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月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
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第64話 新しい春(その1)

 クリスマスは僕の家はほぼ関係ないので、なんとなくケーキを一人2個ずつ計6個買って父母子で食べた程度で済ませた。本当は2個×4人=8個というのを特にお母さんは望んでいたのだけれども、どういう訳か、兄ちゃんは冬休みにも大学から帰省しない、と言ってきた。

 僕はなんとなく気になっていたのだけれども、兄ちゃんはお父さんを避けているのではないだろうか。直接的にはうつ病のことで、だろうけれども、根はもっと兄ちゃんが小さい頃から、そして、お父さんがもっと若い頃から、2人の父子としての交流はあまりうまく行っていなかったような気がする。

 古い木造のおばあちゃんの家が無くなっていた時のお父さんのコメントも、肉親としての関係に当てはめてみたとしたら、冷たい、と言えるかもしれない。親子や夫婦と言った‘情愛’よりも、‘普遍的な何かと人間’みたいな感覚が前面に押し出されていたように思う。本当は、情愛もある程度は必要なのかもしれない。けれども、世の歴史を振り返ってみれば、肉親の肉親に対するお世辞や欲目がどれほど本人にとって有害なものであったかというのは、検証に枚挙を厭わない。そういったことは、つまりは、身内の愚痴な‘情愛’なのだろう。結局それが自分の国を自ら滅ぼしてしまうことすら多々あった。

 けれども、そういったことを、どろどろの現実離れした日々の生活の中で、理解して生きていくことが人間にできるだろうか。

 兄ちゃんが家の中や学校で、どんなもやもやを持って生きてきたのかは僕には分からない。けれども、自分の場合を思い出して想像はなんとなくできる。

 自分の場合は久木田たちとのやり取りの中で、家族に相談する、ということが全く無かった。それは、‘恥だ’と思い込んだ自分の責任ではあるのだけれども、お父さんやお母さんが自分のことを知らない、という風に感じると、家族に対して冷めた感覚を抱いた記憶がある。けれども、不思議なもので、高校に入って太一との引き続いての交流、さつきちゃん・遠藤さん・脇坂さんたちとの出会い、陸上部の先輩方・同輩との日々の精進、といったことがうまく回りだすと、家族に対する自分の目も少し暖かなものになったような気がする。お父さんの‘仕事の世界’には、これが無かったのかもしれない。

 翻って兄ちゃんの場合はどうだったのか。

 僕よりも遥かに頼りがいがあり、自分の意見を持っている兄ちゃんだけれども、何か、そういう割り切れない思いや悩みを抱えていなかった筈はないだろう。

 もしかしたら、お父さんが‘普遍的な何かと人間’という感覚で兄ちゃんに話をしたことがあったとしたら、

「じゃあ、どうしてお父さんはうつ病になったの」

と、問いかけたかったのかもしれない。

 言っている文脈の内容そのものは‘そうかな’というものだったとしても、言った本人がそれとは反対のことをしたり、反対の目に遭ったりすれば、‘なあんだ’と、そっぽを向いてしまうのが人情だろう。兄ちゃんはお父さんに対して、

「偉そうなことを言っておいて、自分はうつ病になったじゃない」

と、言いたかったのだとしたら・・・

 もし、そうだとしたら、とても悲しい。

 兄ちゃんは、いつ、家に帰ってくるんだろう。


 クリスマスはそんな思いだけで過ぎ、年末・年始は毎日雪かきをして過ごした。

 期末テスト期間中から降り出した雪は年が押しせまるにつれてしんしんと降り積もり、平野部でも50~60cmの積雪がそのままの状態で続いた。除雪して、その上にまた降り積もる、という感じだ。

 自分の家の雪かきはもちろんだけれども、以前、町内会で出た、お年寄だけの家のボランティア除雪は、結局、町内の人間でやってみよう、ということになった。あまり強制のような形にすると、かえって除雪してもらう側のお年寄りが気を遣ってしまうので、まあ、できる人ができる範囲で、という感じになった。それなりに体力のある若い人間、しかも、勤め人でもない高校生の僕は頻繁に出動した。

 僕の町内は商業施設が多く、本当にそこで生活している、という住人の家は十数戸程度と少ない。その半分が今やお年寄りだけの生活だ。また、それ以外の家も、子供のいる家はほとんどない。小学生の子がいる家は、もう、ない。町内にあった小学校も、数年前、少し離れた生徒数の多い学校に統合され、廃校となった。町内での最年少は中学2年の男子生徒。弘樹くん(ひろきくん)という。その次に若いのが僕だ。僕と弘樹くんは2人だけでコンビで連日出動ということもあった。

