第十一章 「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま」
第十一章
「瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま」
雨は、 少し弱くなっていた。
港の屋根に落ちる雫が、 一定のリズムで響いている。
フェリーはもう、 海の向こうへ小さくなっていた。
レモナは傘を閉じる。
ぱたん、と音がする。
「高城さん、 帰ったんだ」
「うん」
「綺麗な人だったね」
またその言い方だった。
責めるでもなく、 探るでもなく。
だから余計に、 湊は逃げ場がなくなる。
レモナは売店の方を見る。
「あ、まだある」
「何が?」
「春限定」
そう言って指差した先に、 見慣れたポスターがあった。
『瀬戸内レモンタルタルベーコンてりたま
販売終了まであと3日』
二人で、 少し笑う。
「煽ってくるなぁ」
「毎年終わる直前だけ、 急に人気出るんよ」
レモナは売店へ入る。
「食べる?」
「朝から重くない?」
「恋愛の話してる時点で、 もう十分重い」
湊は吹き出す。
その笑い方が、 少し救いだった。
数分後。
港の待合室。
プラスチックの椅子。
雨に霞む海。
二人並んで、 包み紙を開ける。
レモンの香りがした。
甘いてりやきソース。
タルタル。
ベーコン。
ぐちゃぐちゃで、 まとまりがない。
でも、 妙に美味い。
高校時代から変わらない味。
レモナが言う。
「最初食べた時、 意味わからんかった」
「名前長すぎるしな」
「絶対ふざけてると思った」
「実際ちょっとふざけてるやろ」
二人で笑う。
その空気が落ち着いた頃。
レモナが、 ぽつりと呟いた。
「でも、 恋ってちょっと似てる」
湊は彼女を見る。
レモナは、 バーガーを見たまま続ける。
「爽やかなだけじゃないし」 レモナは、包み紙を指でいじる。 「なんか、後味ずっと残るし」
雨音が静かに響く。
湊は思う。
このタイトルみたいな恋を、 自分たちはずっとしていたのかもしれない。
綺麗じゃなくて。
タイミングも悪くて。
ちゃんとしてなくて。
でも、 ずっと心に残っている。
レモナが、 小さく笑う。
「高校ん時さ」
「うん」
「私、 絶対告白されると思ってた」
「……うん」
「だから卒業式、 めっちゃメイク頑張った」
その告白に、 湊は胸が痛くなる。
知らなかった。
本当に。
レモナは笑う。
「なのに来ないし」
「……ごめん」
「うん、 めちゃくちゃ腹立った」
言いながら、 彼女は少し泣きそうだった。
「でもね」
窓の外で、 フェリーが汽笛を鳴らす。
「もっと嫌だったのは、 嫌いになれなかったこと」
その言葉が、 静かに刺さる。
十年。
別々に生きて。
別々の景色を見て。
それでも。
終わりきらなかった。
湊は、 包み紙を握る。
逃げたくなかった。
今度こそ。
「……俺、 好きやった」
レモナの肩が、 少し揺れる。
「ずっと」
声が震える。
情けないくらい。
でも、 止めたくなかった。
「東京行っても」
「終電の編集室でも」
「コンビニで缶コーヒー飲みよる時でも」
「結局、お前思い出しとった」 雨音だけが、 待合室に残っていた。 誰もいない港で、 二人の呼吸だけがやけに近かった。
レモナは俯いたまま、 笑った。
泣きそうな声で。
「遅いんよ、ほんと」
「……うん」
「十年くらい遅い」
「うん」
でも。
彼女は、 離れなかった。
待合室の窓に、 雨粒が流れる。
レモナは、 少しだけ顔を上げる。
「ねぇ湊」
「ん?」
「今度は途中にしない?」
その言葉に、 湊はゆっくり頷いた。
「うん」 ようやく。
本当にようやく。
二人の春が、 動き始めた気がした。 第十二章へ続く。




