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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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13話:天輝花⑤〜夢幻と星〜

「The Astral Order――」


静かでありながら、よく通る声が地下駐車場へ響く。


「第一執行部『星刻(Stellar)』所属、特別執行官――黒神零」


鈴華は、その横顔から目を離せなかった。

いつも気怠げに笑って、面倒事から逃げようとする人。

授業中に居眠りをして、甘いものに目がなくて、赤点をいくつも取る同じクラスの男子。

それが今、まったく別の何かとして立っている。

零はそのまま隣へ視線を移した。


「並びに、協力者――魔法学生風紀機構所属、白河鈴華」


名前を呼ばれた鈴華は驚くことなく、一歩だけ零の隣へ並んだ。

傷も疲労も残っている。

それでも碧色の瞳は真っ直ぐ侯爵を見据えていた。

掲げた手帳は、そのまま。


「これより星刻の名の下に、強制執行を開始する」


宣言を終えて、零はようやく手帳を閉じた。

ジャケットの内側へ収める、そのほんの短い所作の間も、視線は侯爵から外れない。

次の瞬間、侯爵が咆哮した。


「消えろおおおおおッ!」


床を砕きながら二人へ突進する。


「行くぞ、白河! 合わせろよ!」


「はい!」


先に前へ出たのは鈴華だった。

光魔法を放ち、侯爵の意識を自分へ引きつける。

顔面へ飛んだ光を腕で弾いた侯爵は、そのまま鈴華を追って床を蹴った。

鈴華は真正面からぶつからず、『夢幻』で位置をずらしながら距離を取っていく。

侯爵から見れば、あと少しで届きそうな距離。

だから追う。

だが、右へ回り込もうとした瞬間、その足元へ漆黒の魔力球が飛び込んだ。


「発射(シュート)」


銀河星が炸裂し、侯爵の身体が反射的に左へ進路を変える。

その先へ、今度は鈴華の光が飛ぶ。


「はっ!」


「ぐっ……!」


光を腕で防いだ侯爵が、さらに前へ踏み込む。

零と鈴華は、それを繰り返した。

右へ逃げようとすれば銀河星。

左へ抜けようとすれば光魔法。

正面だけを意図的に空け、そこへ進むように攻撃を重ねる。

侯爵は、自分が二人を追い詰めていると思っているのだろう。


けれど実際には逆だった。

二人の攻撃によって進路を少しずつ限定され、地下駐車場の奥へ――地上へ続く車路の正面へ誘導されている。

零は銀河星を撃ちながらも、侯爵だけを見てはいなかった。

後方にいるアイリスとレオンとの距離、左右の車、柱の位置、そして車路へ抜ける直線を一つずつ確かめていく。


やがて、侯爵が大きく踏み込んだ。

その背後にあるのは、地上へと伸びる車路だけ。

人も、車も、もう射線上にはない。

零の黄金色の瞳が鋭くなる。


「――ここだ」


その声に鈴華が反応し、侯爵から大きく距離を取った。

零も足を止める。

両手を前へ構え、意識を集中させた。


「銀河星(ギャラクシースター)――バージョン超新星(スーパーノヴァ)」


漆黒の魔力が、両手の先へ一気に集まり始める。

生まれた銀河星へ、さらに魔力が押し込まれていく。

その周囲を、紫銀色の粒子が幾重にも旋回していく。

地下駐車場の白い照明さえ霞むほどの輝きが広がり、膨大な魔力の圧力に周囲の空気が低く震えた。


「――ッ!」


侯爵が反応する。

理性がほとんど失われていても、それだけは理解できたらしい。

あれを撃たせてはいけない。


「させるかあああああッ!」


黄金色の魔力を噴き上げ、零へ向かって一直線に突進する。

零は動かなかった。

傷ついた両腕を前へ伸ばしたまま、超新星へ魔力を注ぎ続ける。

その瞬間、鈴華の碧色の瞳に、淡い光が宿った。


「夢幻」


侯爵の認識が、音もなく現実からずれる。

目の前には今も零がいる。

傷だらけの姿で両手を前へ構え、その先に超新星を作り上げている。

漆黒の魔力球も。

その周囲を銀河のように巡る紫銀色の粒子も。

侯爵には、すべて確かに見えていた。

ただ一つ。

その位置だけが、現実とは違う。


「撃たせるかあああああッ!」


侯爵は疑うことなく、認識した零へ突進する。

右腕を振り上げる。

その間にも、本物の零はまったく別の位置で超新星へ魔力を注ぎ続けていた。

鈴華の幻影魔法が、零とその手元に集まる魔力の位置そのものを、侯爵の認識からずらしている。

自分へ使う時とは、負担が違った。

額へ汗が浮かび、魔力が急速に削られていく。

それでも鈴華は侯爵から視線を外さなかった。


ここで乱せば、ここで『夢幻』を維持できなければ。

零へ本物の攻撃が届く。


(絶対に――切らさない)


侯爵が拳を振り下ろした。


「潰れろおおおおッ!」


ドォォォン――!!