 お年寄りの家に行くと、

「こんにちは、除雪にきました」

と、がらがらと玄関の引き戸を開けて挨拶し、どこの部分の雪をどかせばいいか聞く。お年寄りたちは大抵は遠慮する。

「門から玄関まで、人が歩ける幅だけよかしてくれればいいよ」

 けれども、歩きづらくて転倒してしまう、ということはなんとしても避けないといけないので、余裕を持って歩けるようにできるだけ広く除雪する。ただし、気を付けなくてはいけないのは、‘つるつるにならないように’除雪する、ということだ。

 純粋な‘雪’の状態で積もっているのならば下のコンクリートが見えるまですっきりとずらしてしまって大丈夫だ。コンクリートの上にそのまままた雪が降り積もるだけなので。

 気を付けないといけないのは、水がある場合だ。特に、中途半端に融雪の水が流れてきていて、除雪した上に水が残った状態になり、そこが凍ってしまうと、除雪したせいで却って滑りやすくなってしまう。かといって、雪が踏み固められて圧雪になると、表面がつるつるになって、これも滑りやすくなる。

 僕も弘樹くんも、子供の頃から雪で遊んできた経験からそこは心得ているので、ちょうどいい塩梅に除雪する術を知っていた。

 大抵の家は除雪が終わりました、と声をかけると、ありがとう、と玄関でお菓子か何かをくれて、そのまま失礼する。けれども、中には、上がってお茶でも飲んでいきなさい、と熱心に勧めて下さる家もあった。それでも大体は断るのだけれども、一軒だけ、‘寂しいから’としきりに奥さんが勧める家があり、とうとう玄関をくぐって上がったことがあった。

 旦那さんと奥さんとの二人暮らしの家だった。2人とも80歳ほどに見える。

 上がるとテレビとコタツの置いてある部屋に通された。旦那さんはコタツにあたって、テレビを見ながらお茶を飲んでいた。僕たちも失礼します、と言って正座して、コタツ布団の中に膝頭を入れた。奥さんが、

「膝を崩してね」

と言ったけれども、何となく2人とも正座したままでいた。

 正直、こちらから振る話題はなく、何を話そうかと思っていたが、そんなことに困る必要はないとすぐに気が付いた。奥さんが、自分の息子たちのことを話し始めたのだ。

「長男は大学教授になって大阪にいるのよ。次男は厚生労働省の室長になって、霞が関で勤めてるのよ」

 僕も弘樹くんも、どういう反応をしていいか分からなかったので、とりあえず僕の方から、へえ、凄いですね、と言ってみた。

 するとそれを皮切りに息子たちの小さな頃から大きくなるまでの詳細な‘神童ぶり’が奥さんの口からとめどなくあふれ出てきた。

「長男は小学校の頃からずっと学級委員長だったし、次男は中学では2年・3年と続けて生徒会長になったのよ。2人とも部活は剣道部で高校まで続けたわ。長男はインターハイにも出場したのよ。文武両道だったわね。高校は2人とも西條高校よ」

 西條高校は県内の高校で東大合格者数が毎年トップの、私立のエリート校だ。奥さんの話はまだ続いた。

「2人とも手のかからない子でね。親に心配かけるようなことは一度も無かった。就職して結婚してからはとにかく仕事一筋でね。海外への出張もしょっちゅうだし、次男の方は、国会が始まると、議員の先生方と夜中まで連絡を取り合って大きな政策を立ててるみたい。孫達も頑張ってるみたいで、親たちに負けないように勉強やら習い事やらで忙しいみたい」

 そう言って、2枚の写真を見せてくれた。1枚は小学校入学式の男の子の写真。もう1枚は幼稚園くらいの女の子と、男か女か分からいなけれども赤ちゃんとが並んで映っている写真だ。

「男の子は長男の子。女の子たちは次男の子」

 赤ちゃんは、女の子だったようだ。弘樹くんは奥さんに何気なく聞いた。

「お孫さんはまだ随分小さいんですね?」

 奥さんは、ええ、まあ、ちょっと昔の写真だから・・・と何だか歯切れの悪い返事をした。

 僕は、ひょっとしたら、と思い、訊こうか訊かないでおこうか迷ったが、何だか訊かずに終わらせることの方が、このご夫婦のためにならないような気がしたので、あえて訊いてみた。

