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第五十六章 「上映会が始まる」

第五十六章

「上映会が始まる」

四月。

島の桜は満開だった。

港へ続く道は淡い桜色に染まり、 春風が花びらを運んでいる。

朝から島は少しだけ浮き足立っていた。

祭りの日みたいだった。

『春が来る上映会』

開催当日。

公民館には、 開場一時間前から人が集まり始めていた。

漁師のおっちゃん。

商店街のおばちゃん。

レモン農家。

高校生。

子どもたち。

島を離れていた若者まで帰ってきている。

「座れるかのう」

「後ろでも見るわ」

「わし映っとるかもしれん」

みんな楽しそうだった。

受付では航平が忙しそうに動いている。

「順番に入ってくださーい!」

なぜか一番張り切っていた。

レモナは苦笑する。

「スタッフ気取り」

「気取りじゃない」

航平は胸を張る。

「スタッフ長や」

誰が決めたのかは不明だった。

昼過ぎ。

会場は満席になった。

補助椅子も出ている。

後ろには立ち見の人までいる。

湊は舞台袖からその光景を見ていた。

思わず息を呑む。

こんなに集まるとは思っていなかった。

真白も来ていた。                  後方の席で静かに座っている。

島の人たちに混じるスーツ姿は少し目立つ。

それでも。

真白はどこか居心地が良さそうだった。

まるで、自分の居場所を少しだけ見つけた人のように。               開演時間。

会場の照明が落ちる。

ざわめきが静まる。

スクリーンだけが白く浮かぶ。

湊は舞台へ上がった。

少し緊張していた。

何百人の前で話す仕事はしてきた。

でも。

今日だけは違う。

映像を見せたい相手がいる。

その人たちが目の前にいる。

それが怖かった。

でも。

嬉しかった。

マイクを握る。

会場が静かになる。

湊は客席を見る。

知っている顔ばかりだった。

港のおっちゃん。

商店街のおばちゃん。

高校生たち。

航平。

そして。

最前列に座るレモナ。

目が合う。

レモナは小さく頷いた。

言葉はない。

でも。

「大丈夫」

そう言われた気がした。

湊は息を吸う。

そして話し始める。

「一年前」

静かな声だった。

「俺はこの島に帰ってきました」

客席が静かに聞いている。

「仕事を辞めて」

「何をしたいかも分からなくなって」

「正直、逃げるみたいに帰ってきました」

誰も笑わない。

みんな知っているからだ。

あの春の湊を。

「でも」

湊は会場を見渡す。

「この島で」

「いろんな人と話して」

「いろんな景色を見て」

「気づいたことがあります」

少し間を置く。

「何もないと思っていた場所に」

「俺が見落としていたものが、たくさんありました」

会場の誰かが少し笑う。

照れたような空気が流れる。

「だから撮りました」

「この島の春を」

「この島の人たちを」

「この島の時間を」

マイクを握る手が少し震える。

でも。

もう迷わなかった。

「見てもらえたら嬉しいです!」

深く頭を下げる。

拍手。

最初は静かだった。

けれど次第に大きくなり、 会場いっぱいに広がっていく。

温かい拍手だった。

湊は舞台袖へ戻る。

照明が落ちる。

完全な暗闇。

そして。

映像が始まる。

最初に映ったのは。

朝の港だった。

春霞の海。

静かに入港するフェリー。

風に揺れる旗。

スクリーンいっぱいに広がる島の朝。

会場から小さな声が漏れる。

「ああ……」

誰かが呟く。

「昔の港じゃ」

小さな声だった。

でも何人も頷いていた。

それは感想というより。

懐かしさだった。

島の時間そのものだった。            映像は続く。

レモン畑。

漁港。

商店街。

学校帰りの高校生。

坂道。

夕暮れ。

何気ない日常。

でも。

その一つ一つが。

確かにこの島だった。

スクリーンの光が客席を照らす。

笑う人。

懐かしそうな人。

黙って見つめる人。

そして。

涙を拭う人もいた。

春が来る。

その言葉の意味を。

誰もが少しずつ感じ始めていた。

まだ誰も知らない。

この上映会が。

島の春を、 大きく変えることを。     

第五十七章へ続く。

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