轟音とともに床が大きく陥没し、コンクリート片が周囲へ舞い上がる。

だが、拳には何の手応えもない。


「……なに?」


侯爵の動きが止まった。

確かに、そこに零がいたはずだった。

超新星を構え、今にも撃とうとしていたはずだった。

なのに、拳が捉えたのは空気だけ。

混乱した侯爵が顔を上げる。

それでも『夢幻』は解かれていない。

視線を巡らせても、零の本当の位置へ認識を結びつけることができない。

その間にも、本物の零は一度も魔力の集中を止めていなかった。

漆黒の超新星はすでに高圧縮された星になり、紫銀色の粒子がその周囲を激しく渦巻いている。

零は魔力をただ膨らませているわけではない。

地下駐車場を崩さないため、広がろうとする膨大な出力を真正面へ絞り込んでいく。


狙うのは一つ、侯爵。

その向こうへ続く、地上への車路。

傷の残る両腕が震える。

カイルとの戦いから続く痛みが、全身へ響いている。

それでも黄金色の瞳は一度も揺れなかった。


「白河」


零が短く呼ぶ。


「はい!」


鈴華は『夢幻』を維持したまま答えた。

互いの姿を確かめる必要さえない。

もう準備は整っている。

侯爵もようやく、別の場所から押し寄せる莫大な魔力の圧力に気づいたのだろう。

混乱の残る瞳を大きく見開き、ゆっくりと顔を動かそうとする。


「……どこ、だ……?」


けれど、もう遅い。

零は両手を真正面へ突き出した。


「砲撃(レイバースト)」


漆黒の奔流が放たれた。

地下駐車場全体を震わせる轟音とともに、超新星が一本の巨大な砲撃となって車路へ突き抜ける。


「ぐおおおおおおッ!」


侯爵は咄嗟に両腕を前へ出し、黄金色の魔力を限界まで噴き上げた。

漆黒と黄金が正面から激突する。

凄まじい衝撃が地下駐車場を揺らし、天井から細かな埃が降り注いだ。

レオンはアイリスを庇いながら後方へ退き、鈴華も吹き荒れる風圧に髪を煽られながら、その場で踏み止まる。


「私は……王に……!」


侯爵が叫ぶ。

全身を包む黄金色の魔力が激しく軋む。


「王になるんだあああああッ!」


さらに魔力を吐き出し、超新星を押し返そうとする。

だが、天輝花によって無理やり引き出され続けた力に、侯爵自身の身体はもう耐えられない。

噴き出す魔力の勢いが、ほんの一瞬、鈍った。

一度落ちれば、次はもう戻らない。

それでも零は出力を緩めなかった。

大きく広がろうとする超新星を真正面へ収束させ、侯爵の魔力だけを押し潰していく。


「ぐっ……!」


傷ついた腕が悲鳴を上げる。

それでも歯を食いしばり、零は一歩も引かなかった。

隣では鈴華も、限界に近い魔力を使いながら『夢幻』を維持している。

侯爵の認識は最後まで乱れたまま。

正確な零の位置も。

砲撃の軸も。

完全には掴ませない。

二人の魔法が、初めて同じ一つの攻撃として噛み合っていた。


「白河!」


「はい!」


鈴華の返事を聞いた瞬間、零が残った魔力を一気に送り込む。


「これで――終わりだ!」


超新星の出力が跳ね上がった。

侯爵を覆っていた魔力が、正面から食い破られる。


「――――ッ!!」


その身体が漆黒の奔流へ飲み込まれた。

砲撃はそのまま地上へ続く車路を駆け上がり、開けた空へ向かって突き抜けていく。

昼の陽射しの中を、紫銀色の粒子が長い尾となってその軌跡を追い、淡い光の粒となって散っていった。

やがて轟音が遠ざかり、地下駐車場に静寂が戻ってくる。


鈴華はそこでようやく『夢幻』を止めた。

全身から力が抜けそうになり、一歩よろめきながらも両足で踏み止まる。

舞い上がった埃の向こうでは、侯爵が床へ倒れていた。

全身を覆っていた黄金色の魔力は、跡形もなく消えている。

ぼろぼろになったスーツの下に残っていたのは、やつれた中年の男の身体だった。

胸が、浅く上下している。


「……生きていますね」


鈴華の表情から、張り詰めていたものが抜ける。


「ああ」


零も侯爵の様子を確かめると、ようやく構えていた両腕を下ろした。

その直後――。


「……っ」


鋭い痛みに顔をしかめ、右腕を押さえる。

それを見た鈴華の表情が、一瞬で引き締まった。


「黒神くん」


「ん?」


何でもない顔で振り返る零へ、鈴華はじっとした視線を向けた。


「どこが大丈夫なんですか」


「いや、まあ……さっきよりはちょっと痛いかもな」


誤魔化すような返答に、鈴華の眉がぴくりと動く。


「ちょっと、ですか?」


「……そこはあとで話そうぜ」


「はい。あとで、ちゃんと聞かせてもらいますから」


念を押すような声に、零は苦笑するしかなかった。

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