「息子さん方はよく帰っていらっしゃるんですか?」

 奥さんが何も言わずにいると、旦那さんが代わりに答えた。

「息子らも仕事が多忙だからね。しょっちゅう会うこともできない」

 僕は、あきらめなかった。

「今年はこんな雪だから、息子さんたちも心配してるんじゃないですか?」

「ああ、心配して何度も電話をかけてきてくれたよ」

「お正月はお帰りにならないんですか?」

 旦那さんは少しムッとした感じで僕の質問に答える。

「なにしろ、国の大きな仕事を2人ともしてるからね。忙しくて帰ってる暇がないんだよ」

「でも、‘大雪だ’と話したら、心配して、‘帰ろうか’とおっしゃったんじゃないですか?」

 旦那さんはもう、何も話したくないような、困った顔をしていた。奥さんが助け船を出した。

「ほら、町内の若いあななたちのような子がね、雪かきしに来てくれるんだ、って話してやったの。そしたら、次男はね、‘若者がお年寄りを大切にするのは日本古来の美徳だ。その子らの修養にもなる。日本は安泰だ’って、あなたたちのことをたいそう褒めてたわよ」

「褒めてた?・・・僕らの修養?・・・・日本は、安泰・・・?」

 僕は誰にも聞こえないように、口の中でそう呟いた。呟いてみて、自分で寂しくなった。この奥さんの息子に褒められたって嬉しくとも何ともない。僕は、このご夫婦と息子さんたちの状態をどういう言葉で表現してよいのか、心の中に候補の単語がくるくると浮かび上がった。その中に、‘恥知らず’という単語も一瞬出てきたが、あまりに激しい単語だったので、実際に軽くぶるぶると首を振って打ち消した。僕が少し首を動かした様子を見て、弘樹くんは、びくっ、と反応した。

 けれども、奥さんの話は、もう少し続いた。

「わたしらもね、息子らに負担やら心配やらかけないようにね、自分らが少しでも健康で元気で長生きできるように毎日頑張るのがわたしらの仕事だと思ってね。色々と研究してるのよ」

 と、コタツの上に幾種類も並べられた健康補助食品の類を指さした。

「おかげで、元気に、誰にも迷惑かけずに、なんとかお父さんと2人で暮らしてるから。本当にありがたいことだわ」

 奥さんがそう言うと、旦那さんはようやくにこっ、とした顔をした。

 僕は、ありがとうございました、失礼します、と言って、コタツから立ち上がった。

 その家を出ると、僕と弘樹くんは公民館に向かった。その日の除雪が終了すると、公民館でお年寄りたちの健康状態はどうだったとか、困ってる様子はなかったかとかを報告する。そして、皆でお疲れさん、と言って、温かい飲み物を飲むのだ。

「小田さん」

 公民館に向かう途中、弘樹くんが訊いてきた。

「写真を見たから、ああいう話をしたんですか?」

 僕は、弘樹くんの方に軽く顔を向けた。

「随分小さい頃の写真しかなかったからね。多分、あのご夫婦は、息子さんたちとは何十年も会ってないんだと思う」

「えっ!」

「電話はしてるだろうけれども、多分、息子さんたちとだけだと思う。息子さんのお嫁さんとは、こっちからかけた時に、たまたまお嫁さんが電話を取ったら挨拶交わすくらいだよ、きっと。お孫さんたちとは多分、会うどころか、何十年も電話ですら話したこともないと思う。あの、写真の男の子の、声変わりした声も聞いてないと思う」

 自分で話すのも寂しいような話をしながら、公民館に着いた。

その日は僕たちのコンビの他に、魚屋の旦那さんと、町内に支社の事務所を構える大手企業の営業マンの人とのコンビだった。魚屋の旦那さんは、70代後半だがそうは見えないくらい屈強な体で、‘まだ体の動くうちは’と除雪に参加している。ちなみに、‘魚屋’といっても、魚の小売ではもうスーパーに勝てないので、先代からの魚市場での仕入れルートを駆使して、刺身やオードブルの仕出しを武器に、地域の会合や冠婚葬祭の会食なんかの需要を取り込んで生き残っている。営業マンの人は、支社長から‘行け’と命令されて出てきたそうだ。魚屋の旦那さんが言う。

