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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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11話:再襲撃①〜開戦〜

レオンが、テーブルに広げていた資料へ手を伸ばす。

ひとまず、今やるべきことは見えた。

姿を消した侯爵を探し出すこと。

そして、これまで集まった疑いを事実へ変えるだけの証拠を掴むこと。

零もソファの背もたれへ身体を預け直した。


「ったく……面倒なことになったな」


気の抜けた声が、重く沈んでいた室内の空気を少しだけ緩める。

その時だった。

肘掛けに置かれていた零の指が、ぴたりと止まった。

黄金色の瞳が、何気なく窓へ向けられる。


「黒神くん?」


鈴華が、そのわずかな変化に気づいた。

零は答えない。

意識だけを、窓の向こうへ研ぎ澄ませる。

通りを行き交う人々、車の走る音、建物の間を抜けていく風。

その中に――明らかに周囲とは違う動きが混ざっていた。

一つ、二つ、さらに奥にもいる。

互いに一定の距離を保ちながら、敷地の脇や向かいの建物へ散っていく。


「……多いな」


低く漏れた声に、レオンの顔つきが変わった。


「何か?」


「外」


零は立ち上がると、窓とアイリスたちの間へ移動した。


「全員、窓から離れろ」


その声音から、先ほどまでの気怠さが消える。

鈴華はすぐにアイリスへ身体を寄せ、部屋の奥へ下がった。

メイドもそのそばへつき、レオンはテーブルの資料を素早く封筒へ戻していく。

護衛の男は腰元へ手を伸ばした。


「人数は?」


レオンが窓から距離を取りながら尋ねる。

零は外へ意識を向けたまま、眉を寄せた。


「十人以上。まだいるかもな」


「そんなに……」


鈴華の表情が引き締まる。

すぐに携帯端末を取り出し、警察と風紀部の支部へ、現在地と襲撃の恐れがあることを伝え始めた。

すでに居場所を知られているのなら、隠し続ける意味はない。

周囲には住宅もある。

今、自分にできることを迷わず選ぶ。

その一方で、護衛の男は扉へ視線を向けた。


「廊下を確認します」


「待て」


零の一言に、男の足が止まる。

黄金色の瞳は、まだ窓の外から逸れていない。


「外だけとは限らねぇ。扉頼む」


「承知しました」


護衛は武器を抜き、入口のそばへ移動した。

物音一つ逃さないよう、廊下へ意識を集中させる。

零はさらに別の気配を探った。

昨夜、停電したパーティー会場で、アイリスの喉元へ腕を伸ばした男。

一度しか相対していない。

それでも、あの殺し屋の異様な気配は覚えている。


「……昨日の奴はいねぇな」


連絡を終えた鈴華が端末を下ろした。


「今朝、エレノアさんがお話しされていた殺し屋のことですか?」


「ああ。少なくとも、外の連中には混じってねぇ」


アイリスの表情が強張る。

あの男がいない。

だからといって、安心できる状況ではなかった。

むしろ、これだけの人数とは別に動いている可能性まで残っている。

零は外の配置を探りながら、眉間に皺を寄せた。


「……にしても」


ぽつりと声を落とす。


「なんで、ここ知ってんだ?」


レオンの目つきが鋭くなった。

この迎賓施設を新たな滞在場所として知る者は、ごく限られている。

さらに、内通者と思われる人物についても、すでに監視を始めていた。


「また情報が漏れたのでしょうか……?」


鈴華が周囲を見回す。


「さあな」


零は軽く返した。


「決めんのはまだ早ぇよ」


ここまで尾行されていた気配はなかった。

とはいえ、居場所を突き止める方法が尾行だけとは限らない。

零は一度だけ室内へ視線を巡らせた。


「昨日から持ってる物、調べてみろ」


「持ち物を?」


レオンの問いに、零は自分の服のポケットを軽く叩く。


「追っかけるより、目印つけた方が楽だろ」


その一言で、意図は十分伝わった。

レオンが上着と携帯端末を確認し始める。

鈴華とメイドもアイリスの服や荷物へ目を通した。

護衛の男は扉への警戒を保ちながら、自分の上着を探っていく。

そして――。


「……これは」


男の手が、襟の裏で止まった。

縫い目の陰に、見慣れない黒いものが貼りついている。

慎重に剥がすと、小指の爪ほどの薄い装置が姿を現した。


「黒神様」


呼ばれた零が振り返る。

護衛の手のひらを見るなり、その男のそばへ歩み寄った。


「見せて」


受け取った装置を裏返す。

