塗料で大きく落書きされている。
『Blackstar』
鏡野はしゃがみ込み、黒い魔力の残滓へそっと指先を触れた。
ひやりと冷たい感触が伝わる。
「……魔力残滓。」
「報告通りね。」
その時だった。
倉庫の奥から男たちの笑い声が聞こえてきた。
「最近は楽だよな。」
「“漆黒の流星”って名前を出すだけで、みんなビビる。」
「警察も風紀部も勝手に騒いでくれるしな!」
「ははっ! ボスも大喜びだ!」
鏡野と鈴華は視線を交わす。
鈴華の鼓動が一気に速くなる。
鏡野は静かに手を動かした。
――突入。
次の瞬間。
鏡野が一気に倉庫へ飛び込む。
「風紀部よ。」
「あなたたち、話を聞かせてもらうわ。」
男たちが振り返る。
だが、遅い。
鏡野の足元から大量の水が一気に広がった。
水は男たちの足へ絡み付き、そのまま拘束する。
逃げ道を塞ぐように氷が地面を覆い、水蒸気が視界を包み込んだ。
三態を自在に操る鏡野の水魔法。
制圧は、ほんの数秒だった。
「うわっ!」
「なんだこれ!?」
「風紀部かよ!」
鏡野は冷たい視線を向ける。
「大人しくしなさい。」
静かな一言だけで、男たちは抵抗する気力を失った。
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男たちは駆け付けた警察へ引き渡された。
現場では警察による現場検証が進められ、その隣では風紀部も魔法痕の確認を行っていた。
魔法犯罪の現場では、残された魔力の分析も風紀部の重要な任務の一つである。
鈴華は地面へ残る黒い魔力の残滓を見つめていた。
男たちは捕まった。
それでも胸の奥に残る小さな不安は消えない。
黒い魔法――
その視線が誰へ向けられているのか。
鏡野には、何となく察しがついていた。
少し離れた場所で残滓を調べていた鏡野は、小さく息を吐いて立ち上がる。
「少なくとも……。」
鏡野が静かに口を開く。
鈴華が顔を上げる。
鏡野は地面へ残る黒い魔力の残滓へ視線を向けたまま続けた。
「私が戦った黒神零の魔法とは違うわ。」
「え……?」
鈴華が目を瞬かせる。
鏡野は黒い魔力の残滓を見つめながら、小さく首を横へ振った。
「魔力の流れも。」
「構築も違う。」
「同じ黒い魔法でも、これは別物よ。」
一歩、残滓へ近付く。
魔力を力任せに叩き付けたような荒々しい痕跡。
制御も甘い。
魔力の揺らぎも大きい。
「これは粗い。」
「ただ魔力を振り回しているだけ。」
昼休みの模擬戦が脳裏によみがえった。
無数の黒い星。
寸分違わぬ軌道。
自分の退路を読み切る判断力。
避け切れない一撃だけを、最小限の魔法で撃ち落とす精密な制御。
一切の無駄がなかった。
攻撃も。判断力も。魔力制御も。
全てが洗練されていた。
「あの制御は、一朝一夕で身に付くものじゃない。」
鏡野は静かに断言する。
「仮に彼が犯人なら。」
「こんな雑な痕跡は残さない。」
そこで初めて鈴華へ視線を向けた。
不安そうな表情は、少しだけ和らいでいる。
鏡野は小さく微笑んだ。
「安心しなさい。」
「少なくとも私は、彼とは別人だと思ってる。」
鈴華は黙ってその言葉を聞いていた。
胸の奥にあった重石が、少しずつ軽くなっていく。
「……はい。」
思わず笑みがこぼれる。
「ありがとうございます、澪。」
「私、黒神くんを信じます。」
鏡野は小さく頷いた。
澪も小さく微笑み返した。
その碧い瞳には、もう迷いはなかった。