「支社長から直々に命令が下るなんて、あんた、相当偉いポジションなんだね」

「いや、支社と言っても4人しかいないもんで・・・・」

 東京出身なのだろう。営業マンの人は、テレビで聞くようなきれいな標準語で話す。それを聞いて魚屋の旦那さんは、

「えっ、たった4人?あんたの会社、うちの県を随分軽く扱ってるんだな?」

「いや、支社を置くだけでも十分重要視してますよ。中には5県ひとまとめに営業所で扱ってる所もあるんですから」

「いやいや、冗談だよ。何かの縁でこの県に赴任してきたんだから、ありがたいよ。おまけに、除雪までしてもらって、あんたも、あんたの会社もいい人たちだよ。ほんとにありがとう」

 営業マンの人は照れながら、言った。

「これも、CSRの一環ですから」

「シーエスアール?」

 弘樹くんがその単語を反復した。僕はそのアルファベットを新聞の経済欄の文脈で見たことはあったけれども、正確な意味は知らなかった。

「あれ、知らない?英語とか社会の授業とかで習わないの?」

 僕も弘樹くんも、いいえ、と首を振った。

「Corporate Social Responsibilityの略だよ。企業の社会的責任、と言って、単に自分の会社の利益だけを追求するんじゃなくって、社会の中での会社、っていう風に、地域社会や広くは国際社会の中の一員としてのボランティア活動なんかを例に、役割を果たそう、っていう動きだよ。今の世の中の企業は皆、CSRに取り組んでるよ」

 僕と中弘樹くんが、へえー、と感心すると、

「いやいやいや」

と、魚屋の旦那さんが割って入る。

「そんなの、日本人はみんな昔からやってるよ。今更、何言ってんの」

 魚屋の旦那さんが段々と演説口調になってきた。

「たとえば、この辺で商売してる人たちは、皆、氏神様に寄進してる。お祭りの時とかだけじゃなくってな。知り合いの社長は、大きな取引ができた時に、ポケットマネーで寄進してるよ」

 魚屋の旦那さんは、熱いコーヒーをすすりながら雄弁に語る。

「氏神様の隣に食品卸をやってる会社があるの、知ってる?」

 僕は、はい、と頷く。

「あすこの社員が朝、掃除してるのは、ありゃ、自分の会社の敷地じゃない。神社の周りのごみなんかを拾ってるんだよ。自分とこの掃除は、それが終わった後にさっとやってるだけだよ。それも別に社長が命令してやってる訳じゃない。何となく、社員が神社が隣にあるのに、自分ちを先にするのは申し訳ない、って思ってやってるだけ」

「確かに、CSRそのものですね」

 営業マンの人が言うと、魚屋の旦那さんは、

「いやいやいや」

と、また、打ち消す。

「こっちがCSRを真似たんじゃなくって、昔からやってる当たり前のことを勝手にCSRって呼んでるだけのことでしょ。でもまあ、あんたの会社は当たり前のことをやるだけでも偉いよ。今は、当たり前のことすら損だと思ったらやらないからね」

