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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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10話:真相⑦〜明かされる真実〜

「三年前の事件のあとも、天輝花を違法に流通させ、利益を得ていた者たちが――アルディア王国内に残っていたのです」


レオンの言葉に、零の黄金色の瞳からいつもの軽さが消えた。

三年前、天輝花を狙った者たちはアイリスを攫い、その身柄と引き換えに花の栽培方法と実物を要求した。

零と蕾はアイリスを救い出し、事件に関わった者たちも捕らえられた。

少なくとも、零たちが関わったあの事件で、天輝花が実際に悪用されることはなかった。

あれですべて終わった。

当時の零たちは、そう聞かされていた。


「残ってたって、どういうことだ?」


「三年前に摘発できたのは、事件に直接関わっていた者たちだけだったということです」


レオンはテーブルへ並べた資料を、零たちの方へ向け直した。

日付、数量、施設の名前、そして天輝花の管理記録と思われる数字が細かく記されている。


「事件後、女王陛下は天輝花の管理体制を大幅に見直されました。栽培から医療機関への供給まで、王国側で厳重に記録するようになったのです」


「まあ、あんなことがあった後なら当然か」


零が資料へ目を落とす。

天輝花そのものが危険なわけではない。

本来の用途で正しく使えば、魔力欠乏症に苦しむ者を救うための貴重な薬となる。

問題なのは、そのもう一つの作用だった。

一時的な魔力の増強。

強い中毒性や魔力暴走、身体機能の低下といった危険を伴い、過剰に使用すれば命まで脅かす。

だからこそ、軍事目的での使用も国際的に禁じられている。


「その後しばらく、不審な動きは確認されませんでした」


レオンは資料の一枚を手前へ寄せた。


「ですが、約一年前から記録に不自然な差が生じ始めたのです」


「不自然な差……ですか?」


アイリスが紙面へ目を向ける。

隣から資料を覗き込んでいた鈴華が、眉を寄せた。


「収穫された量と、医療機関へ供給された量が一致しない……ということでしょうか?」


「その通りです、白河様。在庫や廃棄分を考慮しても、説明のつかない量がありました」


単なる記載漏れとして片づけるには、差が大きすぎる。

しかも、それは一度きりではなかった。

複数の栽培地で、時期をずらしながら同じような食い違いが確認されている。


「横流しか」


零が端的に言う。


「女王陛下も、その可能性を疑われました」


レオンの指が、いくつかの数字を順に辿る。


「そこで流通経路を調べたところ、正規の記録に残らない取引が存在していることが分かったのです」


「三年前に潰したと思ったら、別口が残ってたってわけか」


零は面倒そうに髪を掻いた。


「しつこい連中だな」


軽い口調とは裏腹に、その目は資料を追ったままだった。

三年前、自分と蕾が止めたはずの天輝花を巡る企み。

それが形を変えて、現在まで続いている。


「今回は、三年前よりも遥かに巧妙です」


栽培に関わる者。

運搬を担当する者。

加工に関わる者。

資金を動かす者。

役割は細かく分散され、その間には複数の企業や人物が挟まっていた。

一つを押さえても、その先で繋がりが途切れる。


「そのため女王陛下は、通常の取り締まりとは別に、極秘で調査を進められました」


「お母様が……」


アイリスの琥珀色の瞳が揺れる。


「第一王子殿下も、その調査に加わっておられました」


「お兄様まで……?」


母だけではない。

亡くなった兄もまた、自分の知らないところで天輝花の不正を追っていた。

アイリスの指先が、膝の上で重なる。

零はしばらく黙っていた。

女王と、第一王子。

二人とも、天輝花について極秘に調べていた。

その二人が――相次いで亡くなった。


「……嫌な話になってきたな」


ぽつりと零が漏らす。

鈴華が隣を見ると、零の表情からは完全に笑みが消えていた。


「二人とも、それを追ってる途中で殺されたんだろ?」


「時期だけを見れば、そうなります」


レオンの声も自然と低くなる。


「そのため我々も、お二人の死と天輝花に何らかの関係があると考え、調査を引き継ぎました」


レオンは新たな資料をテーブルへ置いた。


「そして、流通経路をさらに遡る中で――一つ、無視できない共通点が見つかりました」


「共通点?」


アイリスが顔を上げる。

一瞬の間を置いて、レオンが告げた。


「侯爵の周辺です」


「…………」


アイリスの表情が固まった。


「おじさまの……?」


「天輝花の運搬に利用されていた企業。資金を提供していたと見られる人物。そして、違法な加工に関わっている疑いのある施設」


資料に記された名前を、レオンが順に示していく。


「直接侯爵本人の名前が出てきたわけではありません。しかし、それぞれの関係を辿ると、侯爵家へ出入りする者や、侯爵と深い繋がりを持つ人物が複数浮かび上がりました」