指先で軽く角度を変え、数秒だけ確かめる。

零の目が細くなった。


「……発信機だな」


護衛の男の顔から血の気が引く。


「いつの間に……」


零は装置から視線を上げた。


「その上着、昨日から同じ?」


「昨夜から着替えておりません。襲撃後は、そのような余裕もなく……」


男は悔しそうに襟元へ触れる。

昨夜の襲撃後。

ホテルの中には警備関係者や職員、王国側の人間まで入り乱れていた。

混乱に乗じて近づく機会は、いくらでもあっただろう。


「じゃ、あのドサクサかもな」


零は発信機を指先で摘まんだ。

いつ仕込まれたのか。

誰が取りつけたのか。

そこまでは分からない。

だが――今ここに敵が集まっている理由としては十分だった。


「では、この場所が知られたのも……」


レオンが装置を見る。


「たぶん、こいつだ」


零は軽く発信機を揺らした。


「尾行なんかしなくても、勝手に居場所教えてくれんだから楽なもんだ」


護衛の男が苦い表情を浮かべる。

だが、零は責めるような視線を向けなかった。

発信機を仕込んだ側が狙ったのは、この男自身ではない。


「この人、ずっとレオン伯爵の護衛してたんだろ?」


「その通りです」


「なら、離れねぇって読まれたんじゃね?」


零はあっさりと言った。


「レオン伯爵についてけば、いずれアイリス姉にも辿り着く」


その言葉に、アイリスが息を呑む。

昨夜のホテルから、新しい場所へ移ったレオンたち。

もし、その時点ですでに発信機が仕込まれていたのなら。

敵は直接姿を見せることなく、この場所まで追うことができた。

そして、アイリスが合流するのを待つことも――。


「……私たち自身が、ここまで案内してしまったということですか」


アイリスの声が沈む。


「結果だけならな」


零は発信機をテーブルの端へ置いた。

レオンの拳が、静かに握られる。


「もう少し警戒していれば……」


「それはあと」


零が窓へ顔を戻した。

先ほどよりも気配が近い。

外に散っていた者たちが、一斉に動き始めている。

黄金色の瞳から、完全に軽さが消えた。


「来るぞ」


短い一言で、室内の空気が切り替わった。

鈴華はアイリスのそばへ寄り、身体を窓から隠すよう位置を変える。

護衛の男は扉側を守るよう武器を構えた。

レオンとメイドも、アイリスを部屋の奥へ庇う。

直後――。

窓の外を、黒い影が横切った。


「伏せろ!」


零の声が飛ぶ。

鈴華は即座にアイリスの腕を掴んだ。


「アイリスさん、こちらへ!」


二人がソファの陰へ身を沈める。

次の瞬間。


ガシャァァァン――!


耳をつんざく破砕音。

大きな窓ガラスが砕け、日の光を反射した破片が室内へ散った。

その向こうから、人影が飛び込んでくる。

一人、二人、三人。

武装した男たちが次々に着地し、その後ろでも新たな影が窓枠へ手を掛ける。


「まだ来ます!」


鈴華がソファの陰から外を確認する。

室内へ踏み込んだ者だけではない。

周囲には、まだ複数の気配が残っている。


「ったく……」


零がふっと笑った。


「ずいぶん大所帯だな」


声音はいつものまま。

だが、襲撃者を捉える黄金色の瞳には、気の抜けた色など一欠片もない。

零は半歩だけ前へ出た。


「白河」


背後を振り返ることなく告げる。


「アイリス姉、頼む」


「はい」


鈴華の返事に迷いはなかった。

前へ飛び出すことはしない。

自分の身が先。

指示があれば従う。

今朝、零と交わした約束だった。

そして今、零から任された役目は――アイリスを守ること。

鈴華はアイリスを背に入れ、両手へ淡い光の魔力を纏わせる。

その前で、零がゆっくりと右手を上げた。


「銀河星(ギャラクシースター)――バージョン隕石(メテオ)」


漆黒の魔力が集束する。

一つ、二つ、さらにその左右へ、拳ほどの銀河星が次々と生成され、紫銀色の粒子が星屑のように周囲を瞬いた。

室内で撃つ以上、威力は絞る。

狙うのは、踏み込んできた連中だけ。

零は侵入者たちを見渡した。

昨夜の殺し屋はいない。

それでも、今は目の前の敵を片づける方が先だ。

男の一人が、床を蹴った。

零の口元が、わずかに上がる。


「話が終わるまで待っててくれたのか」


右手を振り抜く。


「親切だな」


浮かんでいた銀河星が、一斉に照準を変えた。


「連射(ラッシュ)」


漆黒の流星が放たれる。

紫銀色の星屑を引き連れながら、砕けたガラスの舞う室内を駆け抜けた。

再び――戦いの幕が上がった。

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