8話:王女の休息③〜オコノミヤキ?〜
ファッションショップを出た三人は、再び夜の街を歩いていた。
アイリスは先ほど自分で選んだ服へ着替え、鈴華の幻影魔法もすでに解かれている。
長い金髪と琥珀色の瞳はそのままだが、華やかなドレスを脱いだ今は、街を歩く外国人の少女にしか見えない。
零は脱いだドレスの入った袋を片手に提げ、ときおりショーウィンドウへ目を向けていた。
ガラスに映る背後の人影を確かめる。
ホテルを出た時に感じた視線は、もうない。
尾行されている気配もなかった。
「日本らしい食べ物……」
アイリスは通りに並ぶ看板を見回しながら、困ったように眉を下げた。
「そう言われても、どんなものがあるのか、よく分からなくて……」
「そうですよね。日本料理といっても、いろいろありますから」
鈴華も周囲の店へ目を向ける。
寿司や天ぷらは分かりやすいが、この時間から気軽に入れる店となると限られてくる。
しばらく歩いたところで、鈴華の視線が通りの一角に止まった。
「あっ。それでしたら、お好み焼きはいかがでしょう?」
「お好み焼き……ですか?」
聞き慣れない料理名に、アイリスが首を傾げる。
「生地と具材を鉄板で焼く料理です。お店によっては、自分たちで焼いて食べるんですよ」
鈴華が両手で丸い形を作ってみせる。
アイリスの琥珀色の瞳へ、すぐに興味の色が浮かんだ。
「自分たちで作るのですか?」
「はい。少しくらい形が崩れても、それも含めて楽しいですから」
鈴華の説明を聞きながら、零も彼女が見つけた店へ顔を向けた。
大通りから少し入った場所にあり、外から店内を覗かれにくい。
今の三人には都合がよかった。
「いいんじゃね? 日本っぽいし、自分で焼くのも面白いだろ」
「では、そこへ行ってみたいです」
アイリスが嬉しそうに頷く。
食事をする店は、そうして決まった。
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「これを……ひっくり返すのですね?」
鉄板の前でアイリスは両手に小さなヘラを持ち、真剣な顔でお好み焼きを見つめていた。
熱された鉄板から、じゅうじゅうと小気味よい音が響く。
三人が選んだのは、店の奥にある半個室の席だった。
アイリスは通路から最も見えにくい場所へ座り、その向かいでは、零が入口の方角を視界へ収めながら頬杖をついている。
「はい。両側から持ち上げて、迷わず一気に返してください」
アイリスの隣に座る鈴華が、二本のヘラを動かして手本を見せる。
アイリスは、その手元を食い入るように見つめた。
「迷わず、一気に……」
小さく呟き、自分のお好み焼きへ向き直る。
まるで重大な儀式へ臨むように、その表情は引き締まっていた。
「そんな構えなくても平気だって」
零が可笑しそうに口元を緩める。
「失敗しても爆発するわけじゃねぇし、味は変わらないだろ」
「まだ失敗すると決まったわけではありませんよ」
鈴華が咎めるような視線を向けた。
零は頬杖をついたまま、何でもないことのように答える。
「失敗するって言ってねぇよ。念のために保険をかけただけ」
「それは、あまり励ましになっていないと思います」
鈴華が困ったように眉を下げる。
そのやり取りが可笑しかったのか、緊張していたアイリスの口元から小さな笑みが零れた。
「ふふっ。では、失敗しても気にしないことにします」
「それでいいんだよ」
零が満足そうに頷く。
アイリスは再び鉄板へ向き直り、両側からヘラを差し込んだ。
慎重に持ち上げる。
「えいっ」
思い切って手首を返した。
しかし、お好み焼きは空中で僅かに傾き、形を崩しながら鉄板へ着地した。
「あっ……!」
アイリスの表情が固まる。
「…………」
三つに割れたお好み焼きを、しばらく無言で見つめる。
零が身を乗り出し、その出来栄えを覗き込んだ。
「ほら。やっぱり味は変わらねぇって」
「そこで得意そうにするところではありません」
鈴華が額へ手を添える。
けれど、当のアイリスは崩れたお好み焼きを見つめたまま、肩を小さく揺らしていた。
「ふふっ……でも、零くんのおっしゃる通りです。食べてしまえば同じですね」
「だろ?」
零が楽しそうに笑う。
アイリスは二本のヘラを使い、崩れた生地を一つに寄せた。
そこへ鈴華と一緒にソースを塗り、鰹節をかける。
熱に揺られて踊る薄片を、アイリスは物珍しそうに眺めていた。
「動いています……」
「熱で揺れているだけですから、大丈夫ですよ」
鈴華が微笑みながら説明する。
形は決して綺麗とは言えない。
それでも、自分たちで焼き上げたお好み焼きは、ホテルで用意されていたどんな料理とも違って見えた。
「美味しいです」
一口食べたアイリスの顔が、ぱっと明るくなる。
「それはよかったです」
鈴華も安心したように微笑み、自分たちの分を切り分け始めた。
それからしばらく、三人は形の良し悪しに関係なく、焼き上がったお好み焼きを平らげていった。
「ごちそうさまでした」
アイリスが満足そうに手を合わせる。
鈴華も箸を置き、ふと正面へ目を向けた。
「…………」
零が一人、まだメニューを眺めている。
しかも、開かれているのはデザートのページだった。
「黒神くん」
「ん?」
零が顔を上げる。
鈴華はメニューへ視線を落とし、それから呆れを含んだ碧色の瞳を零へ向けた。
「結局、黒神くんも食べるのですね」
「俺が食わないとは言ってねぇだろ」
零は悪びれることなく、再びメニューへ目を落とした。
「飯はアイリス姉のため。甘いもんは別だ」
「随分と都合のよい分け方ですね」
「適材適所ってやつだよ」
零は何を当たり前のことを、とでも言いたげに答える。
そんな二人のやり取りを見て、アイリスが楽しそうに笑った。