 うーん、と、営業マンの人も、僕たちも、納得せざるを得ない、明快な解説だ。

「それに・・・君は小田さんちの子だね。君は佐伯さんちの子だね。名前は?」

 魚屋の旦那さんの問いに、「かおるです」「弘樹です」とそれぞれ答える。

「かおるくんと弘樹くんか・・・参考までに、いいことを教えといてあげようか」

 自分でお代わりのコーヒーをポットから注いで、続きを話し始めた。

「商売はつまり、奉仕をして自分達の生活の糧を頂く、ってことだ。じゃあ、その奉仕っていうのは誰に対してするものか、分かるかな?」

「お客さんに、ですか?」

 弘樹くんが答える。

「確かに、それも間違いじゃない。でも、実は、商売人の奉仕は、本当は氏神様に対してするものなのさ」

 営業マンの人が、不思議な顔をする。

「氏神様・・・ですか?」

 魚屋の旦那さんは、そうだよ、と頷く。

「店を構える商売人も、お客さんも、氏神様から見れば、皆氏子だ。商売人は、お客さんという氏子の向こうにおられる氏神様に奉仕する気持ちで日々のサービスをするのさ。

 じゃあ、商売人はどういう気持ちで氏神様に奉仕するのか分かるかい?」

 今度は僕が答える。

「商売繁盛を願って、ですか?」

 ううん、と魚屋の旦那さんは首を振る。

「商売始めて駆け出しのころは商売繁盛を願っての奉仕でもいいよ。でも、いつまでもそのままだと、一代で店は潰れてしまうよ」

「?」

 僕たちが疑問符を頭の上に浮かべる様子が見えたのだろう。魚屋の旦那さんは、ははっ、と笑って、答えを言ってくれた。

「この土地で商売させていただいてありがとう、って、氏神様に奉仕するのさ」

 どうだ、と言わんばかりのにこやかな顔でさらに続ける。

「たとえば、弘樹くんの家や土地の所有者は誰だい?」

「まだ相続してないので、おじいちゃんのままだと思います。」

「法律上はね」

 僕は、何となく、分かってきた。けれども、営業マンの人と弘樹くんには、やはりこの感覚がなかなか伝わらないようだ。

「かおるくんは分かるか?」

 僕は、なんとなく、そうかな、とは思うけれども、恐る恐る答えてみる。

「氏神様の土地、ですね」

 魚屋の旦那さんは、おっ、という顔をする。

「そうだ。みんな自分の土地だって思ってるけどさ。‘金出して買ったんだから、ここは俺の土地だ’と人間が好き勝手に言ってるだけの話だよ。みんな、氏神様の場所に住まわせてもらって、商売させてもらって、生かしてもらってるだけなのにな」

 うーん、と、営業マンの人と弘樹くんは、感心なのか腑に落ちないのか分からないけれども、今までに聞いたこともないような話を聞いて、驚いているようだ。

「それに、商売が上手くいくのと家を上手く次の代にバトンタッチする作業とは、車の両輪だよ。いや、むしろ、次の代にバトンタッチすることこそが、唯一最大の目標だな。そうしないと、誰も家の神様や仏様を守れなくなる。いや、世代を超えてずっと一緒にある、っていう感覚が消えていく。俺ひとりでいくら墓やら仏壇の仏様やら神棚の神様やらを守ろうと思っても、死んじゃったら誰かにやってもらわんといかんからなあ」

 唐突に弘樹くんが呟いた。

「僕も年をとるんですよね?」

 ‘そうだな’と魚屋の旦那さんが返事をする。

「たとえば、俺の顔をみてごらん」

 まじまじと魚屋の旦那さんの顔を見ると、日焼けした上からまた日焼けし、シミと皺が無数にでき、皺の谷にシミが呑み込まれているような感じだ。

「まだ体が動くとか強がっててもこんなもんだよ。これで‘俺はまだ若い’って言ってたら、恥ずかしいし、憐れだよ。でも・・・」

 魚屋の旦那さんは、間をおいて話の続きをしてくれた。

「年寄りを許してやってくれよ」

 それは、とても遠くから聞こえるような、トンネルの向こうから点のように差す光のように聞こえるような、そんな声だった。

「俺も、自分の父親を許せなかったけれど・・・

 でも、やっぱり、親やじいちゃんばあちゃんや、他所ん家の年寄りも、みんな許してやってよ・・・」

 僕たちは、じっと、魚屋の旦那さんの言葉を光の点でも見るような思いで聞いていた。

「かおるくんは、自分ん家のじいちゃんを知らないだろう」

 僕は、じいちゃん、と言われて仏間の鴨居に並べて掛けられたご先祖の写真の中の、自分が生まれる前に亡くなったおじいちゃんの写真を思い浮かべた。

「はい、知りません。僕が生まれる前に亡くなりました」

「俺は、かおるくんのじいちゃんをよく知ってる。いや、‘よく’というのはちょっと違うか。かおるくんのじいちゃんの記憶が強い、ということかな・・・

 俺の父親と、かおるくんのじいちゃんは、この町内で生まれ育った友達同士だよ。

 父親は長生きしたけど、かおるくんのじいちゃんは、若死にだったな・・・」

 魚屋の旦那さんはポットを手元に寄せて自分のカップにコーヒーを注ぎ、みんなもどうだ、と、僕たちのカップにも淹れようか、という素振りを見せた。あ、僕がやります、と弘樹くんが、残り3人の分を淹れてくれた。

「8月の花火大会には行ったかい?」

 魚屋の旦那さんの問いに、僕と弘樹くんは、はい、と頷き、営業マンの人は、残業中に会社の屋上から見ました、と答える。

「あの日はこの市の空襲の日だった・・・

 もう、第二次大戦のことを覚えている人もあまりいなくなったけど、焼夷弾が雨のように降って来て、街じゅう、火の海になった・・・

 あの花火大会をやる河原には火を逃れて大勢の人が逃げてきた。熱さに耐えきれず、水を飲むと安心して、そのまま息絶えてしまう人も大勢いた」

 僕のおばあちゃんから、空襲の話は少しだけ聞いたことはあったけれども、おばあちゃんは、ショックを受けるような説明や描写は敢えてしないようにしていたのかも知れない。魚屋の旦那さんの話はそれからしばらく、火の海となったこの市の、その日の姿を、映像で見るよりも恐ろしく、僕たちの想像力にも期待するような巧みな語り口で、気が付くと、体が硬直するくらいの緊張感が漲っていた。

