第16話
「愛沙ちゃん大変だがなぁ。部活そんなに忙しいん?楓は何も言わんけぇわからんのよ」とアイサに話しかけながら楓にもチラッと視線を向ける。
「・・あー・・はい。・・まぁそれなりに・・」アイサは一瞬目が泳ぐ。
楓は気が気ではないが、表情に出すわけにもいかず、黙ってご飯を口に運ぶ。
「そう?今度3年になるがな?。愛沙ちゃん優秀だし、部長でも任されたんじゃ?」
アイサは想定外の質問に『どう答えれば?』と楓の方を向く。
楓の方も『え?大丈夫、アイサ』と振り返って二人は顔を見合わせる結果となった。
『ヤッバ。そうくる?』楓は急いでご飯を飲み込むと、
「部長はうちらじゃないで。他の子で決まっとる。」
「あ。そうなん?ふ~ん」とそれで納得したのか別の話題に変わる。
「愛沙ちゃん家、何か美味しゅう食べるコツとかってあるん?」今度は猪肉を指しながらの質問。
「特に‥特に、思いつかないですね。」アイサの苦渋の答えに美佐子は
「まあ、言うほどバリエーションもないわな。」とあっけらかん。
「でも、今日の焼き方ちぃと隠し味入れたのよ。わかる?」ニッコニコした表情に弾んだ声で、アイサに応えてねと言わんばかりに上体を乗り出す。
勢いに押されるように少し仰け反ったが、少し目線を上に向けつつ考える・・。
「隠し味ですか?う~ん。・・レイタラ・・かな?」アイサのおそらく思わずの“素で応えたであろう答えに楓が凍り付く。
『ア‥アイサ。レイタラって何?』楓の額に汗が流れる思い。
もちろん母ちゃんも聞き逃さない。
「れいたら?(そんな調味料有ったかしら?)」美佐子は首を傾げて考える。
『冷凍鱈!?いや違う・・レイタラ・・レトラ・・レトロ!?ちがうちがう。あれ・・入れたら!?・・これだ!』
「アイサ あれ入れたら って言うたんじゃない?なぁ?」楓のフォローが入って自分の失言に気付くアイサ。
思わずカエデの顔を見て ウンウン と力強く首肯すると、美佐子に向かって「そうです!」と力強く言った。
「そう?・・じゃあ、そのあれって?」
「「・・・・・」」
「あれって、意地悪言わんと素直に教えてやればええやん。」ちょっと恨めしそうに母ちゃんに精一杯の文句を言う楓
「お母ちゃんだって、いろいろ工夫して研究しよるんよ。そないに簡単にネタ晴らしはできんわ。」とオーバーアクションでプイッとそっぽを向く。
アイサは(なんかかわいいし・・・いいなぁ)と心の中で呟き、楓と美佐子のやり取りを間近に見て、少しほっこりする。
「んで、どうね?わかったんか?」(終わったと思ったのにまだ続いてたの?)
アイサが気を抜いたのを見抜いたような絶妙なタイミング。完璧な不意打ちに近い。
「ごめんなさい。わからないです。」アイサは美佐子の追及に降参した。
「ふふ~ん。ほんなら、これは内緒のままにしとくけぇね。」パチリとウインクをして、すぐ次の話題へ。
(・・う。さすがに楓が言っていた『うちの母ちゃんは、最大最強の壁』がわかる。・・・)
「愛沙ちゃんお代わりいるんか?」手を差し出して茶碗を要求する。アイサが出し渋ると、
「あら?今日はいつもよりおとなしいのう?体の調子でも悪いんか?どら。」と言いながら席を立ち、アイサのところに行って、おでこに手を当てて熱を測る。
「・・ええっと。」呟くのが精いっぱいでなすがままのアイサ
「熱はなさそうじゃな?・・何か心配ごとでもあるんか?おばちゃんでよかったら聞くけぇ。」自分の席に戻りながら心配そうにアイサを見つめる。
(おばちゃん凄く優しいし、心配してくれて・・・愛沙さんて幸せなんだな。)
しかしじっと見つめられると緊張が高まる。美佐子の視線に耐え切れず楓に振り向くと、そこには思い切り苦笑いの楓がいた。
仕方なく食事を続けていると
「あれ?そう言えば愛沙ちゃん。今日、話し方なんかおかしないか?」と美佐子が言う。
「・・ええっと。そうですか?」アイサは一生懸命冷静に返す。
(あー、かあちゃ~ん。勘弁して!)
「うん。うん。それ、それ。その話し方。よそよそしいないけぇ?」と美佐子は隆の方を見る。
隆は箸を止めて、「うん。確かに元気が無いわな・・・口数も少ないしのう」と相槌を打つ。
「学校で何かあったんか? 楓は何も聞いとらんのか?」と続けると、楓はぶんぶんと首を横に振る。
「学校でも何もないけぇ。後でやらんといけんことが多うて気が重いだけじゃろ思うで。」と楓が暗に示すように言う。
「まあ、それだけならええんじゃけど、気にし始めると雰囲気もなんか違うように感じるんよね。」と美佐子
(うっ。鋭い。)二人とも表情に出さんようにしているが、内心はドキドキ。
「あー。お肉のお礼もしとかんといけんけぇな。そういやおじいちゃんの誕生日、もうすぐじゃったよなぁ?」と美佐子
(愛沙のじいちゃんの?うち、それ知らん。)楓は慌ててアイサに振り向くと、『ごめん!うち、知らん』と小さく速く首を横に振る。
「えっと、今度おじいちゃんに確認しておきます。」アイサは動揺を隠してそう答えた。
美佐子はアイサの返事を聞きながら、楓の様子を視界の端に捉えて、一瞬眉を顰める。
束の間の途切れた会話
「・・・そう?ほんなら、愛沙さん頼むわね。」美佐子の声に固さが混じっている。
(ん?なんだろう。)楓は母の言葉に胸の奥で小さく引っかかるものを感じたが、それが何かはわからなかった。
片づけを始めた美佐子の目が再び愛沙に留まる『・・レイタラ?ねぇ』思わず首を傾げる。
食べ終えた食器を重ねながら美佐子が楓に声を掛ける。
「楓。ここ片付けたら、お風呂の準備しときんさい。沸いたら、愛沙ちゃんも先に入っときんさいね。」
(お風呂かぁ・・)楓は漠然と思い浮かべる。アイサの居た世界でお風呂ってあったのだろうか?仮にあったとしても使い方って?
(あー、水道栓とかシャンプー、ボディーソープ何が何かわかるかなぁ?)不安の種は後を尽きない。
そんな楓の肘を愛沙が机の下で隠れるようにトントン突つく。楓が「ん?」と振り向くと、
「お風呂って??・・」アイサがささやく。
(・・・だよね。)
まだまだ夜は長い。




