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王子様と自殺志願のかぐや姫  作者: 吹雪
最終章 笑顔希望
12/12

最終話 俺と彼女の幸せ

『私が死んでも、貴方は生きて下さいね』



***


 俺は薄暗い住宅街の夜道を、ひたすら自転車で駆け抜けていた。街灯があっても暗いことには変わりがないこの住宅街は、各々の家のほのかな明かりのおかげで、ようやく道が見えるようになっている。


 今の俺は、あまりにも急ぎすぎて、赤信号を無視したり、電柱にぶつかりそうになったりと、非常に危なっかしい。


 だが、そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、今は彼女……波城かぐやのほうが非常に危険な状態だ。


 なぜなら、彼女は通り魔に会おうとしているのだから――


 そのことを考えると、自然とペダルをこぐ足もどんどん早くなっていく。額に汗が滲み、頬をつたっていく。


 この約十五年間の人生で、俺はこんなにも切羽詰まったことがあっただろうか? いや、ここまで切羽詰まって、自転車をこぐような事態に遭遇するのは初めてだ。きっとこの先何十年とある人生の中でも、もう二度と経験できないことだろう。


 俺はそんな、ちっとも嬉しくない経験をしながら、彼女がいるはずの雪の坂公園に向かっているのだ。


 そんな中、俺は彼女の最後の言葉を思い出していた。


『私が死んでも、貴方は生きて下さいね』


 この遺言のような言葉が俺の頭にこびりついて、全く離れないでいた。


 ――波城は、死ぬつもりなのか……?


 俺はそんな馬鹿げた想像を、無理矢理振り払おうとしたが、どうしても振り払えなかった。


 俺が知る限りでは、自殺未遂の前科が二つもある彼女のことだ。もしかしたら、まだ自殺を諦めていないのかもしれない。


 もし通り魔に襲われでもして、死……死ぬようなことがあったら、それは何も知らない人々からして見れば、自殺とは思えないだろう。


 しかし俺には、それは確実に自殺だとしか思えない。


 俺は初めて彼女と屋上で話した時に、誓ったんだ。絶対に波城の野望……つまり自殺を止めてやると。だからこそ、早く波城の元に行かなければいけない。


 俺が家を慌てて飛び出してから、すでに十分は経過していた。もうすぐ、彼女がいるはずの雪の坂公園に着くはずだ。


 俺はさらにペダルをこぐ足を早めた。住宅街を抜け、気休めでしかない街灯が数個立っているだけの、さらに薄暗い道に出た。


 すると正面に、木々に囲まれた、こじんまりした公園が見えてきた。そして微かに見えるブランコと滑り台の間に、向かい合う二人の黒い人影を見つけた。


 ――波城……!!


 俺は心の中で、彼女の名前を呼んだ。声は出せなかった。なぜなら、俺が声を出そうとした瞬間に、大きいほうの人影がもう一方の人影に向かって走り出したからだ。


 俺は驚きのあまり、地面に倒れこみそうになりながら自転車から降り、走り出した。倒れてガシャンと嫌な音を響かせる自転車のことなんか、全く気にならなかった。


 走り出すと同時に、やっと人影の姿がはっきりと見えた。


 今にも彼女に飛びかかろうとする黒ずくめの男の姿がはっきりと見てとれる。


 男は彼女に向かって庖丁を突きつけていた。それにも関わらず、彼女は落ち着いていた。


 俺は思わず、


「波城!! 逃げろ!!」


 と叫んでいた。それでも彼女は逃げなかった。


 彼女は自分を刺そうと庖丁を突きつけてきた左腕を、軽くいなすように横に避けると、その脇に体を滑り込ませ、男の腕と胸ぐらを掴んでその体を背負い上げ……ん? 背負った?


