第4話
的場で楓たち部員が騒いでる一方、
愛沙は愛沙であの一瞬見えた光景に戸惑いを感じていた。
(何だったんだろう?)
「愛沙~っ。10本、射ったんよな?」
愛沙は、楓が的場から呼ぶ突然の大声にびっくりしながら返す。
「うん…10本、射ったよ。ちゃんと」
その返事に的場の部員たちが更にざわつく。
楓たちが的場から9本の矢を抱えてきて、愛沙の前に矢を並べる。
「うちも見てきたけどな…やっぱ9本しかなかったわ。 ……一本はずした?」
確認するように楓が聞く。
ふと、愛沙の頭を霞を切り裂きながら突き進む 矢 の映像がよぎる。
しかし、かぶりを振ると少々自信なさそうに愛沙は答えた。
「…10本、ちゃんと射ったと思うんだけどなぁ…」
「うち、最初から見とったけどな。愛沙、ちゃんと10本、射っとったで」
話を聞いていた部長がやってきて間違いなかったと愛沙の言葉を擁護する。
「…にしても、…外しとらんはずなんですけど、回収できたんは9本だけでした…」
部員一同首を傾げるしかなかった。
帰り道。
さすがに陽が沈む時刻にもなると肌寒さが一段と増す。
部活中は体を動かしていることもあって寒さを忘れがちではあるが、
今日の愛沙は違う。
今でも、先ほどの感覚が鮮明に心に残っていて、
気持ちが高ぶり一向に寒さを感じていない。
愛沙にとっては、弓道場での出来事はそれほどに衝撃的であった。
しかし、部員がひとりとして口にしなかったことから
愛沙の見た森や、目前に広がった霞、
そしてその向こうの『何か』についても
気のせいとは思えない。でも……
私の一挙手一投足を見守ってくれていた楓ですら、その現象に触れない。
霞を突き抜けた矢。その先の何かを射たその感覚....手ごたえが、まだ愛沙の中に残っていた。
「……10本目、うち……確かに射ったんよ。」
まっすぐ前を向いて歩きながら隣を歩く楓に話す。
「うん。知っとるよ。うち、ちゃんと見とったけぇ」
楓は愛沙の横を歩きながら、特に振り向きもせず前を向いたままでそう答える。
「……楓……あの時の10射目なんだけどな……
うち、なんか変な感じしたんだが。 ……楓は、なんも……気づかなんだ?」
楓は愛沙の思いがけない問いかけに正面を向いたまま視線だけで表情を伺うと、
「…どんな感じだったが?話してみて」
と続けるよう促す。
「……矢、離す直前にな……景色が、急に変わったんよ。
なんて言うか…まったく別の場所におるみたいで…」
頭では整理したつもりが言葉にしてその感覚を伝えるのは難しく、
言葉選び一つをとっても難しい。
(しかし言わないと何も伝わらん……。見て、感じたとおりに)
愛沙は話を続ける。
「変な靄みたいなんが、ふわ〜って出てきてな……
気づいたら、うち……それに向かって、射たなきゃいけん気がしてしもうて……
思わず、射ってしもうたんよ……」
「うん」
楓は相槌で続けろという。
「……あの時の矢。うち……靄に持ってかれたんかもしれんって…思うたんよ…」
「……霞が矢を持って行った……か。
けど、霞って....普通は、ただの空気の揺らぎじゃろ?
物を運ぶなんて、ありえんがな…」
しばらく無言で歩き続ける二人
楓が沈黙を破る
「なあ、愛沙。もしほんまに霞が持って行ったんやとしたら…
その矢、どこに行った思う?」
その言葉に、愛沙は楓の顔を正面から見据える。
「……信じてくれるん?
うちが10本射ったんは、うちも分かっとる。
けど……あの霞に持ってかれたって感覚だけは……
うちの中だけのもんで……はっきりとは、説明できんだが……」
「……部長も言うとったし、うちも見とった。愛沙、ちゃんと10本、射っとったで」
「うん」
「じゃけどな、1本だけ行方知れずなんは事実で、
周りにも見当たらんかったんよ。これも事実」
「……そう」
楓はしばらく黙ったまま歩いていた。
風が吹き抜け、道端の枯れ草がかすかに揺れる。
何かを言おうとして、言葉を探しているような沈黙。
「……なあ、愛沙……」
ぽつりと口を開いた楓の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「ほんならもう…異次元とか、異世界とか、そげなもんしか行き先の説明つかんがな」
「……いや、楓の口から“異世界”とか出るとは思わんかったわ……」
思わず笑みになる愛沙
「まぁな。どっちか言うたら、あんたの方が先に言いそうな気ぃするけどな」
楓は愛沙にニヤリと視線を送った。
今回も読んでいただきありがとうございます。




