第五十九章 「拍手のあとで」
第五十九章
「拍手のあとで」
拍手は、なかなか終わらなかった。
公民館いっぱいに響く拍手。
誰かが立ち上がる。
また誰かが立ち上がる。
気づけば会場の半分以上が立っていた。
湊は舞台袖で立ち尽くしていた。
こんな反応は初めてだった。
映画祭でも。
コンテストでも。
配信作品でも。
もちろん評価されたことはある。
でも。
今日の拍手は違った。
数字ではなかった。
賞でもなかった。
目の前の人たちが。
自分の映像を受け取ってくれた。
その拍手だった。
「朝倉さん!」
後ろから声がした。
真白だった。
「え?」
「呼ばれてます」
湊は顔を上げる。
客席から声が聞こえる。
「湊ー!」
「出てこんか!」
「監督ー!」
「監督ちゃう!」
思わず反射で返す。
笑いが起きた。
それで少し緊張が解けた。
湊は舞台へ戻る。
拍手がまた大きくなる。
まぶしい。
照れくさい。
嫌じゃなかった。
マイクを渡される。
何か話さなければならない。
そう思うほど言葉が出てこない。
数秒。
沈黙。
そして。
「ありがとうございます」
それしか出なかった。
でも。
それで十分だった。
客席から、
「こっちこそ!」
という声が飛ぶ。
笑いが起きる。
湊も笑う。
少しだけ目が熱かった。
「正直…」
ゆっくり話し始める。
「この映像を作る前は」
「島のことを撮るつもりじゃなかったんです…」
会場が静かになる。
「もっと別の作品を作ろうと思ってました…」
東京らしいもの。
派手なもの。
評価されそうなもの。
そういう作品を。
「でも…」
湊は客席を見る。
知っている顔ばかりだった。
「気づいたら」
「みんなを撮ってました」
小さな笑い。
漁師のおっちゃんが胸を張る。
なぜか誇らしそうだった。
「海を撮って」
「港を撮って」
「レモン畑を撮って」
「店を撮って」
「気づいたら一年経ってました」
また笑い。
その空気が温かい。
「だから…」
少し言葉を探す。
「この作品は…」
「俺が作ったというより」
会場を見る。
「島とみんなに作ってもらった作品です」
静かになる。
誰も茶化さなかった。
誰も笑わなかった。
その言葉が本当だと分かっていたから。
長い拍手が起きる。
今度はゆっくりと。
優しく。
その拍手の中で。
湊は客席の一番前を見る。
レモナがいた。
涙を拭いている。
目が合う。
レモナは少し困ったように笑った。
でもその目は、
一年前よりずっと柔らかかった。 その顔を見た瞬間。
一年間の出来事が頭をよぎる。
再会した日。
喧嘩した日。
すれ違った日。
笑った日。
悩んだ日。
全部。
無駄じゃなかった。
上映会が終わる。
人が立ち上がる。
会場のあちこちで感想が始まる。
「懐かしかったな」
「泣いてしもうた」
「うちの畑映っとった」
「わしの顔アップすぎじゃ!」
最後だけ文句だった。
湊は笑う。
その時。
高校生の女の子が近づいてくる。
少し緊張した顔だった。
「朝倉さん…」
「ん?」
「私、来年島出るんです」
湊は頷く。
進学だろう。
この島では珍しくない。
彼女は少し迷ってから言った。
「出るの怖かったんです」
静かな声。
「でも今日見て」
言葉を探す。
「帰ってきてもいいんだなって思いました!」
湊は答えられなかった。
その言葉が。
今日一番嬉しかったから。
少女は照れたように笑う。
そして友達のところへ走っていった。
春の風が入口から吹き込む。
桜の花びらが一枚。
床へ落ちる。
島を出る人。
島へ残る人。
帰ってくる人。
それぞれ違う。
どれも人生だった。
どれも間違いじゃない。
湊はそう思った。
公民館の外へ出る。
夕暮れだった。
海がオレンジ色に染まっている。
上映会は終わった。
けれど。
物語はまだ終わっていなかった。
春の風は優しく吹いていた。
まるで。
この先の未来を祝福するみたいに。 夕暮れの向こうで。
『nagi』の灯りがともっていた。 第六十章へ続く。(終章へ)




