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漆黒の流星《ブラックスター》  作者: ショウ
第2章:天輝花

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8話:王女の休息①〜服選び〜

ホテルを離れて、しばらく――。

夜の星峰市を零たちは三人並んで歩いていた。


零と鈴華は、パーティー会場から出てきた時と変わらない制服姿。

そして二人の間を歩いているのは――鈴華の幻影魔法によって、影山の姿へ変わったアイリスだった。

大通りに並ぶ街灯や店の明かりが、三人の足元を次々と照らしていく。

零は気の抜けた様子で歩きながら、ときおりショーウィンドウへ目を向けていた。


ガラスへ映る背後の人影や、通り過ぎる車。

ホテルを出た時に感じた視線を警戒していたが、今のところ尾行してくる気配はない。


「……先に服だな」


不意に零が足元から視線を上げた。


「服、ですか?」


アイリスが影山の姿のまま、不思議そうに首を傾げる。


「ああ。白河、その幻、あとどれくらい保つ?」


「私が近くにいる間は、このまま維持できます」


鈴華は、アイリスを包んでいる魔力の流れを確かめるように、その全身へ視線を巡らせた。


「ただ、ずっと魔力を使い続けることになります。できれば、早めに解いた方がいいですね」


「だよな。いつまでも影山の顔で歩かせるのも変だし」


零が何でもないことのように言う。

アイリスは影山の姿をした自分を見下ろし、困ったように微笑んだ。


「魔法を解けば、私はまたドレス姿に戻ってしまうのですね」


「そういうこと。夜の街でその格好は目立ちすぎるだろ」


腰まで伸びた金色の髪、琥珀色の瞳、そして、パーティーのために用意された華やかなドレス。

そんな格好で夜の街を歩いていれば、嫌でも人目を引く。


「どこかで着替えを買いましょう」


鈴華の提案に零も頷いた。


「だな。まだ開いてる店があればいいけど」


すでに夜も遅い。

シャッターを下ろしている店も増えていたが、星峰市の中心街だけあって、明かりを残している店はいくつかあった。


「それと――」


零は何かを思い出したように、鈴華へ顔を戻した。


「外じゃ『王女様』も『アイリス様』もなしな。姿を隠してんのに、呼び方でばれたら笑えねぇだろ」


「あ……そうでした」


鈴華は申し訳なさそうにアイリスへ目を向ける。


「だったら、白河も『アイリス姉』でいいだろ」


「い、いきなりそれは……」


鈴華は困ったように眉を下げた。

身分を隠しているとはいえ、相手は一国の王女だ。零のように気軽に「アイリス姉」と呼ぶことなど、真面目な鈴華にはできそうになかった。


「私は構いませんよ? 鈴華さんにもそう呼んでいただけたら、嬉しいです」


アイリスは気を悪くした様子もなく、柔らかく目を細める。

それでも、いきなりそこまで親しげな呼び方をするのは、鈴華には少しハードルが高かった。


「では……『アイリスさん』とお呼びしてもよろしいですか?」


「はい。ぜひ、そう呼んでください」


アイリスは、むしろ嬉しそうに微笑んだ。


「なんだか、本当に普通の友人として遊びに来たみたいです」


王女に対する敬称を外しただけ。

それでもアイリスにとっては、王族ではない一人の少女へ近づけたように思えたのかもしれない。

その言葉に鈴華も笑みを返したが、ふと何かを思い出したようにホテルを振り返る。


「そういえば……影山くんは大丈夫でしょうか?」


アイリスの身代わりとして、ホテルの部屋へ残った影山そして幻影魔法を効果切れをしている。

レオンたちがそばにいるとはいえ、危険な役目を任せてきたことに変わりはない。


「まあ、大丈夫だろ」


零も一度だけ、ホテルの方角へ目を向けた。


「レオン伯爵が何とかしてくれるよ」


そう答える零の口調は、いつもどおり気楽なものだった。

けれど、鈴華には何の根拠もなく楽観視しているようには見えなかった。

その黄金色の瞳には、影山なら任された役目を果たせるという、確かな信頼が滲んでいた。


「……そうですね」


鈴華も安心したように頷いた。


「あっ、黒神くん」


鈴華が少し先へ顔を向け、通りに面した一軒の店を指差した。


「あそこ、まだ開いていますよ」


視線の先には、明るい照明に照らされたファッションショップがあった。


「お、ちょうどいいじゃん」


零は迷うことなく進路を変える。


「じゃ、行くか」


「はい」


鈴華がその隣へ並ぶ。

アイリスも店を興味深そうに見上げながら、二人のあとへ続いた。



-----



「わぁ……」


店へ入った瞬間、アイリスが感嘆の声を漏らした。

白い照明に満たされた広いフロアには、ブラウスやスカート、ワンピースなど、色も形も異なる服が並んでいる。

