7話:VS風紀部エース②
大量の水飛沫と紫銀色の粒子が光を受け、屋内訓練場へ幻想的な軌跡を描いた。
激突の余波で舞い上がった水滴が照明を反射し、小さな光となって宙を漂う。
やがて黒い粒子もゆっくりと霧散し、張り詰めていた空気だけが静かに残った。
束の間の静寂が訪れる。
誰も言葉を発しない。
観戦していた3人も、その光景へ目を奪われていた。
鈴華は胸の前で握っていた手を、ゆっくりとほどく。
知らず知らずのうちに息を止めていたことへ、今になってようやく気付いた。
胸の鼓動はまだ少し速い。
「……すごい。」
思わず漏れた声だった。
影山は興奮を隠し切れず、小さく口笛を吹く。
「ははっ……。」
「なんだよ、あの撃ち合い。」
普段の軽口とは違う。
情報屋としてではなく、1人の魔法使いとして純粋に圧倒されていた。
天野も静かに息を吐く。
「先生に見られてなくて良かったな。」
「確実に止められてた。」
現実的な言葉だった。
それほどまでに、今の一撃は訓練の域を超えていた。
3人とも、それ以上の言葉は出てこなかった。
ただ一つだけ、胸の中で同じことを思っていた。
――また、この二人の戦いが見たい。
そう思わせるだけの熱が、この模擬戦にはあった。
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「まだ……終わってないわ。」
肩で息をしながらも、鏡野は構えを崩さない。
呼吸は乱れ、魔力も大きく消耗している。
それでも、その瞳だけは少しも揺らいでいなかった。
水龍は破られた。
現時点での切り札も通じなかった。
それでも諦める理由にはならない。
最後まで勝利だけを見据え、真っ直ぐ零を見据えていた。
その姿に、零は思わず笑ってしまう。
「ははっ。」
「そうこなくちゃ。」
自然と口元が緩む。
勝ちを確信したからではない。
最後まで折れない相手と戦えることが、ただ純粋に嬉しかった。
普通なら、ここで勝負ありと思う。
それでも鏡野は諦めない。
最後まで勝つことだけを見据え、その眼差しは少しも揺らいでいなかった。
その真っ直ぐな闘志が、零の胸を熱くする。
任務ではない。
命の奪い合いでもない。
純粋に魔法だけをぶつけ合う戦い。
そんな相手と出会えたことが、ただ嬉しかった。
(もっと見てみたい。)
(その先を。)
その想いに呼応するように、右手へさらに膨大な魔力が集まり始める。
紫銀色の粒子が訓練場全体へ舞い上がる。
空気が震える。
床がかすかに軋み、周囲の結界が魔力へ反応するように淡く揺らいだ。
その気配を感じ取った瞬間、鈴華の表情が変わる。
あの魔法を知っている。
実技演習でプールを一撃で吹き飛ばした、あの砲撃魔法だ。
ここは屋内訓練場。
防護結界が張られているとはいえ、あの威力を室内で放てば、訓練場そのものが耐えられる保証はない。
鈴華は思わず一歩前へ踏み出した。
「黒神くん!」
「それはダメです!!」
訓練場へ、その声が鋭く響く。
しかし、零の口は止まらない。
右手へ集まる紫銀色の粒子が急速に密度を増していく。
掌の前へ、夜空を切り取ったような漆黒が静かに集まり始めた。
鏡野も思わず息を呑む。
(まだ……上があるの……?)
影山から笑みが消える。
「お、おい……。」
天野も思わず半歩後ろへ下がった。
「黒神……それはまずい。」
零は無意識だった。
もっと戦いたい。
もっと、この続きを見てみたい。
その想いだけが、魔力を際限なく引き上げていく。
「銀河星――。」
掌へ集まる魔力がさらに膨れ上がる。
「バージョン超――。」
キーンコーンカーンコーン――。
予鈴が校内へ鳴り響いた。
訓練場へ響き渡る鐘の音。
その瞬間、張り詰めていた空気が一気にほどけた。
零は右手を見つめる。
「……やべ。」
予鈴でようやく頭が冷えた。
流石にやりすぎだった。
零は苦笑しながら魔力を霧散させる。
紫銀色の粒子が静かに空へ溶けていった。
その瞬間。
ぞくり、と背筋へ冷たいものが走る。
(……ん?)
何気なく視線を横へ向ける。
鈴華がこちらを見ていた。
何も言わない。
怒っている様子もない。
ただ、にこりと微笑んでいる。
「…………。」
その笑顔が、妙に怖い。
(……見なかったことにしよう。)
そう結論付けると、零は何事もなかったように鏡野の方へ歩き出した。
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「時間切れか。」
頭の後ろを軽く掻き、小さく笑う。
「お互い決め手なし。」
「今回は引き分けってことでいいだろ。」
鏡野は少しだけ唇を噛む。
「……ええ。」
どこか釈然としない返事だった。
結果は引き分け。
ルール通り、勝敗はつかなかった。
だが、この場にいた誰もが理解していた。
零は鏡野の猛攻に対して最後まで、防御魔法を使わなかった。
高速移動と攻撃魔法だけで、鏡野の猛攻をすべて凌ぎ切り、必殺技までも迎撃した。
そして最後に集まり始めた、あの桁違いの魔力。
もし予鈴が鳴らず、あの魔法が放たれていたなら。
勝敗は誰の目にも明らかだった。
それを誰より理解していたのは、鏡野自身だった。
零は右手を差し出す。
「楽しかった。」
「またやろうぜ。」
鏡野は少しだけ目を見開く。
戦いが終われば敵ではない。
その自然な仕草に、小さく息を吐き、静かにその手を握り返した。
パシッ
2人の手が重なる。
零は悪戯っぽく笑う。
「でも約束だからな。」
「魔法のことは、勝てなかったからお預けだな。」
鏡野の眉がぴくりと動く。
(……分かってる。)
引き分け――いや負けていた。
それが結果だ。
今まで見たことのない戦い方。
そして、自分より遥か先を歩く魔法使い。
今の自分では、まだ届かない。
だからこそ――。
(次は負けない。)
鏡野は静かに手を離した。
零は踵を返す。
「さーーて、戻るか。」
その背中へ、鏡野が真っ直ぐ声を掛ける。
「黒神零!」
零は足を止める。
「次は負けない。」
迷いのない宣言だった。
零は振り返らない。
右手だけを軽く上げる。
「楽しみにしてるぜ。」
口元を少しだけ緩めた。
そのまま教室へ向かって歩き出す。
そして歩き出したと同時に、隣へ人の気配を感じる。
言われるまでもなく、誰なのかは分かっていた。
零は横を見ない。
(……見ない方がいい。)
そんな予感だけはしていた。
数歩歩いてから、恐る恐る視線だけを横へ向ける。
鈴華が、にこりと微笑んでいた。
「…………。」
零は静かに視線を前へ戻す。
(……今は触れねぇ方がいいな。)
先ほど止められたにもかかわらず、危うくまた訓練場を壊しかけた。
さすがに今回は自分が悪い。
そんな自覚だけはあった。
こうして――。
黒神零と風紀部エース・鏡野澪。
二人の最初の模擬戦は、新たなライバル関係の始まりとなり、幕を閉じた。