「そんな中で、大勢の人は、仏壇を持ち出そうとした」

 まさしく、起承転結の‘転’に当たるような急激な展開の話を魚屋の旦那さんは出してきた。けれども、僕は咄嗟に、ああ、やっぱり、そうなんだな、と納得できた。

「でも、仏壇まるごとは大変だ。なので、仏様のお軸や像、先祖の位牌なんかを頭陀袋に詰めて、持って逃げるんだ。それから、若いもんがじいちゃんばあちゃんを背中に負ぶって逃げるんだ。わが女房やわが子の前にな」

 相槌も打たずに僕たちは聞いていた。

「日本人、って、そういう人間なんだよ・・・

 その日、かおるくんのじいちゃんは、俺の家の仏様なんかを持って逃げるのを手伝ってくれた。

 かおるくんのじいちゃんたちは、いつもそういう準備をしてたんだろうね。戦争が始まってからは仏壇の中のものをすぐに持ち出せるように、朝晩のお参りが終わる毎に、頭陀袋に入れてたんだろうな。

 自分の父親も準備はしてたんだろうけれど、運悪く、荷物を置いておいた場所が火の回りが激しかったのか、あきらめて、ばあちゃん・・・つまり、君らの世代から見ればひいばあちゃんを負ぶって逃げようとしてた。

 けれど、ばあちゃんは、‘仏様が、仏様が’、って言って、地べたにへたり込んで、動こうとしないんだよ」

 営業マンの人も、弘樹くんも、何だか信じられない、と言った相槌を打ちながら、話の続きを聞いている。

「そしたら、かおるくんのじいちゃんとばあちゃんが、それこそ、かおるくんのひいばあちゃんの手を引いて逃げて来ててな。かおるくんのじいちゃんは、‘俺、小柄だから’って、さっと火の中に入って行ってな。いつも行き来してて間取りなんかも全部知ってるから、そのまま仏様をひっつかんで、取って来てくれたんだ。

 大した人だと思ったよ。

 この記憶は、自分もその頃はまだ小さくて、はっきりした記憶じゃなかったよ。けれども、大人になって俺の父親の話を聞いたりしながら、記憶に肉付けしてきた感じだな。白黒テレビの映像がカラーテレビになった感じかな」

 魚屋の旦那さんは、すっかり冷たくなったコーヒーをごくごくとうまそうに飲んだ。

「まず、神さん仏さん、それから年寄りをひっ抱えて空襲の中を駆けずり回る。兵隊さんではないけれども、日本人って、割とこんな感じじゃないかな。もちろん、皆がみんなそうできる訳じゃない。やむにやまれず神棚も仏壇も焼かれた家や、泣く泣く家族を置いて逃げた家、本当に色々だった。

 ほら、東北の震災があったろう。

 あの時、津波が来るってのに、近所のお年寄りや寝たきりの人を放っておけないって、ひっ抱えて逃げようとしたけれど間に合わなくて自身も亡くなった、って話がいくつもあったろう。

 俺は、ほんとに、涙が出たぞ。

 今も、昔も、日本人って、こんなんだな、って、思った」


 僕たちが公民館を出るころはお昼過ぎになっていた。今日は、世間は仕事納めの日だ。

 営業マンの人も、主なお客さんに年末の挨拶をすると言っていた。

 僕は、今日の公民館での4人の集まりをとても不思議に感じていた。あれ、と思ったのだ。

 僕のお父さんは、‘大人な人たちの集団’のはずの会社で、なんだか子供のような不合理な出来事に悩まされているようだ。だから、僕は、社会人が必ずしも大人な人たちではないということに、大きな失望と不安を抱いていたのだ。

 けれども、今日の魚屋の旦那さんの話は、本当の意味での‘大人’の話だった。営業マンの人も僕は好きになった。弘樹くんも、とても誠実な中学生だな、っていうことに初めて気づいた。

 ああ、こんな大人の世界も、ちゃんとあるんだな。僕は深く深く深呼吸して、大いなる安心感に包まれたような、そんな感じで家路についた。


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