13.5話:舐めていたのは
その光景を、離れた場所から見つめる者がいた。
地下駐車場の奥、壁沿いに一段高く設けられた管理用の通路。
照明の届かない薄暗い影の中で、カイル・ヴェルナーは壁へ背を預けていた。
先ほど地下を貫いた漆黒の奔流は、車路を駆け上がって地上へ抜けていった。
ここまでは、その余波が届いただけだ。
それでも、通路沿いの管理室の窓は残らず割れている。
右腕には、今も鈍い痛みが残っている。
零とぶつけ合った『迅雷穿』の余韻だ。
袖の下では傷ついた腕が熱を持ち、指を握るだけでもわずかな痛みが走った。
それでもカイルの意識は、自分の傷には向いていなかった。
「…………」
視線の先には、黒神零がいる。
自分と互角に渡り合った男。
純粋な接近戦でも一歩も退かず、雷によって身体能力を限界まで高めた自分へ食らいついてきた。
魔法を使い始めてからは、ただ撃つのではなく逃げ道を奪い、こちらの動きを誘導しながら確実に追い詰めてきた。
そして最後。
『迅雷穿』へ真正面からぶつけてきたのが『流れ星』。
その一撃は、自分の必殺技を受け止めた。
あの時点で、カイルは黒神零の実力を十分に理解したつもりだった。
だが、先ほど見たものは、それとはまるで違う。
地下駐車場を埋め尽くすほどの膨大な魔力。
それを一つの高濃度な銀河星へ収束し、暴走した天輝花の魔力を真正面から押し潰した大出力の砲撃。
――超新星。
コンクリートに反響した声は、ここまで届いていた。
確かに、あの男はそう口にした。
あんな狭い廊下では撃てない類の魔法だということは、見れば分かる。
あの規模のものを、両側を壁に挟まれた場所で放てるはずがない。
使わなかったのではなく、使えなかった。
そう考えるのが筋だ。
だが、それでは説明のつかないことがある。
カイルは自分の右手を見下ろした。
――俺は、どれだけあの男を削った。
拳を交え、蹴りを受けさせ、壁へ叩きつけた。
『迅雷穿』を正面から受け止めさせ、そのために零も『流れ星』へ相当量の魔力を注いだはずだ。
その後には、増援の六人も片づけている。
あれで、どれだけ魔力が残る。
普通の魔法使いなら、とうに空になっている量だ。
それなのに、地下へ着いた零は魔法を撃ち、誘導を組み立て、最後にあの砲撃を放った。
順序が逆だ。
戦いを重ねるごとに減っていくはずのものが、最後に最も大きな形で出てきた。
傷は負っている。
それでも、少なくともここから見る限り、まだ余裕を残しているように見えた。
「…………」
答えは出なかった。
あの男の底が、どれだけ深いのか。
それとも、底そのものとは別に、何か手を持っているのか。
分からない。
分からないことは、もう一つあった。
最後に侯爵が拳を振り下ろした時、あの男は確かにその先にいたはずだった。
それなのに、拳は空を切った。
ここから見下ろしていても、何が起きたのか掴めなかった。
あの男の隣に立つ、黒髪の少女。
その魔法も、侮れるものではないらしい。
カイルの脳裏に、廊下で交わした言葉が蘇る。
『……舐められたものだな』
自分が零へ投げかけた言葉だった。
やがて、その口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「……舐めていたのは、俺の方か」
悔しさよりも、興味の方が強かった。
接近戦では、ほぼ互角。
自分の『迅雷穿』を『流れ星』で止めた。
そのうえで、まだ何かを残している。
「漆黒の流星……」
カイルはその異名を、今度は確かめるように口にした。
調べ上げた情報から導き出した時とは違う。
今なら、その名がなぜ世界に知られているのか、少しだけ分かった気がした。
視線を下げれば、床に倒れた侯爵が見える。
雇い主が潰れた以上、残りの報酬は入らない。
だが、カイルはそれについて何も思わなかった。
仕事が消えるのはよくあることだ。
むしろ今は、金よりも確かめたいものがある。
地下では、黒髪の少女が零のそばで何か言っている。
そのさらに向こうでは、レオンに守られたアイリスも二人へ近づこうとしていた。
もう、自分がここに残る理由はない。
カイルは壁から背を離した。
その時だった――。
地下駐車場の中央で、傷だらけの少年がふいに顔を上げた。
「――」
カイルの足が止まる。
黄金色の瞳が、通路の影を射抜いていた。
何メートルも離れている。
光も届かない。
言葉を交わせる距離でもない。
それでも、その視線は迷いなく自分の立つ場所へ向いている。
――昨夜とは違うな。
あの夜、ビルの屋上から向けた視線にも、あの男は気づいた。
だが、あの時はすぐに目を外した。
見間違いだとでも言うように。
今は違う。
外さない。
正面から、こちらを見ている。
もう互いに、名前も、正体も、手の内も知っている。
隠すものが何もなくなった相手へ向ける目だ。
零は何も言わなかった。
構えもしない。
銀河星も生まれない。
ただ、見ている。
カイルもまた、動かなかった。
互いに、もう一度やり合える身体ではない。
それを分かったうえで、視線だけが交わっている。
どれほどそうしていたのか。
やがて零は、口の端だけで笑った。
それだけだった。
すぐに視線を外し、隣の少女へ何か言い返している。
「……ふん」
カイルの喉から、笑いに似た息が漏れた。
「次は――」
右手を一度だけ握る。
傷口が痛んだが、構わなかった。
今度こそ――。
あの男が隠しているものを、残らず引きずり出す。
そして、そのうえで勝つ。
カイルは背を向けると、そのまま通路の奥へ姿を消した。
2章も残り2話とエピローグだけになりました。
シルバーウィーク中に2章は完結予定です。
1ヶ月超に渡る長い話に付き合って、ありがとうございました。
最終話掲載時に活動報告も上がるので、ぜひ見てください。




