第7話
「……しらいし……かえで……」
噛みしめるようにゆっくりと口にしながらも
楓から視線を外すことなく、しかし少しずつ緊張は解いている。
楓は愛沙の反応をただじっと見つめている。
泣き出したいのを一生懸命こらえながら……
傍から見ると何とも言えないおかしな表情に見えるだろう。
「……おさな……なじみ……」
愛沙そう口で呟くと、目元から力が抜け、見るからにやわらかい表情に戻ると、
「おさななじみ……は、わかる。」
とはっきりと口にした。
「……ほんま、心臓止まるかと思っただけぇ……。 もう、そげな冗談やめてぇな……ほんに……。」
とたんに楓の目から涙がこぼれる。
「すまぬが、ここは、いやここは何という地なのだ?」
周囲を忙しなく見まわす愛沙の口から予期しない言葉が飛び出すと、
楓の表情は再び凍り付く。
(……いま、何て言った?)
楓は自身の耳を疑った。と同時に愛沙の目をじっと見返す。
(でも、間違いなく 愛沙……意識を失って、一時的な記憶の混乱??)
愛沙のその言葉に一言も返さず、楓は撮影中だった愛沙の携帯と自分の携帯を拾うと、愛沙の腕を掴んで一息のうちに部室に引き戻す。
手近にあった椅子に愛沙を座らせると、
携帯を操作してさっきまで撮影していた動画を見せる。
「愛沙。これ、見て。」
愛沙の目前に携帯を差し出しつつ楓は愛沙から視線を外さない。
愛沙は黙って目前に突き出された携帯の画面に視線を走らせる。
映し出されているのは先ほど撮影した動画だ。
愛沙の表情に一瞬だが驚愕の色が浮かぶ。
「……これは……なんだ?」
愛沙が発する言葉より、楓は先ほどの愛沙の一瞬の表情の変化の方が気になった。
「あんたの動画……わかる?」
楓の声に抑揚はなく、ただ事実を確認していると言った口調。
「……どうが? ……わたし?」
その声に黙って頷く楓。
「……私じゃない。」
愛沙が携帯に流れる動画を見て強く言う。
「……ほらな?そうなるわな~?……」
楓は携帯動画を止めて愛沙に携帯を返しながら答える。
「うん?」
突き出された携帯に首を傾げる愛沙を見て楓はいよいよ確信する。
「……愛沙じゃ、ないんだわ……。」
「わたしは……アイサ……じゃ……ない。」
愛沙の口は確かにそう言った。
「……なら?あんた、誰だって?」
楓が探るように、しかし、あの愛沙ではないと確信をして目の前の愛沙に尋ねる。
「私はアイシャ。……アイシャ・キルミモーゼ。」
「アイシャ・キルミモーゼ……って? ……ほんに、それが……あんたの名前なんだが?」
楓は懸命に頭を働かせる。
(目の前の少女……どう見ても……愛沙……が、アイシャ・キルミモーゼ? ……なら、ほんまの愛沙は?)
「私から尋ねてもよいか?」
アイシャは楓に向かってしっかりとした口調で問う。
「……あ、ええよ。」
突然思考の淵から呼び戻されて目の前の愛沙……
いやアイシャの問いに反射的に答える。
「ここは……?」
先ほどと同じ様に、部室の中をキョロキョロと見まわしながらアイシャが聞く。
(声はまさしく愛沙そのもの……というか体は愛沙だろうから……当然か?)
楓はそんなことを思いながら、
「ここは弓道部部室なんだけど……」(ってそんなこと聞きたいわけじゃないよね?)
などと意外に冷ややかに自身に突っ込んでいると、
「……この狭い部屋のことではなく。この国?というか世界のことだ」
アイシャは全体を表すように腕を大きく回しながら、
この世界のことだと身振りで表しながら伝える。
楓は長くなるぞと思い、一つため息をつくと
(……狭いって……ハハ……)
部室内を見回して、しっかし、愛沙の世界観かよ。と悪態をつきながらも、
「ここは日本という国。う~ん。……わかんなかったら途中でも聞いてね?」
と念を押しながら続ける。
「……二ホン? ……私もすべての国を知るわけではないが……すまぬ。聞いたことがない。」
早速アイシャから質問が出る。
「日本を知らないとすると……アイシャは……アイシャと呼んでいいわね?」
「構わぬ。」
こくりと頷くアイシャ
「なら、アイシャはどこの人?」
楓はアイシャへと質問をぶつける。
「私か……私の家は、アルスレンドル王国……
アルスレンドル王国のナノイル郡にある……知らぬか?」
話の途中で、楓の表情から『わからない』と言いたげなのを感じ取ったのか、
急に尻すぼみになる。
『アルスレンドル王国』
楓は携帯で検索をしてみる。
無情にも、画面に表示されるのは……
『一致する情報が見つかりませんでした。』
(当然よね)
知識として聴いたこともなく、さすがの楓もここまで来ればしっかりといつもの調子を取り戻しており一切の気後れはない。
(それじゃあ、しっかりと聞き取りしていくか)
昼までかかってアイシャから情報を聞き出そうとしたものの、
核心につながりそうな情報は得られず、
逆にアイシャに日本のことを教えていると
ちょうどお昼の町内放送が流れる。
「もうこんな時間か」
スピーカーから流れる聞きなれた、けれど曲名も知らない謎の曲を聴きながら
楓はアイシャに一息つこうと提案し、
朝出かけに持たせてもらったおにぎりを一つアイシャに差し出した。
「ほら、食べなよ」
楓は自分用の一つにかじりつきながら、
差し出したおにぎりに首を傾げるアイシャに構わず押し付ける様に手渡す。
その上で、お手本を見せるように再び自身のおにぎりにかじりついた。
「これは……素朴だが、実に良い味だな。」
アイシャは見よう見まねでかじったおにぎりの味に感心しつつ
「これは、なんという食べ物だ?」と聞く。
「これは、おにぎり。
中の具材一つで、味に違いが出るからねぇ」
話しながらも、アイシャのかじりかけのおにぎりの具材をのぞいて確認する。
「なにかあるのか?」
ふいにのぞき込む楓に、かじりかけのおにぎりをまじまじと見なおし不思議顔のアイシャ
「いや、そっちの具材はなにかなぁ?てね。」
話しながら楓は不思議な感覚だった。
愛沙と話すときはもっと言葉があれだけど、
他の子相手やと、方言が強すぎたら『え、方言すご』って思われそうで、
ちょっと抑えるんよね。とあたかもいま標準語を話しているような感覚で『似非』やけど……楓はやっぱり愛沙が愛沙じゃないと何となく理解してしまった。
それは、それだけアイシャを愛沙とは別人格と認識している自分なんだと感じている証左と捉える。
「愛沙はどこ?」の答えは見つかりそうもない。体はそこにあるのに……
今回もお読みいただきありがとうございます。感謝です。




