第9話
「まあ、愛沙はそんな系統の服が多いかな。あと作業着みたいなんもよう着とるよ。」
もちろん狩猟スタイルのことを指している。
「愛沙はワイルドな娘だけぇね。」 と付け足した。
「ほう。ワイルド……とな?……で、ワイルドとは、どういった意味だ?」
ハハ、そこに興味を持つのか?とちょっとおかしかった楓であるが、
「愛沙はね、あの年で狩猟をやっとるんよ。ワイルドじゃろ?」
「“しゅりょう”とは……?」
アイシャには少し難しい単語だったのか、疑問符で返ってくる。
「狩猟はね。山とかで動物を狩る……(じゃ、わかりにくいか?)
仕留めることを言うよ。(日本語は難しいなぁ)」
楓が説明をしていくと、アイシャの理解が追い付いてくる。
「野生動物や魔獣を狩る……という意味であっているか?」
そうだよと答えようとした楓は、
アイシャの発した単語の中に不穏な言葉が混じっていることに気付く。
「……ねぇ、今、マジュウって言うたん?」
何気ない会話だと思ったところに飛び込んできた驚愕ワードに楓が慌てる。
「ああ、野生動物に魔獣だな。小さいのから大きいのまでいろんな種類がいる。」
当然だろ?という感じで普通に返されても……
途端に愛沙の顔が脳裏に浮かぶ。
(大丈夫か? ……愛沙まさか、本当にアイシャの居た世界に飛んじゃった……
なんてないよね。)
そして思いあたる。
愛沙から折に触れて聞かされていた世界の話……
いやいやあれは小説の中の世界の話。
(そうか。魔獣がいるのか……その……なんだろう?)
問題発言のはずなのに、意外とすんなり受け入れてしまっている自分が怖くもなる楓
(……愛沙……)
アイシャを視界に捉え、そんなはず……ない。と、頭を振って切り替える。
そして、愛沙から聞いていた話が断片的に浮かび上がってくる。
(い、異世界ファンタジー? 愛沙がよぉ言うとったやつじゃん。
異世界行ったら、なんやったっけ……スキル?チート?
魔法で魔獣倒して無双するんが定番、って
あ〜、こんなことなら一冊くらい読んどきゃよかったわ。)
(で、だ。アイシャの話から“魔獣”が飛び出したんよな……。
魔獣って言うたら、セットで“魔法”がある世界、
って愛沙がよぉ語っとったやつじゃん。
スキル? チート? 無双? なんかそんな話ばっかし……)
頭の中で思考が渋滞を起こし、楓はブンブンと頭を振る。
(いやいや、待て待て。あれは“物語の中”の話じゃろ?
現実にあるわけ……ない、よな?)
思わずゴクリと喉が鳴った。
(……ここまで聞いてしもうたら、もう気になって仕方ないわ。
聞かんわけにはいかんじゃろ、これは。)
楓が長いあいだ黙り込み、何やらブツブツとつぶやいているのを見て
アイシャは少し心配になる。
「私が、何かおかしなことでも言ったか?」
(……は?……おかしなというより大問題じゃ!
魔獣じゃぞ!! 魔法じゃぞ!!!)
思わず、口にしそうになるのを懸命にこらえ、努めて冷静に振る舞う。
「え~と、念のために聞くけれど……その、魔法がある世界なんだが?」
そう って言われたら愛沙大丈夫?って不安になる案件なんだが。
「マホウ?」
一瞬キョトンとするアイシャ。
(よかった……。)
楓は、ホッとした表情になる。
ぶっ飛んだ世界からの転移?だったら……と
愛沙の身が案じられると思っていたからのことだが、
「……あぁ。ネルグのことか?当然私も使えるぞ。」
アイシャの発言に何も悪気はない。
彼女の常識から当たり前の質問として回答したまで。
「え、ちょっと……ごめん。また、頭がついてこんで。」
楓が何やら慌てている様子にアイシャは怪訝な顔をする。
(また出たわ。この驚愕ワード……“ネルグ”?
名前が違うだけで、どう考えても“魔法”のことじゃろ、これ。)
オーバーヒート寸前の楓の頭は期待以上?の返答をぶち込まれて、
何から処理して良いかに戸惑う。
取り敢えず情報の更なる流入を阻止すべく、
アイシャの発言を手で制止するので精いっぱい。
「ちょっと待ってぇな。」
楓は一旦立ち上がると部室の窓を開けに行く。
外の空気を胸いっぱいに吸い込んで大きく吐く。
「ふーぅ……(もう一度……)」
(あぁ……愛沙ァ……)
心に湧き出る不安を追いやるように、大きく息を吸って静かに吐いていく。
それを、二度ほど繰り返す。
……少し、落ち着いた。
どうやら脳にも再び酸素が回り始めた様子。
深呼吸を終えたところで再び窓を閉め、アイシャの前に陣取って座り直す。
(……これ、うっかり誰かに聞かれたら終わりじゃろ。
こんな話、絶対に人に聞かれてええ内容じゃないけぇ……
愛沙の名誉にもかかわる...)
もし人の噂にでも上がれば、愛沙の姿そのもので、
たとえ中身がアイシャであろうが関係はない。
なにせ他の人はアイシャのことなど知らないし、そもそもこんな話信じる人なんか……
(周りに誰も居らんでよかった。)
楓の率直な感想が漏れる。
「大丈夫か?楓。」
楓の戸惑いが伝わったのか、アイシャが楓を気遣うように声を掛ける。
「なんとか落ち着いた。……アイシャはネルグ使えるって言ったよね?」
「……あぁ、言った。やって見せようか?」
楓は、しばらく考えたのち静かに言った。
「危なくないやつで頼むで。」
「当然だ。わかっている。それでは、火のネルグから……」
出現させる焔の大きさを調整するためか、
アイシャは、改めて部室の中を見回すと静かに目を閉じて……
ボッ
指の先にホワッと優しい赤い焔が灯るが、同時にかすかに揺れる。
(痛ッ……)
焔の揺れに合わせる様にアイシャの身体にかすかに痛みが走る。
気になるほどではないが何かおかしい。
楓は、出現した焔に思わず見入るがすぐに我に返り、目の前の衝撃に頭を悩ませる。
(うわ~。マジのやつやー!)