 俺は自然とその場に急停止した。近づいたらやばいと、本能的に察したからだ。


 彼女は軽くふわっと男の体を背負い上げると、そのまま勢いよく地面に叩き落とした。


「うぐっ……!」


 男は鈍い音をたてて地面に叩きつけられ、うめき声をあげて、その場に伸びてしまった。


 ……背負い投げ、きれいに決まったな。


 俺は彼女から二メートルぐらい離れた場所で、呆然と突っ立っていた。彼女はと言うと、サラサラの長い漆黒の髪をパサッと右手で払い、何事もなかったかのように俺を見た。


「何やってるんですか。危ないじゃないですか」

「それはこっちの台詞だ!!」


 彼女のあり得ない発言に、俺は腹からめいいっぱい声を出してツッコミを入れた。しかしながら、彼女はキョトンとした表情をしていた。


「だって、危ないですから来ないで下さいって言ったじゃないですか」

「確かに危なかったけどな、お前ほどじゃねえよ!!」


 俺の言葉に、彼女は不満げに頬を膨らませた。そして俺たちの目の前で、地面に仰向けになって気絶している通り魔……じゃなくて、鈴木晶を指差して、こう言った。


「通り魔を倒しました。これで事件は解決です」

「いやいやいや、確かに事件は解決したかもしれねえけど、根本的なことは何も解決してねえからな」


 なぜか無表情のままで得意げな表情をしている彼女は、俺の返答に、今度は不思議そうに首を傾げた。


「根本的なこと……ですか? それはつまり、この人の妹であり私の親友でもあった裕子が自殺したことに関してですか?」

「……無駄に詳しい説明をありがとう。それもあるが、俺にとって一番重要なことは、残念ながら他のことだよ」

「じゃあ何が気に入らないんですか?」


 彼女はまた首を傾げた。


「お前、決着をつけるとか言ってただろ? 何に決着をつけたんだ? 決着はついたのか?」


 俺の問いかけに、彼女は何も答えずに俺に歩み寄って来た。歩み寄るとは言っても、俺たちの距離はせいぜい二メートル前後。わざわざ近づかなくても話は余裕でできる。


 それなのに、彼女は俺のすぐ目の前にまで迫って来る。俺は思わず一歩後ずさったが、彼女に左腕を掴まれてしまった。


「……えーと、波城?」

「……」


 驚きのあまり、俺は顔をひきつらせて呼びかけてみたが、彼女は俺の腕を掴んだままうつむいて、全く反応を返さなかった。


「……」

「……」


 痛い沈黙が続く。沈黙を破ったのは、俺の腕を掴んで離そうとしない波城だった。


「冬夜さん、私は晶さんを倒したことで、過去と決着をつけました」

「倒すって、お前な……なんかそれは違うんじゃねえのか」


 俺は苦笑しながら、掴まれていないほうの手で彼女の頭をぽんぽんと軽く叩いた。彼女はうつむいていた顔をようやく上げて、真っ直ぐな目で俺を見つめた。


「私はずっと、いじめに遭っていた裕子を助けられなかったことを後悔していました。彼女のところに逝こうと、何度も考えました。でも、できませんでした……」


 彼女は唇を噛み締めながら、必死に涙を耐えていた。周りは暗くてあまり見えないのに、彼女の表情だけは、はっきりと見てとれた。


「中学生の時に一度だけ、自殺をしようとしたことがあります。ですがその時は、母にすぐに見つかってしまい、病院に連れて行かれました。そしてカウンセリングを受けて、二度と自殺などしないようにと説得をされました。


 それなのに私は、母の哀願を聞きながら、また次の自殺計画を練っていたんです。我ながら、よくもまあここまで親不孝者に育ったものですね」


 彼女は泣き笑いのような表情で、半ば自嘲気味にそう言った。


「自分が親不孝者だというのを充分に理解していながらも、私は裕子に謝りたかったかったんです。ですが……考えを改めました」

「……は?」


 彼女は先程の泣きそうな表情から一変して、清々しいぐらいに……と言うのは妙な感じだが、いつもの鉄壁ポーカーフェイスに戻っていた。


 ……切り替えはえーな。


「もういいです。私は本日をもって、自殺は止めます。意味がないことが分かったので」

「意味がないって……どういうことだ?」


 俺が困惑げにそう聞くと、彼女はスカートのポケットから、何やらノートの切れ端のような紙切れを取り出した。


 ……スカートってポケット付いてたんだな……なんて現実逃避をしてみたりもするが、とりあえずその紙切れが何なのか聞いてみた。すると、


「遺書です。裕子の」

「遺書?」


 ――今さら見つかったって言うのか? もう何年も経ってるっていうのに……。


 俺がそう思っていると、彼女は四つ折りされている紙切れを開いて読み始めた。


「¨かぐやへ

私はもうつらいので、とびおりることにしました。でも、かぐやのせいじゃないからね。わるいのはあの三人だけだもん。だから気にしないでね。ずっと親友だからね。バイバイ。

               ひろ子より¨」

「……」


 俺はあまりのことに、とっさに声を出せなかった。やっと言えた言葉といえば、


「えーと、何で今さら?」


 もう少し気のきいたことが言えないのか俺は! 


