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第四十三章 「映像の中の故郷」

第四十三章

「映像の中の故郷」

十二月最後の日曜日。

島には珍しく穏やかな晴れ間が広がっていた。

冬の陽射しは弱い。

それでも海は光を反射し、 港を銀色に染めている。

湊は朝から撮影を続けていた。

レモン畑。

漁港。

商店街。

フェリー乗り場。

高校生たちの下校風景。

閉店した乾物屋。

空き店舗。

冬の海。

春の観光ポスターには載らない景色。

今の島そのものだった。

カメラを回しながら、 湊は何度も立ち止まる。

以前なら、 綺麗な構図ばかり探していた。

映える景色。

観光客が喜ぶ景色。

しかし今は違う。

変わっていく景色に目が向く。

なくなるかもしれない景色に目が向く。

そして。

そこに生きる人たちに。

昼過ぎ。

港近くのベンチ。

撮影の合間に、 湊は映像データを確認していた。

ノートパソコンの画面。

次々と流れる映像。

波、港。

笑う子供たち。

閉じた店。

船を待つ老人。

そこへ真白がやって来る。

缶コーヒーを二本持っていた。

一本を差し出す。

「進んでます?」

「なんとか」

真白は隣へ座る。

しばらく二人で画面を見る。

映像の中で、 小学生たちが港を走っている。

笑い声、風、夕陽。

真白が小さく呟く。

「良いですね」

湊は苦笑する。

「まだ全然…」

「違います」

真白は首を振った。

そして画面を見つめながら言う。

「やっと朝倉さんの映像になりましたね」

湊は少し黙る。

意味がわかった。

技術の話じゃない。

映像の向こうに、 撮る人間の感情が映り始めている。

それは昔、 東京で上司から何度も言われたことだった。

「綺麗だけど空っぽ」

かつての自分の映像はそうだった。

技術はある。

構図もいい。

でも。

心が見えない。

今は違う。

島が好きだ。

失いたくない。

残したい。

その感情が、 映像に滲み始めている。

夕方。

『nagi』。

レモナが閉店準備をしている。

客はいない。

静かな時間。

湊はノートパソコンを開いた。

「見る?」

レモナが振り向く。

「何を?」

「今の映像」

レモナは少し驚く。

今まで、 完成前の作品を見せてもらったことはほとんどなかった。

湊にとって映像は、 誰よりも見せたくない部分だったから。

レモナは席へ座る。

画面を見る。

映像が流れ始める。

港、海、島、人々。

ゆっくりと。

静かに。

時間が流れていく。

そして。

レモナは気づく。

この映像には、 島の綺麗な部分だけじゃない。

閉じた店も映る。

減便の掲示も映る。

人の減った商店街も映る。

それでも。

暗くない。

不思議だった。

寂しいのに。

温かい。

失われていくものを映しているのに。

どこか優しい。

映像が終わる。

店内が静かになる。

レモナは画面を見たまま動かなかった。

指でそっと目元を拭く。

そして。

ぽつりと言った。

「好きだな…やっぱり…」             

湊が顔を上げる。

レモナは笑う。

少し目が潤んでいた。

「ちゃんと映っとる」

その言葉に、 湊は返事ができなかった。

映像が答えになっていたから。

その夜。

真白は宿へ戻る前に、 港へ立ち寄った。

冬の海。

静かな波。

遠くの灯り。

そしてスマホを開く。

東京の同僚から通知が届いていた。

企画会議の資料。

配信スケジュール。

追加予算。

会社は期待している。

かなり。

湊が思っている以上に。

真白は画面を閉じる。

海を見る。

そして。

小さく呟く。

「困りますね」

真白は苦く笑った。

「会社としては東京にいてほしいのに」

誰に聞かせるでもなく。

東京へ戻れば、 湊はもっと上へ行ける。

間違いなく。

才能もある。

実力もある。              なのに。

この島にも必要とされている。

レモナにも。

島の人たちにも。

そして。

本人自身にも。

真白は苦笑する。

仕事なら簡単だった。

数字で決められる。

結果で決められる。

でも人生は違う。

正解がない。

だから難しい。

波の音だけが響く。

年末の夜。

島にも東京にも。

同じ時間が流れていた。

けれど。

湊が選ばなければならない未来は、 少しずつ近づいていた。             第四十四章へ続く。

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