12話:流れ星③〜銀河星VS雷光
零が姿を捉えた時には、すでに懐へ入られていた。
雷を纏った右拳を、反射的に躱す。
頬を叩いた風圧に目を細めた、その瞬間には左拳が迫っていた。
掌で外へ流し、零も右拳を返す。
だが、そこにカイルはいない。
「後ろか!」
振り返った時には遅かった。
青白い雷光を引いた蹴りが、零の脇腹へ深々と突き刺さる。
ドンッ――!
「ぐっ……!」
身体が真横へ吹き飛ばされた。
壁が迫る。
零は空中で身体を捻ると、咄嗟に両足を突き出した。
靴底が壁へ激突し、細かな亀裂が走る。
反動を利用して床へ戻った零は、痛みの残る脇腹へ片手を添えた。
「……速さだけじゃなくて、威力まで上がるのかよ」
カイルの周囲では、今も青白い火花が絶えず弾けている。
拳だけで付き合っていては、いつまで経っても終わらない。
地下では、三人が待っている。
すぐ追いつくと言った。
約束だとも言った。
――悪いな、白河。もう少しだけ待っててくれ。
零は胸の内で短く詫びた。
それでも、口元にはまだ笑みが残っていた。
「いいねぇ」
右手を上げる。
漆黒の魔力が収束し、その中心に黒い魔力球が形を成す。
周囲では紫銀色の粒子が、星屑のように瞬いていた。
「銀河星――バージョン隕石」
カイルの視線が初めて、零の手元へ向けられる。
「間合いに付き合うと言ったのは、お前だ」
「言ったな」
零は悪びれもせずに返した。
「けど、そっちだけ雷纏ってんのはフェアじゃねぇだろ?」
「…………」
カイルは答えない。
その沈黙を了承と受け取って、零の指先がカイルを捉えた。
「発射」
漆黒の魔力球が一直線に飛び出す。
だが、着弾するより早く青白い雷が爆ぜ、カイルの姿が射線から消えた。
銀河星は何もない空間を通過し、その先の壁際へ着弾する。
轟音と共に壁材の破片が舞い上がり、近くの窓ガラスが一枚、白く砕け散った。
「やっぱ速いな」
呟いた直後、零は右側へ視線を走らせる。
雷光。
カイルの拳が迫る。
身体を沈めて躱した零は、そのまま腹部へ掌底を叩き込んだ。
カイルは両腕を交差して防ぐが、衝撃までは殺しきれず数歩後ろへ滑る。
零はそこへ踏み込んだ。
右拳を避けられれば、左の回し蹴りへ。
カイルが腕で受けた瞬間、今度はその腕を足場にするように床を蹴り、空中で身体を反転させた。
反対側の踵が側頭部へ迫る。
「……!」
カイルが前腕を上げて受け止める。
その身体が傾いた瞬間、零の右手にはすでに二つ目の銀河星が浮かんでいた。
蹴りを繋ぐ動作の裏で、指先だけを走らせていた。
「発射」
至近距離。
さすがのカイルも目を見開く。
全身の雷が爆ぜ、強引に身体を横へ逃がした。
銀河星が胸元を掠め、魔力の余波だけで上着の一部が裂ける。
それでもカイルは止まらない。
壁へ足をつくと、そのまま垂直の壁を地面のように蹴った。
青白い残光を引き、斜め上から零へ飛び込んでくる。
「なら――」
零の周囲へ新たな銀河星が浮かんだ。
一つ、二つ、三つ。
漆黒の魔力球を包む紫銀色の光が、昼の廊下へ星屑のように散る。
「連射」
複数の銀河星が一斉に走った。
一発目を、カイルは空中で身体を捻って躱す。
二発目は着地点を狙って飛来したが、片手を床へついて横へ跳んだ。
そこへ三発目。
青白い雷が弾け、さらに加速する。
紫銀色の尾を引いた銀河星が、ほんの紙一重で後方を通り過ぎた。
しかし――。
「…………」
カイルの目が細くなる。
右へ逃げれば、そこへ次弾。
左へ切り返そうとすれば、その先にも銀河星が待っている。
「誘導しているのか」
