第二十章 「好きなまま、傷つける」
第二十章
「好きなまま、傷つける」
翌朝。
雨は止んでいた。
でも、 空はまだ重たい灰色だった。
港へ向かう道を、 湊は一人で歩いていた。
昨夜、 結局ほとんど眠れなかった。
レモナを家まで送ったあと、 二人とも、 最後まで普通を演じてしまった。
「おやすみ」 「……おやすみ」
レモナの背中が見えなくなるまで、 湊はその場から動けなかった。
抱きしめもしなかった。
引き止めもしなかった。
あの瞬間、 どちらかが泣いていたら、 まだ違ったのかもしれない。
でも二人とも、 大人になりすぎていた。
港には、 朝のフェリーを待つ人たちがいた。
スーツ姿。
学生。
旅行客。
みんな、 どこかへ向かっていく。
湊はベンチに座る。
潮風が冷たい。
スマホを開く。
レモナとのトーク画面。
昨夜から、 何も増えていない。
打とうとして、 消す。
『昨日ごめん』
違う。
『ちゃんと話したい』
それも違う。
言葉が、 全部遅い。
その時。
「うわ、 世界終わった顔しとる」
航平だった。
缶コーヒーを片手に、 呆れた顔をしている。
湊は苦笑する。
「そんな顔か」
「島の猫でももうちょい希望ある」
航平は隣に座る。
少し沈黙。
それから、 まっすぐ聞いた。
「レモナ泣かせた?」
湊は答えられない。
その沈黙だけで、 十分だった。
航平は小さく息を吐く。
「お前さ」
「……うん」
「ずっと、 優しいままで解決しようとするよな」
その言葉が刺さる。
航平は海を見る。
「でも恋愛って、 たまにちゃんと悪者にならんと、 前進せんぞ」
湊は顔を上げる。
航平は続ける。
「どっちも失いたくない、 はわかる」
それは、 湊自身より、 他人の方が理解しているくらいだった。
「でもな」
フェリーの汽笛が鳴る。
「選ぶって、 片方傷つけるってことや」
静かな言葉だった。
でも、 逃げ場がなかった。
湊は、 拳を握る。
「……じゃあどうすればよかったん」
思わず、 声が強くなる。
「夢諦めればよかったん? レモナ選べば正解なん?」
航平は、 少し驚いた顔をした。
湊が、 こんなふうに感情を出すのは珍しい。
「逆や」
航平は静かに言う。
「“正解探し”しとる時点で、 お前まだ逃げとる」
湊は黙る。
航平は缶コーヒーを置く。
「恋愛も夢も、 選んだ後に後悔するんよ」
その言葉は、 妙に現実だった。
「島残っても、 東京行っても、 絶対どっかで “もう片方の人生” 想像する」
風が吹く。
曇った海が揺れる。
「でもな、 選ばんままやと、 両方壊れる」
その一言が、 胸に深く沈む。
湊はようやく理解する。
自分は、 “傷つかない答え” を探していたのだ。
でもそんなもの、 最初からなかった。
“選ぶ”ということの重さが、
初めて現実として胸に落ちた。
誰かを選ぶということは、 誰かを傷つけることでもある。
フェリーの白波が、 ゆっくり港に広がっていく。
航平は立ち上がる。
「まぁ、 レモナも不器用やからな」
「……うん」
「お似合いやで、 最悪な意味で」
そう言って笑う。
でもその顔は、 少しだけ安心したみたいにも見えた。
「ちゃんと話せ。今度は逃げんな」
航平はそう言って、去っていく。
港では、フェリーがゆっくり岸を離れていた。
白波だけが、灰色の海に長く残る。
湊は、その景色を見つめたまま動けなかった。
好きなまま、傷つけてしまうことがある。
白波だけが、灰色の海に長く残っていた。 第ニ十一章へ続く。