「一人や二人じゃねぇ、と」


「偶然として無視するには多すぎます」


零は一枚の資料を取り上げた。

ざっと目を通し、別の紙にも視線を移す。


「……へぇ」


それだけ呟くと、資料を元の場所へ戻した。


「ずいぶん綺麗に隠してんな」


「黒神様も、そう見えますか」


「本人だけ出てこねぇんだろ?」


零はソファへ身体を預け直す。


「だったら、まあ。そういうことだろ」


本人は表に立たない。

複数の人間や企業を介し、自分まで繋がる証拠を残さない。

意図的に行われているのだとすれば、相当に用心深いやり方だった。

そこで零が、ふと眉を上げる。


「……ああ、なるほど」


「黒神くん?」


鈴華が横顔を覗き込む。


「さっきの話」


零はレオンへ目を向けた。


「侯爵が消えたのも、今回の件と繋がってるって言ってたろ」


今朝、エレノアから聞いた侯爵の失踪。

そして今、目の前に並べられた資料。


「これか」


「大きな理由の一つです」


天輝花を追っていた女王と第一王子が亡くなった。

その流通経路を辿ると、侯爵の周辺へ行き着く。

そして現在、肝心の侯爵本人は姿を消している。

さらに昨夜、今度はアイリスが命を狙われた。


「そりゃ気にもなるわな」


零は短く言った。

レオンも、そこで侯爵を犯人だと断定することはしない。


「ですが、侯爵本人が天輝花の不正に関与したと証明できるだけのものは、まだありません」


「分かってるよ」


零は気の抜けた調子で返す。


「怪しいのと、黒って証明できんのは別だろ」


その言葉を聞きながら、アイリスは膝の上へ視線を落とした。

叔父の周辺に、天輝花の不正へ関わっている可能性のある者たちがいる。

そして本人は今、行方が分からない。

まだ疑いに過ぎない。

それでも、幼い頃から知る叔父の名がここまで事件へ近づいている事実は、簡単に受け止められるものではなかった。

鈴華も何かを言おうとはしない。

ただ、アイリスの隣にそっと寄り添っていた。

やがてレオンが、別の資料を手元へ引き寄せる。


「もう一つ、無視できないことがあります」


「まだあんのか」


零が気怠そうに呟く。

ほんの少しだけ戻った、いつもの調子。

しかし、レオンが次に取り出した資料を見た瞬間、その空気は再び変わった。


「王位継承についてです」


「…………」


アイリスが顔を上げる。

女王と第一王子が亡くなった現在、アルディア王国の王位を巡る状況は、大きく変化していた。


「現在、王位継承権の筆頭にいらっしゃるのはアイリス様です」


アイリスの表情に緊張が走る。

昨夜までなら、その言葉を聞くだけで心が押し潰されそうになっていただろう。

母の代わり。

兄の代わり。

突然、自分の前へ突きつけられた王位。

今も怖さが消えたわけではない。

それでも、アイリスは目を逸らさなかった。


「アイリス姉がいなくなったら?」


零が何気ない調子で尋ねる。


「次は侯爵です」


その答えに、鈴華の表情が変わった。

アイリスも、何かに気づいたように目を見開く。

亡くなった女王の実弟。

王位継承権を持つアイリスまでいなくなれば――侯爵は一気に王座へ近づく。


「では……」


アイリスの声が震えた。


「おじさまは、王になるために……?」


「その可能性が高いと見ています」


レオンは曖昧に誤魔化すことなく答えた。

女王。

第一王子。

そして、第一王女。

王位への道を塞ぐ者たちが次々にいなくなれば――最後に利益を得る人物は誰なのか。


「王様ねぇ……」


零がぼそりと呟く。

王位継承の資料から、今度は天輝花の資料へ視線を移す。


「でも、それだけじゃねぇだろ?」


レオンが零を見る。


「三年前から天輝花に手ぇ出して、ここまで面倒なことやってんだ」


零は資料の束へ顎をしゃくった。


「王冠欲しいだけなら、こいつが余る」


鈴華も二種類の資料を見比べる。


「……王位と、天輝花」


「侯爵が王となれば、今とは比べものにならない権限を得ることになります」


天輝花は、王国が厳重に管理する希少な植物だ。

生産量、保管場所、医療機関への供給。

そのすべてに、国の制度が関わっている。


「つまり……」


鈴華が慎重に口を開く。


「王になれば、その管理体制にも介入できるということですか?」


「その通りです、白河様」


レオンは天輝花に関する資料へ手を添える。


「生産と流通を掌握できれば、不正な取引から得られる利益も、現在とは比較になりません」


「しかも、それだけじゃねぇ」


零の声が一段低くなる。

天輝花には、一時的に魔力を大きく増強する作用がある。

その危険性は、三年前の任務の前に、エレノアから聞かされていた。


「軍事利用か」


零の一言に、鈴華の碧色の瞳が揺れた。


「天輝花の軍事目的での使用は、国際的に禁じられています」


レオンの声音が硬くなる。


「実のところ、侯爵は生前の陛下へ、天輝花を国防へ転用すべきだと進言しておりました。陛下はそれを退け、栽培施設と研究資料を王家の管理下へ移すとお決めになったのです」


