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第三十六章 「シャッターの下りた店」

第三十六章

「シャッターの下りた店」

十二月。

冬の風は、 島の色を少しずつ薄くしていく。

観光客の姿はほとんどない。

港も静かだった。

フェリーを待つ人の数も、 以前より少ない。

朝。

レモナは『nagi』の開店準備を終え、 仕入れの帰りに商店街を歩いていた。

昔からある通り。

子供の頃から知っている景色。

変わらないと思っていた場所。

その日。

足が止まった。

一軒の店の前で。

シャッターが下りていた。

張り紙。

白い紙。

見慣れた字。

『長い間ありがとうございました』

レモナは、 しばらくその紙を見つめた。

乾物屋だった。

祖父の代から続いていた店。

子供の頃。

学校帰りに飴をもらった。

祭りの日には、 店先が賑やかだった。

当たり前にあると思っていた。

なくなる、静かに。

誰にも気づかれないみたいに。

「見た?」

声がした。

振り返ると、 常連の松本のおばあちゃんだった。

レモナは頷く。

「昨日閉めたんだって」

「そうなんですね……」

おばあちゃんは、 少し寂しそうに笑う。

「息子さん、 帰ってこなかったからねぇ」

その言葉が、 胸に残る。

帰ってこなかった。

責める意味ではない。

でも。

島では、 時々そういうふうに語られる。

誰かが出て行った話。

戻らなかった話。

店を継がなかった話。

レモナは、 張り紙を見る。

誰も悪くない。

それでも、店は閉まる。

昼過ぎ……

『nagi』は静かだった。

窓際に座る客が二人。

港を眺めている。

それだけ。

レモナは、 コーヒーを淹れながら考えていた。

もし。

自分がこの店を閉めたら。

島の人はどう思うだろう。

常連たちは。

帰省してくる人たちは。

東京から来た観光客は。

そして。

湊は。

その時。

ドアベルが鳴る。

入ってきたのは、 高校生くらいの男の子だった。

制服姿。

少し緊張している。

「えっと……」

レモナは笑う。

「どうぞ」

少年は、 窓際へ座る。

そして。

メニューを見るでもなく言った。

「ここ、 動画に出てた店ですよね」

レモナは少し驚いた。

最近、 「動画を見て来ました」

そう言う客が増えていた。

湊の映像を見て来る人。

少年は、 照れくさそうに笑う。

「受験終わったら、 東京行くんです」

レモナは頷く。

「そうなんだ」

「だから、 その前に見たくて」

少年は、 港を見た。

冬の海。

静かな波。

減便になったフェリー。

それを見ながら言う。

「正直、 早く出たいんです」

レモナは黙って聞く。

「何もないし」

「コンビニも早く閉まるし」

「映画館もないし」           「友達みんな出て行くって言うし…」    その言葉は、 昔の湊も言っていた気がした。

少年は、 少し申し訳なさそうに続ける。

「でも最近、 動画見てたら」

少し笑う。

「いい場所かもって思えてきて」

レモナは、 胸が少し温かくなる。

湊の映像が届いている。

少なくとも、 目の前のこの少年には。

少年は、 レモンソーダを飲みながら言った。

「帰ってくるかはわからないですけど」

窓の外を見る。

「島の景色、覚えてたいなって」

その言葉が、 レモナの心に残る。

覚えてたい。

帰るとは違う。

残るとも違う。

それもまた、 故郷との関わり方なのかもしれない。

夕方。

閉店後。

レモナは、 店の灯りを落とす。

窓の外では、 商店街のシャッターが並んでいた。

昔より増えた。

空き店舗。

消えた看板。

閉まった店。

『nagi』には灯りがある。

今日も、まだ。

レモナは、 店の前へ出る。

冷たい風。

遠くの港。

そして。

スマホを取り出す。

湊とのトーク画面。

しばらく見つめてから、 写真を撮る。

シャッターの下りた乾物屋。

送信。

添える言葉は短かった。

『また一軒なくなった』

数秒後。

既読がつく。

しかし、返事はすぐ来なかった。

たぶん、 東京で仕事中なのだろう。

レモナは、 スマホをしまう。

空を見上げる。

冬の星が出始めていた。

シャッターの下りた乾物屋は、 明日もそこにある。

でも。 店はもう二度と開かない。

レモナは冬の星空を見上げた。

島は、 誰かの答えを待たない。

今日も静かに、 変わり続けていた。       第三十七章へ続く。

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