第三十一章 「今ちょうど中間にいますよね」
第三十一章
「今ちょうど中間にいますよね」
東京に来てから、 湊は少しずつ、 スマホを見る回数が減っていた。
忙しいから。
そう言えば、 たぶん間違いではない。
朝から打ち合わせ。
編集、修正、確認。
気づけば深夜、気づけば終電後、気づけば、 “仕事してない時間” の方が少なくなっていた。
本当に怖いのは、 それに慣れ始めている自分だった。
深夜一時。
編集室。
モニターの光だけが、 薄暗い部屋を照らしている。
湊は、 映像を書き出しながら、 スマホを手に取った。
レモナから、 三件メッセージが来ていた。
『今日港すごい風』
『そっち寒い?』
『ちゃんと寝て』
全部、 数時間前。
湊は、 返信画面を開く。
でも。
指が止まる。
今返しても、 向こうはもう寝ているかもしれない。
明日でいいか。
そう思って、 閉じる。
その瞬間。
小さいため息が聞こえた。 「また返してないんですか」
真白だった。
いつの間にか、 後ろに立っている。
湊は眉をしかめる。
「覗くな」
「見えました」
真白は、 自分の席へ戻りながら言う。
「そうやって、 “あとで返す”増えると危ないですよ」
湊は、 少し苛立ったように笑う。
「お前、 恋愛評論家なん?」
真白は、 パソコンを開きながら淡々と言う。
「違います。 失敗経験者です」
その返しが予想外で、 湊は少し黙る。
真白は、 画面を見たまま続けた。
「仕事忙しくなると、 返信って“作業”になるんですよね」
返したい気持ちより、 返さなきゃ、 になる。
そのうち、 会話の温度がズレる。
湊は、 何も言えなかった。
それは今、 少しずつ起きていることだった。
真白は、 小さく息を吐く。
「……別れた人に言われました」
湊が顔を上げる。
真白が、 恋愛の話をするのは珍しかった。
「“一緒にいるのに、 ずっと仕事と話してるみたい” って…」
編集室が静かになる。
遠くで、 レンダリング音だけが鳴っている。
真白は、 少し笑った。
「その時は意味わからなかったですけど」
今ならわかる。
仕事に集中している人間は、 頭の一部が常に別の場所にある。
目の前の相手を見ていても、 締切や修正を考えてしまう。
湊は、 スマホを見つめる。
レモナのメッセージ。
何気ない言葉。
でも。
その“普通”を維持することが、 離れると急に難しくなる。
真白が、 ふと聞く。
「怖いですか」
「何が」
「東京に慣れるの」
湊は、 答えられなかった。
怖かった。
東京に慣れるほど、 島へ戻れなくなる気がする。
でも。
島だけでは、 満たされない自分もいる。
真白は、 モニターへ視線を戻す。
東京にいても、 どこか島のこと考えてる。
島に帰っても、 今度は東京の仕事が気になる。
「朝倉さん、今ちょうど中間にいますよね」
湊は、 疲れた顔で笑う。
「めんどくさい状態やな」
「かなり」
真白も、 小さく肩を揺らした。
でもそのあと、 静かに言った。
「ただ、 中途半端なまま優しくすると、 たぶん一番傷つけます」
その言葉が、 胸に重く落ちる。
レモナの顔が浮かぶ。
港。
『nagi』。
電話越しの声。
待っている時間。
湊は、 急に息苦しくなる。
好きなのに。
ちゃんと大事なはずなのに。
気づくと、 話せない日ばかり増えていく。
スマホを開く。
短く打つ。
『今終わった』
少し迷ってから、 続ける。
『声聞きたい』
送信。
既読は、 まだつかない。
東京の夜は、 今日も明るすぎた。 第三十ニ章へ続く。