静かに流れる音楽と、「いらっしゃいませ」という店員の声が三人を迎えた。

夜も遅いため、店内に残っている客は少ない。

三人へ注意を向ける者もいなかった。


「こういうお店へ、自分で入るのは初めてです」


「そうなのですか?」


鈴華が驚いて尋ねる。

アイリスは店内へ視線を巡らせたまま、小さく頷いた。


「はい。普段着る服も、ほとんど王宮で用意していただいていましたから」


王族である彼女が身につけるものは、王宮の人間によって用意されたものがほとんどだった。

自分で店へ来て、自分の目で見て、自分が着たいと思った服を選ぶ。

そんな当たり前の経験さえ、アイリスにとっては新鮮だった。


「でしたら――」


鈴華は近くに並んでいた一着を手に取り、アイリスへ振り返った。


「今日は、アイリスさんが着たい服を選びましょう」


「私が、着たい服を……ですか?」


「はい。今日は立場を忘れて、遊びに来たのですから」


鈴華は安心させるように、にこやかに頷いた。

アイリスは一度目を瞬かせ、改めて店内に並ぶ服を見回す。

やがて、その表情が柔らかく綻んでいった。


「……そうですね。では、一緒に選んでいただけますか?」


「もちろんです」


そこから、二人の服選びが始まった。


「アイリスさん、こちらはいかがでしょう?」


「綺麗ですね。袖の形も素敵です」


鈴華が選んだブラウスを、アイリスは興味深そうに覗き込む。


「こちらのスカートと合わせてもよさそうです」


今度は別の棚からスカートを取り出し、アイリスの身体へ合わせるように掲げた。

少し離れて全体の釣り合いを確かめると、鈴華は満足そうに頷く。


「はい。きっとお似合いになります」


「本当ですか?」


アイリスの声が嬉しそうに弾む。


「ええ。ただ、こちらの色も捨てがたいですね……」


鈴華の視線が、すぐ隣に掛けられている服へ移った。


「こちらは、先ほどのものより少し可愛らしい印象になります」


「わぁ……こちらも素敵ですね」


アイリスもすぐに興味を示し、鈴華と並んで服を見比べる。

最初こそ物珍しそうに眺めているだけだったが、やがて自分から棚の間を歩き始めた。


「鈴華さん。こちらは、どうでしょう?」


アイリスが一着のスカートを手に取り、鈴華へ見せる。


「いいですね。それなら、こちらのブラウスと合わせてみませんか?」


「ええ。とてもよく合いそうです」


二人の声が、少しずつ弾んでいく。

服選びを楽しみながらも、鈴華は幻影に綻びが生じないよう、アイリスへ魔力を送り続けていた。


「…………」


その少し離れた場所で、零は二人の様子を眺めていた。

ただ着替えを一着買うだけ。

そのつもりで店へ入ったはずなのだが、二人が手に取る服は少しずつ増えている。


「……これ、今日中に決まるか?」


零は小さく呟いた。

それでも、楽しそうに服を見比べるアイリスを急かす気にはなれない。

零は苦笑しながら、近くの壁へ背中を預けた。

それから、しばらくして――。


「あっ」


鈴華が、一着のブラウスの前で足を止めた。


「アイリスさん。こちらはいかがでしょう?」


「わぁ……」


鈴華が手に取ったのは、白を基調とした長袖のブラウスだった。

襟元や袖には繊細なレースがあしらわれ、胸元には濃い色の細いリボンが添えられている。

華やかすぎることはない。

それでいて、どこか上品さを感じさせる一着だった。


「可愛い……」


アイリスの口から、素直な感想が零れる。


「ですよね」


鈴華も嬉しそうに目を細めると、近くに並んでいた淡いラベンダー色のロングスカートを手に取った。

白いブラウスと並べ、アイリスの身体へ合わせてみる。


「このスカートと合わせれば、落ち着いた印象になります。アイリスさんに、とてもよく似合うと思います」


「素敵ですね……」


アイリスは二着を受け取り、自分の身体へ合わせながら鏡を覗き込んだ。

王宮で身につけている格式高いドレスとは、まるで違う。

けれど、鏡に映る組み合わせを見つめるうちに、その琥珀色の瞳が嬉しそうに輝き始めた。


「私、これを着てみたいです」


その声には、先ほどまでにはなかった弾んだ響きがあった。


「はい。きっとお似合いになります」


「では、着替えてきますね」


「ここで待っています」


アイリスは選んだ服を大切そうに抱え、そのまま店の奥にある試着室へ向かった。

カーテンの向こうへ入ったことを確かめ、鈴華が声を掛ける。


「アイリスさん。魔法を解きますね」


「お願いします」


鈴華が試着室へ向けていた魔力を静かに解く。

カーテンの向こうで、影山の姿を形作っていた幻影が淡い光となって消え、本来のアイリスの姿が戻った。

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