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第四十二章 「自分の居場所」

第四十二章

「自分の居場所」

翌朝。

雨は上がっていた。

冬の空はまだ白く曇っている。

港には冷たい風が吹いていた。

真白は朝から一人で島を歩いていた。

湊は撮影。

レモナは店の準備。

だから自然と、 自由行動になった。

商店街を歩く。

閉じたシャッター。

空き店舗。

古い看板。

東京では見ない景色。

どこか懐かしい。

真白の父が話していた故郷も、 たぶんこんな空気だったのだろう。

「お姉さん観光?」

声をかけられた。

振り返る。

高校生の男女が二人。

自転車を押している。

制服姿。

真白は少し笑う。

「そんな感じです」

男子生徒が言う。

「何もない島ですよ」

どこか照れ隠しみたいな言い方だった。

真白は、 その言葉に少し引っかかった。

「本当に?」

二人は顔を見合わせる。

女子生徒が笑う。

「あるっちゃありますけど」

「でも出たいよな」

男子が言う。

女子も頷く。

春になれば卒業。

進学。

就職。

多くの同級生が島を離れる。

この島では、 それが当たり前だった。

真白は聞く。

「戻ってくる予定は?」

二人とも少し考える。

そして。

「わからん」

同時だった。

思わず三人とも笑う。

男子が言う。

「出たい気持ちはあるんです」

女子も頷く。

「でも最近ちょっと迷う」

「迷う?」

真白が聞く。

女子は少し照れながら言う。

「動画見たんです」

真白はすぐわかった。

湊だ。

あの映像だ。

女子生徒は続ける。

「島の景色とか」

「港とか」

「祭りとか」

男子も話し始める。

「今まで当たり前すぎて気づかなかったんですよ」

「でも動画見たら、ちょっと違って見えて」

「あれ、意外とええ島なんかなって思いまいました」

真白は黙って聞く。

二人は本気だった。

出たい。

嫌いじゃない。

その矛盾。

それは湊と同じだった。

そして。

この島の若者たちが抱える感情なのかもしれない。

昼過ぎ。

『nagi』。

真白は窓際でコーヒーを飲んでいた。

レモナが笑う。

「島満喫してるね」

「思ったより忙しいです」

「何が?」

「考えることが」

レモナは少し不思議そうな顔をする。

真白は窓の外を見る。

港、海、空。

そして静かに言う。

「みんな出たいんですね」

レモナは少し笑った。

「うん」

即答だった。

「私も昔は出たかった」

その言葉に、 真白は顔を上げる。

意外だった。

レモナは島に残った人だから。

でも。

レモナは続ける。

「高校の頃は東京とか大阪とか憧れたし」

「じゃあなぜ?」

レモナは窓の外を見る。

少し考える。

「外へ出てみて気づいたんよ」

「私、この島好きやったんやなって」

答えは単純だった。

でも。

簡単ではない。

出たいと思った。

外を知った。

それでも戻ってきた。

それがレモナの人生だった。

真白は少し羨ましくなる。

帰る場所を選べた人。

帰りたい場所があった人。

自分には。

そういう場所がもう曖昧だった。

夕方。

湊は撮影を終えて店へ戻る。

今日は島の高校生たちを撮った。

放課後。

港。

自転車。

笑い声。

進路の話、東京、大阪、福岡。

みんな島を出る話をしていた。

島を嫌っているわけではなかった。

それが印象に残った。

真白が聞く。

「どうでした?」

湊は少し笑う。

「昔の自分見てるみたいやった」

真白は頷く。

想像できる。

きっと湊も。

あの子たちみたいに。

早く外へ出たかったのだろう。

そして今。

島へ帰りたいと思っている。

人生は不思議だ。

夜。

閉店後。

三人で店の外へ出る。

空には冬の星。

海は静か。

波の音だけが聞こえる。

しばらく無言。

その時。

真白が言った。

「朝倉さん」

「ん?」

「この島」

少し間。

「なくなる前に撮った方がいいですね」

レモナが驚いた顔をする。

湊も黙る。

真白は続ける。

「なくなるって意味じゃなくて」

言葉を選ぶ。

「今の形のままではいられないから」

島も。

人も。

店も。

港も。

全部。

変わっていく。

だから。

残す意味がある。

湊は夜の海を見る。

その言葉が胸に残る。

映像を作る理由。

帰ってきた理由。

それが少しずつ輪郭を持ち始めていた。

遠くで。

最終フェリーの灯りが海を渡る。

誰かが島を出ていく。

誰かが帰ってくる。

その繰り返しの中で。

それぞれが、 自分の居場所を探していた。  そして湊もまた、

その答えに少しずつ近づいていることに、

まだ気づいていなかった。        第四十三章へ続く。

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