表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/60

第九章 「レモンみたいに、少し苦い」

 第九章

「レモンみたいに、少し苦い」

 スマホの振動音が、 やけに大きく聞こえた。

 湊は画面を見る。

『高城真白』

 灯台の風が、 首筋を撫でた。

 さっきまで心地よかった潮風が、 急に冷たく感じる。

 レモナも、 その名前を見てしまったらしい。

 笑いかける前に、 一瞬だけ目が伏せられた。

 でも彼女は、 すぐに笑った。

「出なよ」

「……いや」

「仕事かもしれんじゃん」

 その言い方が、 少し大人だった。

 責めない。

 引き止めない。

 でも、 だからこそ苦しい。

 湊は通話ボタンを押す。

「もしもし」

『すみません、今大丈夫ですか』

 真白の声。

 いつも通り、 落ち着いている。

「うん」

『急なんですけど、 明日東京戻ります』

 湊は少し驚く。

「え、早ない?」

『予定が前倒しになって』

 波の音が聞こえる。

 少し沈黙。

 それから真白が言う。

『会えますか』

 その言葉に、 湊の視線が揺れる。

 レモナは海を見ていた。

 こちらを見ない。

 見ないようにしている。

「……わかった」

『港で』

 電話が切れる。

 灯台の明かりが、 静かに回っていた。

 湊はスマホを下ろす。

 何か言おうとする。

 でも、 言葉が見つからない。

 レモナが先に笑った。

「モテる男は大変だ」

「そういうんじゃ」

「冗談」

 そう言ったあと、 彼女は少しだけ遠くを見る。

「東京の人って、 急に来て急に帰るね」

 その言葉が、 妙に胸に刺さった。

 湊は気づく。

 LINEも返さなくなって。

「ちょっと休む」だけ残して、 東京へ消えた。

 帰ってきたと思ったら、 また迷っている。

 レモナは柵に肘をつく。

「ねぇ湊」

「ん?」

「もし東京戻ったらさ」

 風が吹く。

 髪が揺れる。

「また、 急にいなくなる?」

 その声は静かだった。

 だから余計に、 胸が苦しくなる。

 湊は答えられない。

 未来のことなんて、 わからない。

 でも、 その曖昧さが、 一番だめなんだと今はわかる。

 レモナは苦笑する。

「ごめん。 困る質問だったね」

「……いや」

「私、 昔より待つの下手になったんよ」

 夕陽が消えていく。

 海が、 ゆっくり夜の色になる。

「高校の時はさ、 ずっと待てた」

 レモナは笑う。

「来るかもって思えたから」

 湊の胸が締めつけられる。

 あの頃、 自分だけが言えなかったんだと思っていた。

「でも今は、 大人だから」

 その言葉が、 やけに寂しい。

「来ない人、 なんとなくわかっちゃう」

 湊は、 何か言わなきゃと思う。

 今ここで。

 ちゃんと。

 でも、 喉の奥で言葉が止まる。

 今さら好きだと言って、 また期待させるのが怖かった。

 また中途半端になるくらいなら。

 その迷いを、 レモナはたぶん見抜いていた。

 彼女は小さく笑う。

「ほら、 そういう顔」

「……え?」

「言いたいこと飲み込む時の顔」

 図星だった。

 高校時代から、 ずっとそうだった。

 レモナは立ち上がる。

「帰ろっか」

 灯台の階段を、 先に降りていく。

 湊はその背中を見る。

 追いかければ届きそうなのに、 なぜか足が重い。

 途中で、 レモナが振り返る。

 街灯の光が、 少しだけ彼女を照らす。

「湊」

「ん?」

「春限定ってさ」

「……うん?」

「終わるから、 みんな食べたくなるんだよ」

 その言葉だけ残して、 彼女は歩いていく。

 呼び止める資格が、 自分にあるのかわからなかった。

 レモンみたいに、 少し苦い夜だった。    第十章へ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