第六十章 (終章)「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたまのような恋」
第六十章(終章)
「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたまのような恋」
上映会から三日後。
島にはいつもの時間が戻っていた。
港にはフェリー。
商店街には朝の挨拶。
漁港には船の音。
春の桜は少しずつ散り始めている。
『nagi』。
昼過ぎ。
店は比較的静かだった。
窓際の席で、 湊は海を見ていた。
上映会が終わってから、 少しだけ気が抜けている。
一年かけて走ってきたものが、 ようやく終わったのだ。
その時。
レモナが皿を置いた。
「はい」
湊は思わず笑う。
「出た」
そこにあったのは。
瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま。
一年前に再会した時の味。
高校時代の思い出の味。
春限定の味。
そして。
二人を繋いできた味だった。
「今年の完成版」
レモナが胸を張る。
「これから、毎年言うな」
「今年のは、ほんま」
レモナが笑う。
湊も笑う。
その時間が心地よかった。
バーガーを持ち上げる。
レモンの香り。
ベーコンの塩気。
甘いてりやき。
タルタルの酸味。
全部が混ざる。
少しかじる。
やっぱり食べにくい。
タルタルが落ちる。
二人とも笑う。
そして。
湊はふと思う。
この恋も似ていた。
高校時代の片想い。
再会。
すれ違い。
夢。
東京。
島。
喧嘩。
後悔。
上映会。
全部が混ざっている。
甘いだけじゃなかった。
苦いだけでもなかった。
綺麗なだけでもなかった。
でも。
だから良かった。
レモナが聞く。
「どう?」
湊は少し考える。
そして答える。
「やっぱり面白い味」
「失礼」
「褒めとる」
レモナは呆れた顔をする。
湊は笑ったまま続ける。
「甘くて」
「酸っぱくて」
「塩辛くて」
「まとまってるようでまとまってない」
「それ褒めてない」
「でも」
湊はレモナを見る。
春の光が差している。
海が揺れている。
レモナがいる。
それだけで十分だった。
「何回でも食べたくなる」
レモナの動きが止まる。
少しだけ頬が赤くなる。
「それ……ずる」
「何が」
「そういうとこ」
少し黙ってから。
レモナは笑った。
「私もやけど!」
二人とも笑う。
窓の外ではフェリーが港へ入ってくる。
春風が吹く。
桜が舞う。
レモンの香りが少しだけ漂う。
人生は。
思い通りにはならない。
出ていく日もある。
帰ってくる日もある。
遠回りする日もある。
でも。
その全部が混ざるから。
忘れられない味になる。
湊はもう一口バーガーを食べる。
そして思う。
この恋は。
きっと。
瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたまのような恋だ。
窓の向こうで。
春の海が光っていた。
春は今年も。
少しだけレモンの味がした。
終