「気づいたか?」
零が口の端を上げた。
狙っているのは、直接当てることだけではない。
一発目で回避させ、二発目で次の進路を限定する。
相手が速いからこそ、一度動き出した先へ次の隕石を置けばいい。
カイル自身の速さを利用した包囲。
もっとも、本来ならここへ零自身も加わる。
撃ちながら駆け、相手の逃げ場を身体ごと潰していく。
アストラル・オーダーで『流星遊撃』と呼ばれる、零本来の戦い方だ。
だが、幅の限られた廊下では、その戦い方までは広げられない。
撃つ位置に立ったまま、弾道だけで戦場を作る。
今できるのは、そこまでだった。
だが――。
「なら、止まればいい」
「……!」
カイルの全身で、雷が一際強く弾けた。
高速移動の最中、床が軋むほど強く足を踏み込む。
前へ流れていた身体を、雷で底上げされた脚力だけで無理やり停止させた。
零の予測した地点へ飛んだ二発の銀河星が、その目前で交差して通過する。
「へぇ」
感心する零の視界で、カイルが再び消えた。
今度は逃げない。
真正面から弾幕へ飛び込んでくる。
一発目の下へ身体を沈め、二発目を肩一つ分の動きで躱す。
正面から迫った三発目には床を蹴り、魔力球そのものを飛び越えた。
「突破してくるか」
零が構え直した瞬間、カイルはもう懐へ入っていた。
右拳を腕で受け、続く左を首の動きだけで躱す。
腹部へ来た蹴りを前腕で受け止めると、その脚を零が掴んだ。
「捕まえた」
引き寄せられたカイルの身体が崩れる。
そこへ零の拳が頬を捉えた。
「ぐっ……!」
初めて、カイルが大きくよろめいた。
零がさらに踏み込む。
だが、雷で強化された筋肉が一瞬で体勢を立て直した。
カイルは零の追撃を腕で流し、その勢いを利用するように肘を胸元へ叩き込む。
「っ……!」
零の身体が後ろへ押される。
追うカイル。
拳を受け、次を躱す。
蹴りを腕で防いだ瞬間には、もう別の拳が迫ってくる。
肩を掠め、服の布が裂けた。
零も即座に拳を返す。
ガッ――!
今度はカイルの頬を捉えた。
互いに一歩も引かない。
カイルが零の胸元を掴み、零もその腕を取る。
肩と肩がぶつかるほどの距離で、崩し、押し、足を掛け、重心を奪い合う。
どちらかがほんの少しでもバランスを崩せば、その瞬間に致命的な一撃が飛んでくる。
「しつけぇな、あんた」
額が触れそうな距離で、零が歯を見せた。
「それはお互い様だ」
噛み合った力が拮抗し、零の頬を汗が伝って落ちる。
「違いない」
零は掴まれたまま膝を跳ね上げる。
「ぐっ……!」
膝がカイルの腹部へ入り、ようやく間合いが開いた。
零はすぐさま右手を向ける。
「発射」
銀河星が飛ぶ。
カイルは横へ跳び、魔力球は床へ着弾した。
爆発によって舞い上がった粉塵が、二人の視界を遮る。
「…………」
零が気配を探る。
右――いない。
左――違う。
「上か」
顔を上げた。
天井近く。
カイルは壁を蹴り上がり、そこから真下へ落ちてくるところだった。
青白い雷を纏った踵が、零の頭上へ振り下ろされる。
零は横へ飛んだ。
直後。
ドォンッ――!
踵が床へ叩き込まれ、床材が大きく陥没する。
破片と粉塵が一気に舞い上がった。
「……マジかよ」
その威力に零が目を細めた瞬間。
「――遅い」
「っ!」
粉塵を突き破って、青白い光が飛び出した。
カイルの拳が、零の腹部へ深々と入る。
「ぐっ……!」
息が詰まり、身体が浮く。
そこへ追撃の蹴り。
空中で両腕を交差したものの、衝撃までは殺しきれない。
零の身体が大きく吹き飛び、背中から壁へ叩きつけられた。
ドォンッ!
