第17話
昨夜は長かった。
楓は、布団に入ったまま何を見るでもなく天井を眺め、ただ心地よいまどろみの時間を満喫している。
(何もかにも全てはアイサの...)と昨日の思いもかけない出来事を思い返しながら横を向く。
しかし、隣にいるはずのアイサの姿はなく、きれいに敷かれた布団が見えるだけ。
(トイレかな?)それ以上気にすることもなく反対側へと寝返りをうつ。
「う~ん。」器用に伸びをしながら、寝返るとその先にアイサの背中が見えた。
(なにしてるんかな?)楓は寝ぼけた頭でそんなことを考えながら、アイサの背に話しかける。
「もぅぉう、ぅおーくとうん(もぉ~、起きとるん)?」大きなあくびを噛み殺しながら話す楓の言葉は何を言っているのかわかりづらい。...いやわからない。
「あっ。起こしてしまったか?」アイサは楓の声に反応し、読みかけていた本を閉じて振り返る。
「ううん。どうせ起きる時間やし。」まだ十分過ぎる眠気を漂わせながらも、先ほどよりは少しスムースに話す。
(何か興味引くもんでもあったんかな‥)
「んーっ。 何読んでたん?」
アイサが手にしていた本が気になった楓は、布団の上で上体を起こし大きく伸びをしながら聞く。
「ん?これか?」アイサは手に持っている歴史の教科書へ視線を落としつつ、
「勝手にすまなかったが、面白そうなものが見えたので読ませてもらった。」と閉じた本を机に戻す。
「あー、全然ええよ。」楓は目をこすりながら、ぼんやりとこたえる。
「てか、それ教科書だが、アイサの荷物にも入っとるよ。」楓がそう教えてあげると、アイサはほんとにうれしそうな笑顔になる。
「本当か?」素早く自分のカバンをみつけると、すぐさまカバンに取り付いて中を確認する。
「‥こんな面白そうなものが、私の持ち物にも。」とカバンから教科書を取り出すとパラパラとページを捲って確認する。
その様子を微笑ましく眺めていた楓は、アイサの話し方がまた戻っているのに気づき、
「てかアイサ。また口調戻っとるで。」とすかさず指摘する。
教科書に夢中になっていたアイサは、教科書から目を外すと、そうだったかと自分の話しぶりを振り返り
「そうか?あーすまな...えっと、ごめん。気を付けます。」とただちに修正に入る。
「そうそう。気ぃ付けんといけんで。」
(教科書見つけて喜ぶなんて、優等生愛沙やな)楓は、愛沙がつい先日の期末試験で学年トップをとっていたことを思い出す。
(それに、うちはなるべくなら教科書には触れたくないんだけどね)
そう心の中でぼやきながらも、テストの点だけはそこそこ取れてしまう自分が、ちょっとだけ面倒くさい。
そこそこの大学を狙える実力はあるが要は気持ちの問題。
「ほんで、どれだけ読めたん?」楓がアイサに尋ねる。
「あぁ...うん,あらかたね。」
アイサの何気ない返答に思わず楓は マジで? と驚き、
「へぇー、で、どんな?おもっしぇー感じ??」と聞く。
「とりあえず目を通したという程度だけど、そうだなぁ..」愛沙は話しながら楓の机に戻ると一冊の教科書を手にして、
「これなんか..」アイサは数学の教科書を手に取り話を続ける。
「今はよくわからないけど‥解れば素晴らしい知識になると、そう感じた。」そしてまた振り返って並んでいる本を見渡すと、
「うん。全部面白そうだ。」とそれは嬉しそうに笑う。
「へぇー、すごいなアイサ。そんな短い時間で、そげん読めたん?」
「だから、ほんの少し、目を通す程度だよ。」口ぶりからは謙遜というよりも、残念ながらという気持ちが伝わってくる。
しかしそこで、アイサはハッと気づいたように、
「というか、教科書ということは..学校か?愛沙も行っていたのか?」と少し興奮の混じった声で聴いてくる。
楓は一瞬その勢いに気圧される。
「もちろん。」
楓の返事にさらにテンションの上がったアイサは、
「ということは、私も愛沙としてその..学校に行けるのだな?」楓に迫るように聞くアイサ。
楓はアイサへ一つ頷くと、
「というより行ってもらわんといけん。」ときっぱりという。何しろ愛沙の不在を他の人に知られるわけにはいかない。
そんな楓の気持ちを知ってか知らずか、
「こんな素晴らしい機会はない。喜んで行かせてもらうよ。今日は行くのか?」と無邪気に言う。
「あー。それがもう春休みでね。」その一言にアイサの表情は曇る(なぜ?)とでも言うように。
楓は重ねるように続ける。
「そう。春休み。学校は暫くないよ。」
「そうか。...しばらく...残念だ。」明らかにアイサの肩が落ちる。
「学校が休みで私はうれしいけどね。残念がる人がいるとは思わんかった。」
アイサの反応に楓は思わず苦笑する。
と同時にアイサの向学心にあてられ言葉を失いながらも、昨日のアイサの理解力の高さと適応の速さを思い出し、成績争いの強力なライバルになりそうと感じていた。