「……断られた直後に、二人とも消されたってわけか」


零の目が細くなる。

レオンは否定しなかった。


「王となり、生産と流通そのものを支配できるようになれば――陛下が守られた禁を、形だけのものにすることも可能でしょう」


「魔法使いを、無理やり強くする……」


鈴華がかすれた声で呟く。

その代償を考えれば、到底許されるものではない。


「金も入る。戦力も増える」


零は興味なさそうに言ってから、口元を歪めた。


「王様にもなれる」


そして一拍。


「欲張りな叔父さんだな」


「黒神くん……」


鈴華は困ったように零を見る。

言い方こそいつもの調子だった。

しかし、黄金色の瞳は笑っていない。

零がこの話を軽く受け止めているわけではないことくらい、今の鈴華には分かっていた。


「我々は、侯爵が王位と天輝花――その双方を手に入れようとしている可能性が高いと見ています」


レオンの言葉が室内へ落ちる。

三年前に阻止した、天輝花を巡る企み。

その後に残った者たち。

約一年前から確認され始めた不正な流通。

それを密かに追っていた女王と第一王子。

二人の死。

アイリスへの襲撃。

侯爵周辺へ繋がる人間たち。

王位継承。

そして――侯爵自身の失踪。

別々に見えていたものが、一つずつ繋がっていく。


「……じゃあ」


アイリスが、ようやく声を出した。


「お母様とお兄様は……天輝花のことを調べていたから……?」


その先を口にすることができず、言葉が途切れる。

レオンも、すぐに断定することはしなかった。


「その可能性は高いと考えています」


「…………」


アイリスの唇が震える。

レオンは、それでも言葉を濁さなかった。


「ですが、お二人の暗殺を侯爵本人が命じたと証明できるものは、まだありません」


アイリスは目を伏せる。

叔父が――。

幼い頃から知る人物が――。

母と兄の死に関わっているかもしれない。

そして、自分まで王位から排除するために殺そうとしているかもしれない。

簡単に受け止められるはずがなかった。

室内から会話が消える。

窓の向こうでは、何も知らない街がいつも通り動いている。

しばらくして――。

アイリスは膝の上で握っていた手を、ゆっくりと解いた。


「……まだ、すべてが分かったわけではないのですよね」


「まだ調べるべきことは残っています」


レオンの返答を受け、アイリスは顔を上げた。

不安も、悲しみも、琥珀色の瞳には今もはっきりと残っている。

それでも、もう逃げるように俯くことはなかった。


「なら、私も知りたいです」


「アイリス様……」


レオンが目を見開く。

アイリスは膝の上で手を重ね、言葉を続けた。


「お母様とお兄様に、本当は何があったのか」


声が揺れる。

アイリスは一度息を整えた。


「そして、おじさまが本当に関わっているのなら――どうして、こんなことをしたのか」


レオンを正面から見つめる。


「私も、きちんと確かめたいです」


悲しみが消えたわけではない。

覚悟がすべて決まったわけでもない。

ただ、自分にできることから始める。

今朝、公園で選んだ答えを、アイリスはもう一度自分の意思で選んでいた。


「承知しました」


レオンは恭しく答える。

零は二人のやり取りを眺めたあと、ソファへ深く身体を預けた。


「ま、まずは本人見つけねぇとな」


鈴華も、その言葉に自然と頷く。

どれだけ疑わしい材料が揃っていても、侯爵本人は現在行方不明。

話を進めるには、まず居場所を突き止める必要がある。


「で、レオン伯爵」


零が視線を戻した。


「侯爵見つけて、証拠押さえる。まずはそれでいいんだろ?」


「そこからです」


「了解」


零はそれだけ返すと、テーブルに広げられた資料へ目を落とした。

面倒そうな態度は、いつもと変わらない。

けれど、一度関わった以上、途中で放り出すつもりなどない。


三年前、蕾と一緒に止めたはずの事件。

それがまだ終わっていないというのなら――。


「ったく……」


零はほんの少しだけ口元を歪めた。


「三年越しとか、しつこすぎだろ」

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