壁一面へ亀裂が広がり、割れた窓から入り込んだ風が粉塵を薄く流していく。
その中を、零の身体がゆっくり床へ落ちた。
「…………」
カイルは追撃しなかった。
倒れた相手へ、とどめを刺そうともしない。
仕留めるために来たのではない。
確かめるために来たのだ。
ここで終わらせては、確かめたことにならない。
青白いスパークを全身へ纏ったまま、カイルは静かに零を見つめている。
その右手の指先が、かすかに震えていた。
神経へ雷を流し続けているのだ。
身体がいつまでも保つはずがない。
やがて。
「……いってぇ」
気の抜けた声がした。
零は片膝を立てると、亀裂の入った壁へ手をつきながら立ち上がった。
唇の端を拭えば、指先に血がつく。
「今のは効いた」
「まだ笑うのか」
カイルの問いには、責める色も呆れた色もなかった。
「強い奴と戦うの、嫌いじゃねぇんだよ」
服についた埃を軽く払い、零が顔を上げる。
その目が、カイルの震える指先を捉えた。
――なるほど。長くは保たねぇか。
口元には笑み。
けれど、黄金色の瞳だけは、先ほどまでより明らかに鋭さを増していた。
零は掌を開き、指先へ魔力を通した。
付き合ってやる気は、まだある。
だが、時間はない。
それに――目の前の男の身体は、もう長くは保たない。
なら、こちらから引き出すだけだ。
「銀河星――バージョン隕石」
周囲の空気が揺れる。
零の左右へ、漆黒の魔力球が次々と生まれた。
一つ、二つ、三つ。
さらに四つ、五つ、六つ、七つ――数を増した銀河星が廊下の左右へ広がり、その周囲を紫銀色の粒子が星屑のように舞っていく。
カイルも何も言わず、腰を落とした。
全身の雷光がさらに強まり、青白いスパークが床や壁へ細い軌跡を残す。
一方には、漆黒と紫銀の星々。
一方には、絶えず爆ぜる青白い迅雷。
異なる二つの魔力が、荒れ果てた廊下の両端で向かい合う。
「行くぞ」
零の指先が動いた。
「連射」
七つの銀河星が、一斉に解き放たれた。
正面だけではない。
床すれすれを走るもの。
壁際から回り込むもの。
時間差をつけ、後から追うもの。
先ほどまでとは弾道が違った。
一発ごとの速度が揃っていない。
遅れて来るものがあり、途中で角度を変えるものがある。
躱した先へ、必ず次が置かれている。
紫銀色の軌跡が幾重にも交差し、カイルの逃げ道そのものを塗り潰していく。
対するカイルは、青白い閃光となって弾幕へ飛び込んだ。
一発目を横へ躱し、二発目の下へ潜る。
三発目が迫るより早く壁へ足を掛け、そのまま斜め上へ跳んだ。
だが、着地点には四発目が待っている。
「っ……!」
避けきれない。
両腕を交差する。
ドンッ――!
銀河星が直撃し、カイルの身体が壁へ叩きつけられた。
それでも倒れない。
背中が壁へ触れた瞬間、両足をつき、そのまま蹴り返す。
「まだ来るか」
零は呟きながら、内心で数えていた。
――今の一発で、雷が一度途切れた。
五発目を横切り、六発目を身体を捻って回避。
その先から飛んできた七発目の下を潜り抜けた時には、もうカイルは零の目の前まで来ていた。
「来ると思った」
待っていた零の拳が、真正面からカイルの頬を捉える。
ガッ――!
「ぐっ!」
だが、カイルも同時に拳を振り抜いていた。
「っ……!」
零の脇腹へ打撃が入り、互いの身体が反対方向へ弾かれる。
零は数メートル床を滑り、片足を踏み込んで止まった。
カイルも姿勢を崩しかけながら、青白い雷を散らして体勢を立て直す。
しばらく。
二人の荒い呼吸だけが聞こえた。
床は至るところで砕け、壁には打撃と銀河星による無数の亀裂が走っている。
衝撃に耐えきれなかった窓の一部は割れ、外から吹き込んだ風が粉塵を巻き上げていた。
その中を、紫銀色の粒子がゆっくりと舞う。
青白い火花が時折、乾いた音を立てて弾ける。
零は脇腹へ手を添えた。
打たれた場所が、じわりと熱を持っている。
カイルもまた、交差した腕を一度だけ見下ろした。
四発目を受けた前腕が、細かく震えている。
雷のせいではない。
「…………」
やがて、カイルが口を開いた。
「妙な気分だ」
カイルは視線を落としたまま続けた。
「仕事で、こんなに時間をかけたことはない」
殺し屋にとって、長引く戦闘は失敗を意味する。
仕留めるなら早く、確実に。
そうやって生きてきた。
それなのに、今この瞬間、終わらせたくないと思っている自分がいる。
「厄介だな、お前は」
「褒め言葉として受け取っとく」
零も乱れた呼吸を整えながら笑った。
「こっちも、そろそろ限界なんだよ」
軽い口調のまま、視線だけは動かない。
「地下で三人待たせてる。約束したんでな」
「……なるほど」
カイルが、ゆっくりと拳を握り直した。
その指先は、もう隠しようもなく震えている。
神経へ流し続けた雷が、内側から身体を灼いている。
あと何度動けるか、自分でも分からない。
だからこそ。
「一度で決める」
低い声が、荒れ果てた廊下へ落ちた。
「奇遇だな」
零が喉の奥で笑った。
「俺も、そのつもりだった」




