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ふたりの世界が触れる場所 ―世界の違うふたり、そのあいだに立つ少女―  作者: SHIRUSHI08


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5/12

第5話

その夜、愛沙はまた夢を見た。

その夢は、いつも誰かの静かな呼び声から始まる。

けれど、不思議と怖さはない。

ただ、やさしく包まれるような感覚だけが残る。


女の子が、両親と話をしている。

(女の子の名前は、……そう、アイシャ)

何の他愛もないそんなシーンだ。

ただただ、温かい感じはするがどことなく物悲しくて……

(……でもなぜ? どうして、もの悲しく感じるのだろう?)

それでも、お父さんとお母さんのアイシャへの愛情は、ひしひしと伝わってくる。

そして、何かはわからないが両親がアイシャにしているのは、

何かは聞こえないけれど、とても大切なお話...…のはず。


それなのに……


目が覚めるといつも、話の中身が思い出せない。

大切なはずの両親の顔すら、霞がかかったように思い出せない。

夢の中のアイシャはおそらく3~4歳の女の子。

まだ幼いから、記憶に残らないのかもしれない。

なぜ、記憶に残らないと思ったのかは愛沙自身にもわからない。

(幼いから……だけ?) 

最初にその夢を見たのは、たしか……ちょうど一年前。

高校2年になったばかりの春頃だった。


最初は、どこかの女の子に誰かが話しかけている、ただそれだけの夢だと思っていた。

そんな認識……。

それが、何度も繰り返しこの夢を見る様になって、

その子の名が、アイシャだと知った。


そして、アイシャに話しかけてくる人が、……アイシャの両親。

やがて、自分がアイシャと重なって……あれは、私の……お父さん? お母さん?

アイシャと夢の中のお父さんお母さん。...愛沙と現実世界のお父さんお母さん。

同一人物ではないと頭ではわかる……けれど、

夢の中の両親は顔すら思い出せない……なぜ……?

それでもわかる……。 アイシャは紛れもない私……愛沙。

夢の中では愛沙はアイシャ。

今ではすっかりアイシャと自分が重なって、アイシャとして生活しているよう。

(これで一本小説が書けるかな?)

そんな考えがふと浮かぶ。

でも、盛り上がるような要素はどこにもなく、ただ日常が流れるだけの話になりそうだ。

(そもそも私、文才ないし……)

それとも割り切って、ただの民族文化の記録として、

何を食べ、どんな服を着て、どのような生活をしているかを

淡々と記すだけでも価値はあるのか? などとおもいつつ


そう。あの本棚に見えたかわいい表紙の本。

アイシャのための絵本かもしれない。

もっとも、夢の中の人たちに過ぎないはずなんだけど……

それでも……

今度、夢に見た時は思い切って本を手に取ってみようか。

「よーし!」

そんなことを思いながら、愛沙はベッドの上で気合の入った声を上げると、

さっさと着替えて階下のリビングへと駆け降りる。

今日は学校もクラブも休みなフリーな一日。

こんな貴重な一日を無駄に過ごすつもりなど微塵もない

愛沙は、まだ早朝6時であっても躊躇はない。


「おはよう!」

木杜家の朝はいつもこんな感じ。

それでも、一番遅い愛沙が挨拶の声を掛けると

お母さんとおばあちゃんが「おはよ」と。

おじいちゃんは、特に声には出さないがうんうんと頷いてくれる。

「おまえなぁ、毎朝ドッタンバッタン……階段くらい静かに降りれんか。」

お父さんはというと、朝から元気すぎる愛沙に苦言から始まる。

そんな父の声を背中に受けつつも

(……失礼な! うち、そんなドスドス言うほど重うないし!)


洗面所で素早く洗顔と髪にブラシをかければ、

リビングに取って返して、お母さんとおばあちゃんの配膳の手伝いに入る。

おかずを食卓に運んでいると、おじいちゃんから

「今日、楓ちゃんに猪ん肉、持ってってやるんじゃろ?」

「うん。そげ」

おかずの皿をコトリと卓において、

「あっ!楓んとこ、ようけ持ってってもええよな?きっと喜ぶけぇ!」

「ああ、構わんがな。半分はおまえが捌いたんじゃけぇ、好きなだけ持ってってやれや」

と言ってもらえたところで、ドスン!と音がするほどはさすがに持っては行けんし……

「ありがとっ!ほんなら、バラとモモ、ちょこっともろてくけぇ〜」

「ひれも持ってってやれや。」

じいちゃんが愛沙を見て笑みを浮かべる。

「うん。そうする。」


本格的に出かける用意が出来たら次は別棟の小屋に置いてある大型冷凍庫に直行する。

上開きの扉を跳ね上げて持っていく肉の算段だ。

(バラにモモに……ヒレっと)

