7話:3年ぶりの再会⑧〜目線〜
数分後――。
ホテル一階。
先ほどの襲撃を受け、正面玄関の警備は、パーティー開始時とは比べものにならないほど厳重になっていた。
ホテルの警備員とアルディア王国の護衛たち、彼らは出入りする人間一人一人へ、鋭い視線を向けている。
そんな中を、零は普段と変わらない足取りで進んでいた。
隣には鈴華。
その少し後ろには、影山の姿をしたアイリスが続いている。
三人とも足を止めない。
隠れることも、周囲を窺うこともしなかった。
妙に警戒すれば、かえって目立つ。
ただのパーティー参加者として、正面玄関へ向かって堂々と歩いていく。
「…………」
護衛の一人が、三人へ視線を向けた。
零は気づいていないような顔で、前を向いたまま進む。
鈴華も歩調を乱さない。
アイリスは声を出さないよう唇を引き結び、見えないドレスの裾を意識しながら二人へ続いた。
そこにいるのは、制服姿の高校生が二人。
そして、タキシード姿の少年が一人。
アルディア王国第一王女の姿は、どこにもない。
やがて、護衛の視線が三人から離れる。
誰にも呼び止められることなく、三人は正面玄関を抜けた。
自動ドアが左右へ開く。
ホテルの外へ出た瞬間、夜の涼しい風が三人の頬を撫でた。
それでも零は歩みを緩めない。
鈴華とアイリスも黙ったまま、そのあとへ続く。
ホテルの正面から離れ、護衛たちの視界から外れる角を曲がったところで、鈴華がようやく張り詰めていた息を吐き出した。
「……本当に出られましたね」
「だから言ったろ。あの人なら分かるって」
零は軽い調子で答えた。
「やはり、レオンは気づいていたのですね」
影山の姿をしたアイリスが、ホテルの方を振り返る。
「昔から目ざといんだよ、あの人」
零に言われ、アイリスの表情が柔らかくなった。
問いただすこともなく送り出してくれたレオンの思いが、彼女にも伝わったのだろう。
「私は、少し緊張しました」
アイリスは胸元へ手を添えた。
王宮で暮らしてきた彼女にとって、護衛の目を盗んで外へ出るなど初めての経験だった。
その表情には、まだ緊張の名残がある。
けれど、その奥には、王宮を抜け出した一人の少女としての楽しさも滲んでいた。
「堂々としてりゃ、案外バレないもんだろ?」
「それを黒神くんが言うと、あまり参考にしてはいけない気がします」
鈴華が困ったように微笑む。
零は心外だと言いたげに眉を寄せた。
「なんでだよ。上手くいっただろ?」
「結果がよければ、何をしてもよいわけではありません」
「こういう時まで真面目だな、白河は」
零が面倒そうに言い返す。
そんな二人のやり取りを見て、アイリスが影山の姿のまま小さく笑った。
「それでも、とても不思議な気分です。今だけは、王女ではない誰かになったようで」
「じゃあ、しばらく王女様は休業だな」
零が気楽に告げる。
アイリスは一度目を瞬かせてから、柔らかな笑みを浮かべた。
「はい。今夜だけは、お休みさせていただきます」
その時だった。
零の足が、僅かに鈍る。
「…………」
黄金色の瞳が、夜の街の一点へ向けられた。
道路を挟んだ先。
ホテルの向かい側に建つ、一棟のビル。
その屋上に、誰かがいる。
夜闇へ紛れるように立つ人影から、こちらを観察する視線が向けられていた。
「黒神くん?」
零の変化に気づき、鈴華も足を止める。
「どうかしましたか?」
鈴華が零の視線を追おうとする。
しかし、零は先に目を逸らした。
「……いや、見間違いだ。行こうぜ」
何でもないことのように歩き出す。
鈴華はすぐには動かなかった。
一瞬だけビルの方へ目を向けたあと、零の横顔を見つめる。
本当に見間違えただけなら、零があのような目をするはずがない。
それでも、今ここで尋ねても答えないと察したのだろう。
「……分かりました」
鈴華はそれ以上追及せず、零の隣へ並んだ。
影山の姿をしたアイリスも、二人のあとへ続く。
零は振り返らなかった。
視線の主が誰なのかーー。
少なくとも、今すぐこちらへ動く気配もなかった。
それでも、先ほど感じた視線と屋上の位置は、頭の中へ正確に刻み込んでいる。
三人は、そのまま星峰市の夜へ歩き出す。
やがて、その姿は街を行き交う人々の中へと消えていった。
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ホテルの向かいに建つビル。
その屋上には、一人の男が立っていた。
先ほどパーティー会場で、アイリスを襲撃した暗殺者である。
男は零たちが消えていった方向を見つめ、僅かに目を細めた。
「……へえ、驚いたな」
その口元が微かに歪む。
「この距離でも気づくのか」
偶然こちらを見ただけ。
そう考えることもできる。
だが、先ほどの襲撃を思えば、偶然の一言で片づける気にはなれなかった。
停電によって会場が闇に包まれた瞬間、男は動いた。
標的の位置は、照明が消える前から正確に把握していた。
暗闇に乗じて最短距離を駆け抜け、最速の一撃でアイリスの喉元を貫く。
無駄など一切ない、完璧な奇襲。
そのはずだった。
だが、自分の腕が標的へ届く直前――。
あの少年は、すでにアイリスの前へ割り込んでいた。
そして、男の一撃を真正面から受け止めた。
「…………」
暗殺者は懐からスマートフォンを取り出した。
画面に表示されているのは、今夜のパーティーへ出席した招待客の情報とホテルの入場記録だった。
その中から、先ほどの少年に該当する顔写真を開く。
表示された名前は――黒神零。
「黒神零、か」
男は、その名を確かめるように口にした。
現時点で分かっているのは、名前と星峰魔法高等学校の生徒であることだけ。
背景も、使用する魔法も、過去の経歴も分からない。
それでも、ただの高校生でないことだけは確かだった。
完璧だと思っていた暗殺を防ぎ、自分よりも早く標的へ辿り着いた。
そのうえ、今度は離れたビルの屋上から向けていた視線にまで気づいた。
暗殺者としての自負があるからこそ、それを偶然や幸運で片づけることはできない。
男は画面に表示された零の顔を、値踏みするように見つめた。
再びアイリスを狙うなら、あの少年が障害になる。
だが、その正体を今すぐ見抜けるほどの情報はない。
「少し、調べてみるか」
画面を消し、スマートフォンを懐へ戻す。
男はホテルへ背を向けた。
冷たい夜風が、ビルの屋上を吹き抜ける。
次の瞬間――。
暗殺者の姿は、夜の闇へと消えていった。
今回で100エピソードを迎えました。
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