 しかし彼女は、別段気分を害した素振りを見せずに答えた。


「さっき帰宅した時に郵便受けに入っていました。差出人は裕子のお父さんです。遺品の整理をしていた時に見つけたそうです」

「何だよそれ、遅すぎだろ……」


 俺はがっくりとうなだれた。もっと早くその遺書が見つかっていたら、彼女は自殺未遂を繰り返すことはなかっただろうに。


「私は、これで良かったと思っています。この遺書がもっと早くに届いていたら、もしかしたらこんなことにならなかったと思いますから」

「は? 何言ってんだよ。いいことなんてなかったじゃねえか……」


 俺が呆れたようにそう返すと、彼女はむっとした表情で俺を睨んだ。


「酷い人ですね。私が自殺を試みていなければ、私たちはこうして話すこともなかったかもしれないんですよ? 貴方は、私と出会わなくても良かったと仰るのですか?」

「え」


 俺は彼女の思ってもいなかった言葉に絶句した。すると、彼女は俺のポカンとした表情を見て、暗闇でも分かるぐらいに顔を真っ赤にした。


「あー、波城さん? 今のは本音か?」

「……忘れて下さい」

「そういえば、さっきの電話で告白をしてくれたような……」

「忘れて下さい!」


 彼女は恥ずかしかったのか、俺に背を向けた。だが彼女は気づいているのだろうか。耳まで真っ赤にしているところが一目瞭然だということに。


「あ、そういえばさ、さっきの電話で『私が死んでも、貴方は生きて下さいね』って言ったのはどういう意味だったんだ? 死ぬつもりじゃなかったんなら何であんなこと言ったんだ?」


 俺はふと思い出してそう聞いた。すると彼女は、まだ赤い顔を少しだけこちらに向けて、軽く睨みながら答えた。


「……保険です」

「保険?」


 彼女は頷いた。


「以前、貴方は私が首を吊ろうとしていた時に言いましたよね。¨俺も死ぬ¨と。もしも私が通り魔に殺されてしまった場合を想定したら、言っておかなきゃって思って……」


 彼女は恥ずかしげにもじもじとしながら小さな声でそう言った。


 俺はそれを聞いて嬉しさのあまり、


「波城ー!!」

「きゃあ!」


 彼女に抱きついた。が、彼女は何を思ったのか……


「何するんですか!」


 と怒鳴ると、左手で俺の右腕を、右手で俺の胸ぐらを掴み、俺の右側に出て右足を大きくかり上げ……


「やー!!」

「うがっ!!」


 勢いよく右足を振り落として俺の右足をかり上げ、俺を引き倒した。ご丁寧にも気合の入った声を出して。


 ……柔道の基本技であり、ある意味一番危険な技、大外刈である。


 素人に使ったら間違いなく意識が飛ぶ。ヤバい時は死ぬ。いやマジで。


 俺はきれいに決まった大外刈によって、背中を強打した。悲鳴にならない悲鳴をあげたことに関してはツッコミは禁止だ。


 かろうじて受け身をとったが、ここは残念なことに畳ではない。固い地面だ。おかげで俺は強い衝撃によって意識を失った。


 薄れゆく意識の中で最後に見たのは、泣き出しそうになっている彼女の姿だった――


***


「――で? 気絶した後どうなったの?」


 あれからもう早いもので、二十年が経つ。俺も今では三十五歳で、息子も二人いる。もちろん……というべきなのか、俺は波城――じゃなくて、かぐやと結婚した。


 今俺の目の前にいるのは、俺とかぐやの大事な息子たちだ。


ニヤニヤしながら俺の話を聞いている、黒髪で愛嬌のある少年が双子の兄千夜。


「……」


 その隣で仏頂面ながらも一応話を聞いてくれている、俺と同じ茶髪のイケメン(?)が弟の一夜だ。


 この双子は明日、俺が勤務している高校――俺たち夫婦の母校であるK高校に入学することになっている。しかもなんと、千夜は新入生代表に選ばれている。親としては鼻高々だ。


