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第四十八章 「卒業フェリー」

第四十八章

「卒業フェリー」

二月の終わり。

島の風はまだ冷たかった。

けれど港には、 少しずつ春の匂いが混じり始めていた。

『nagi』の窓から見える海も、 冬の濃い青ではない。

どこか柔らかい色になっている。

レモナは開店準備をしながら、 港を見ていた。

今日は島の高校の卒業式だった。

昼過ぎ。

制服姿の高校生たちが店へ流れ込んでくる。

「レモナさーん!」

「あ〜腹減ったー!」

「卒業したよー!」

「もう帰らんかもしれん」

「島なんか嫌いじゃ」           騒がしい。

いつものことだった。

レモナは苦笑する。

「おめでとう」

その一言に。

なぜか何人かが照れたように笑った。

高校三年生たち。

この一年で何度も店へ来た顔ぶれだった。

進路に悩んだ子。

島を出る子、残る子、家業を継ぐ子、夢を追う子。

それぞれ違う。

でも今日だけは、 みんな同じ卒業生だった。

「レモナさん」

窓際の席から声がする。

真琴だった。

レモナは近づく。

「どうしたん」

真琴は少し笑う。

「明日出るね」

「正直な」

「島出たいって何年も思っとったのに」

「いざ明日になったら逃げたくなる」   その言葉に、 レモナは頷いた。

知っていた。

進学で本州へ行く。

春から一人暮らし。

何度も聞いていた。

それでも。

実際にその言葉を聞くと、 少し寂しい。

「怖い?」

レモナが聞く。

真琴は少し考える。

そして笑った。

「めっちゃ怖い」

「昨日から眠れんし」          正直だった。

レモナも笑う。

「今さら?」              真琴も笑う。

「今さらなんよ」

「そりゃそうじゃ」

窓の外。

港が見える。

島を出る人もいれば、 帰ってくる人もいる。

ずっとそうだった。

そしてこれからも。

「でもな」

真琴が言う。

「ここあるじゃん」

レモナは首を傾げる。

「何が?」

「nagi」

少し照れながら続ける。

「帰ってきたら来る場所」

その言葉に、 レモナは返事ができなかった。

店を始めた頃。

そんなことは考えていなかった。

ただ好きな店を守りたかった。

でも今は違う。

ここは店だけじゃない。

島の人たちの居場所になり始めている。

夕方。

高校生たちが帰っていく。

最後に全員で写真を撮る。

店の前。

海を背景に。

レモナも無理やり引っ張り出される。

「先生じゃないんだから!」

と言いながら。

結局真ん中に立たされた。

シャッターが切られる。

笑顔。

春の光。

青春の最後の一枚。

その夜。

港には卒業生たちの姿があった。

明日の朝。

何人かは島を出る。

進学。

就職。

新しい生活。

レモナは一人で防波堤に立っていた。

海は静かだった。

その時。

スマホが鳴る。

湊からだった。

『今なにしよる』

レモナは海の写真を送る。

数秒後。

返信。

『卒業フェリーか』

レモナは少し驚く。

写真だけで分かったらしい。

『毎年あの空気あるよな』

ある。

確かにある。

卒業式の翌日の港。

期待と不安。

旅立ち。

別れ。

全部混ざった空気。

レモナは文字を打つ。

『みんな出ていく』

少しして返事。

『俺も出た』

レモナは海を見る。

それから、少し経ってからの返事。      『帰る場所があると思ってなかったけどな』

それだけで十分だった。

翌朝。

港。

フェリー乗り場。

卒業生たちが集まっている。

親、祖父母、友達、先生。

みんな見送りに来ていた。

フェリーが入港する。

白い波が広がる。

春の朝日が海を照らす。

真琴たちが乗船口へ向かう。

途中で振り返る。

そして。

大きく手を振った。

レモナも手を振る。

何度も。

見えなくなるまで。

フェリーが離岸する。

汽笛。

白い航跡。

ゆっくり小さくなる船。

その景色を見ながら。

レモナはふと思う。

島を出ることは、 終わりじゃない。

湊が教えてくれた。

出ていく人もいる。

帰ってくる人もいる。

その間にある時間もまた、 人生なのだと。

フェリーの白い航跡は、 春の海にゆっくり溶けていった。

その先には、 それぞれの新しい季節が待っている。

島にもまた、 新しい春がやって来ようとしていた。                  第四十九章へ続く。

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