比較的部位ごとに取り分けてある中から、

お目当ての部位を取り出してビニール袋に入れていく。


当然だが、部位ごとに調理法も違えば食感も味も違う。

(楓も運動系だけぇ、うちと一緒で肉はガッツリ派なんだが〜)

と楓の食事風景を思い出し、もうちょっと持ってってやろう。

そう考えると、いったん取り出した部位をそれぞれ一回り大きな塊に選び直す。

(うちら、また獲りゃええだけだけぇな)

袋に入れた塊を持ち上げてみると、予想よりも重い。仕方なく自転車を小屋まで持ってきて後ろの荷台と前のカゴに分乗させて運ぶことにした。

「うん、行くかの」

元気よく自転車にまたがり立ち漕ぎよろしく、力一杯漕ぎ出す。楓の家まで約5分。


「楓~っ!来たよぉ~」

乗ってきた自転車を楓の家の玄関前まで横付けし、玄関扉を開けて中に呼び掛ける。

「あ~。はいはい。」

しばらくすると、家の中から応対の声が。

「愛沙で~す。」

玄関に出てきたのは楓のお母さん。

やってきたのが愛沙だと分かると、楽しそうな笑顔に変わり

「あら、愛沙ちゃん。ようこそ」と迎えてくれる。

「おはようございます〜!おばちゃん、

 今日な、猪ん肉また獲れたけぇ、

 ちょっと持ってきたんよ。おすそ分けで〜す。」

「あらあら、また持ってきてくれたん?

 ほんに、ようけ気ぃ遣わせてしもうて…ありがとねぇ」

「いえいえ、ちょっと待っとってください。

 今、自転車から降ろしてきますけぇ。」

固定していたロープを解いて袋に入った肉を玄関に運び込む。

「こっちがバラで、これが……モモ。 そしてこれがヒレです。」

と順に手渡していく。

「バラに、モモに、ヒレね」

おばさんは袋の中を覗きながら一つ一つ丁寧に並べていく。

「こげにようけ、ありがとねぇ。重たかったじゃろう?」

「さすがにちょっとね」

と愛沙はおばさんに大きく笑みを返した。


「で、たぶん大丈夫とは思うけど、

 もし傷んどるとこあったり、なんか変じゃな〜って思うたら、

 ちゃんとトリミングして使ってな」

愛沙は、毎回伝えていることだがと思いつつ、これだけはと、念を押す。

刃先も清潔にして、丁寧に切り分けているつもりでも、

解体中に汚したり、もしかしたら表皮に触れたりして

肉が悪くなっている場合もある。なので、

ほとんど自己責任でもあるんだが、やっぱ美味しゅう食べてもらいたいんよ。

「はい。わかったわ。」

おばさんは、並べた肉を運ぶ準備をしながら、

「あの子まだバタバタしとるけぇ、よかったら上がって待っとってな〜」

見ると、やはり重かったのかおばさんは袋を二つ下げて奥に入って行く。

(そりゃまぁ、いっぺんに持ちゃあ重たいわな。うちでもちぃとキツかったし)

「おじゃましま~す。」

靴を脱ぐと玄関に残された袋を持っておばさんの後を追いかけた。


「ごめんて〜、待たせたなぁ?」

謝っているのは、楓。

愛沙が少しばかり早く着いただけなので、決して謝るほどのことではないのだが……

とうぜん、愛沙の方もぜーんぜん気にはしていない。

「うん?またかや?」

あのあと、肉を台所に運んで、

おばさんに入れてもらったコーヒーをゆっくりと飲みながら

世間話をしていただけだから一向に苦にもなっていないというのに。

「ほれ、これ持っていきな〜」

家を出る時にはおまけにと手作りのおにぎり包みまでいただいた。

「うちの母さん、しゃべり出したら長いだけぇなぁ…まぁ、それも込みで、な」

楓の言うことに、失礼かもとは思いつつ、

おばさんには確かにそのきらいはあるなぁと、

愛沙は思わず(あ~)と思ってしまった。

「で、今日は弓持って帰るん?」

最初は学校で手入れをしてしまおうかとも思っていて、

その準備も、また、せっかくおにぎりも作ってくれたのではあるが、

「春休みなるけぇ、いったん家に持って帰ろうか思うとるんよ。楓はどうするん?」

「う〜ん…弦も張り替えたいしなぁ…。うちも持って帰るかのぅ」

「なら、いっしょにうちでやりゃええが〜。二人の方がやりやすいけぇな」

「うん。そうしよっか。」




今回もお読みいただきありがとうございます。次回も楽しみにしていただければ嬉しいです。

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