 そんな息子たちに俺は今、二人の母親であるかぐやとの馴れ初めを語っていた。


 千夜がどうしてもとねだってきたからだ。結構渋りはしたのだが、あまりにもしつこいものだから、結局折れた。


 千夜が早く早くと続きをねだってくるので、そろそろ話を戻すことにしよう。


*** 


 俺が意識を取り戻して目を開けると、真っ白な天井が真っ先に視界に飛び込んできた。ベッド脇には、心配そうに俺の顔を覗きこむ、彼女――波城がいた。


 彼女は俺が目を覚ましたのを見ると、途端に安心した様子で大きく息を吐いた。


「ごめんなさい……冬夜さん。やり過ぎました」

「……いや、俺も悪かった……」


 殊勝に謝る彼女に、俺も謝り返した。元々、俺があんなセクハラまがいなことをしたのが悪いんだし。


「もし、冬夜さんの意識が戻らなかったら、私も逝かなければならないと思ってました……」

「いやいやいや、それは駄目だって!!」


 真剣な表情でそんな爆弾発言をした彼女に、俺はやっぱり不安にならずにはいられなかった。こんなんじゃ、何があっても死にきれねえよ。


「……私、うちの両親と冬夜さんのご両親、そして警察の方々に今回のこと、全部お話ししました。両親にはいっぱい怒られました」

「……そりゃそうだろうな」


 俺はベッドに横になったまま、白い天井を見ながら溜め息をついた。後で両親になんて言われることやら……想像したら頭が痛くなってきた。


 俺が顔をしかめて頭を押さえていると、彼女は途端に不安げに顔を歪めて、


「大丈夫ですか!? 死にそうですか!?」

「誰が死ぬか!!」


 俺はガバッとベッドから飛び起きた。彼女の言葉で一気に頭がはっきりとしてきた。


「大丈夫だから。心配しなくても、俺は死なないし、お前も死なせない。絶対にだ」

「……世の中に絶対なんてことはありません」

「お前は空気が読めないのか!!」


 全く……本当にこの女はことごとく予想を裏切ってくれる。


 俺がまた盛大な溜め息をつくと、彼女は無表情ながらも少し緊張気味に口を開いた。


「私は、冬夜さんのことを愛してます。ずっと、傍にいたいです。……駄目ですか?」

「……っ!! 駄目なわけないだろ!! 俺も愛してる!!」


 俺は情けなくも、涙ぐみながら彼女をめいいっぱい抱き締めた――


***


「おー! 感動だね!」

「……」


 俺の昔話が終わると、千夜はニコニコしながら拍手をし、一夜は無表情かつ無言だった。


 ……お前ら本当に双子なのか。反応が違い過ぎだろ。


「ねえ、そういえば、何で父さんは¨王子¨って呼ばれてたの?」

「今それを聞くのか!!」


 こういう予想外過ぎるとこは母親似なんだよな……。


「簡単に言えば、この容姿(?)と名字のせいだよ」

「え、じゃあ父さんは¨姫¨って呼ばれてたの?」

「お前は人の話をちゃんと聞け!!」


 とんでもないボケをかましやがって!! んなわけねーだろうが!!


「……違うぞ兄貴」

「あれ、一夜は分かるの?」

「ああ」


 おお! 思わぬところで一夜が助け船を出してくれた。ていうか、今日初めて声聞いたな。


「姫は女に使う言葉だ。男に使うとしたら何て言葉だ?」

「……ああ! だから王子なのか!」

「理解するのが遅い!!」


 千夜はポンッと手を叩いて笑ったが、俺と一夜は溜め息ものだった。千夜のこの天然ボケはどうにかならないのか?


「あ、そうだ。もうひとつ聞きたいことがあったんだった」

「何だ? またろくでもないことじゃないだろうな?」

「違うよ。ちゃーんと真面目なことだよ?」


 俺は若干疑わしげな目で千夜を見た。


「父さんは、母さんと、僕と一夜と一緒にいられて、幸せ?」


 千夜はにっこりと笑いながら、そう聞いた。一夜は相変わらず仏頂面ながらも、じっと俺の目を見ていた。


 俺は千夜の質問に、不謹慎ながらもニヤリと笑った。


 幸せかって? そんなの決まってる。


「俺は世界一の幸せ者だよ」


 


 完

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