第65話 新しい春(その2)
年末は概ね除雪と冬休みの課題で過ぎていった。
元旦だけは雪がやんで、日の光が差す快晴だった。それだけで雪が溶ける訳ではないけれども、初詣はどこの神社も参拝者が多かったようだ。
マンガやドラマならば、仲良しグループで一緒に初詣に行くのだろうけれども、僕たちはそれぞれの氏神さまに初詣に行くのが、各家庭の習わしだ。僕の家の氏神様は市で一番大きな神社だ。自主トレ系マラソン部のランニングコースの最終チェックポイントだった神社だ。
さつきちゃんは親水公園のすぐ近くの神社が氏神様だ。みんなそれぞれに三が日を過ごしたはずだ。
部活も、各自、自宅の近所の公共の体育設備等を使ってトレーニングするように、という指示で、学校には冬休みに入ってからは行っていない。
けれども、僕はこのまま冬休みが終わってしまうのもなんだか寂しいような気がした。大雪のため、部活の各自トレーニングも、僕の場合は結局除雪がトレーニング代わりだった。
ちょっと体を動かしたいな、除雪以外で、という気持ちがあった。
僕は、市営体育館のアリーナの二階が、屋内ランニング周回コースとなっているのを知っていた。ジムもある。けれども、ただトレーニングをするだけ、というのもなんだかな、と思った。ならば、自主トレ系マラソン部の初稽古をしようか、と思いついた。
そう、市営体育館は、さつきちゃんの家の向かいの親水公園の中にあるのだ。
「ごめんね、遅くなって」
さつきちゃんが、薄いピンクのウィンドブレーカーを着込んでたったっと市営体育館のロビーの自動ドアをくぐってきた。
ベンチに腰掛けていた僕も立ち上がり、2人して同時にお辞儀をした。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
一応年賀状はお互いに出していたけれども、改めてこんなやり取りをすると、何だか照れ臭い。さつきちゃんはそんな素振りは全く無く、ふふっ、と笑っている。
じゃあ、ということで、利用券を買って、さっそくランニングコースを走り始める。よくよく考えたら、自主トレ系マラソン部とは言いながら、二人並んである程度の距離を走るのは、これが初めてだ。今まではそれぞれの自主トレコースを走った後で合流してクールダウンで軽く走る程度だった。
軽く走りながら、僕たちはぽつぽつと話をした。年末はどう過ごしたのか、初詣はどうだった。僕は、除雪や、魚屋さんの旦那さんの話もした。さつきちゃんは、うんうんと相槌を打ちながら、真剣に聞いてくれた。
「かおるくんのおじいちゃんって、凄い人だったんだね」
僕は、改めてさつきちゃんにそう言われると、ああ、そうかな、って思った。確かに、火の中にさっと飛び込んで行くなんて、なかなかできることじゃない。僕はおじいちゃんに会ってみたかった、と、素直に感じる。
気がつくと、いつの間にかペースが上がっている。さつきちゃんは、全く息を乱さずに走っているが、僕の方は、やや余裕が無くなってきた。
「今日は軽めにしとこ?」
さつきちゃんは僕の様子を見てなのか、小一時間で切り上げようと言った。
僕は、渡りに船、とは言わないけれど、少しほっとした。
今日、さつきちゃんを自主トレ系マラソン部の初稽古に誘うに当たって、さつきちゃんから一つ条件が出ていた。
走り終わったら、日向家に年始の挨拶に向かうこと。とはいえ、要はお茶でも飲みに来てさつきちゃんのおばあちゃんとお母さんに、久しぶりに顔を見せて欲しい、ということだった。
お正月なので、本当はある程度きちんとした格好でお邪魔すればよいのだろうけれども、ジャージにウインドブレーカーという姿でそのままさつきちゃんの家まで歩く。さつきちゃんも同じ恰好なので、まあ、いいだろう。
さつきちゃんの家に着くと、座敷に通された。隣の仏間との境目の襖が開けられ、二間を使い、敷居を跨げて和テーブルが二つくっつけて並べられている。
「ごめんね、明日、親戚の人たちが年始の挨拶に来てここで食事を振舞うから」
さつきちゃんの家は本家なので、お盆にもこういうことがあるのだろう。と思った。
すぐに、さつきちゃんのおばあちゃんとお母さんが座敷に入ってきた。2人とも、にこやかな顔で、すぐに畳に手をついた。僕も慌てて正座して畳に手を着いた。
「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
と、何度も頭を下げ、年始の挨拶を交わした。見ると、さつきちゃんもおばあちゃん、お母さんの少し後ろで手を着いて挨拶してくれていた。
「かおるくん、いつもありがとうね。何もないけれど、ゆっくりしていってね」
ありがとうございます、というと、2人とも部屋を出ていき、僕とさつきちゃんの2人がやたら広い座敷と仏間に残された。
さつきちゃんがお茶を入れてくれる。
「お菓子も食べて。本格的にごはん、という訳には行かないけれど、おせちを少し取り分けたから、よかったら食べてみて」
見ると、僕が勧められた座布団に座ったそのテーブルには、お正月らしく鈴本亭の練り切り。それから、黒豆や昆布巻き、出汁巻き玉子が取り分けられて並べられている。
「黒豆はわたしが煮たんだよ。それから・・・」
さつきちゃんはちょっと照れたような感じでテーブルの上を指さした。
「出汁巻き玉子の、ちょっと形が悪いのも、わたし」
僕は、じゃあ、
「いただきます」
と、手を合わせてから小皿に黒豆と出汁巻き玉子を取り、箸をつけた。
さつきちゃんは、正座した膝の上で手を軽く組みながら、
「どうかな?」と僕に訊いてきた。
僕は、感じたままを言った。
「ほんとうに、おいしい」
さつきちゃんの目が途端に明るくなり、にこっと僕に笑いかけた。
「ありがとう、うれしい。その家々の味があるから、多分、かおるくんのお母さんが作るおせちとは違うかもしれないけど、よかった」
一種類ずつ食べた後、さつきちゃんはお茶を淹れ直してくれた。練り切りを小さく切り分けて口に入れると、普段は羊羹しか食べない鈴本亭の和菓子の、また違った繊細な味を知った。
お茶を飲みながら、何気なく、隣の仏間の仏壇の横を見ると、掛け軸がかけてある。そこには、銃剣を持ち、背嚢、いわゆるランドセルを背負い、真っ直ぐな姿勢で前を見つめる人が立っている。
「このひとが・・・・」
「わたしのご先祖さま。戊辰戦争で戦死された、かおるくんが朝お参りしてる神社にお祀りされているひと」
「耕太郎に、似てるね・・・」
そのひとは、とても涼しい目をしている。その目が耕太郎とそっくりだった。
戦いの中で死んでいく。それが一体どんなことなのか、僕には想像もつかない。けれども、そのひとは、本当に涼しく、凛々しい表情で、ただ真っ直ぐに立っていた。
「耕太郎が生まれた時、このご先祖さまの生まれ変わりだ、って、おばあちゃんが言ったんだって。生まれたばかりでも、それくらい似てたんだね、きっと」
「この人は、軍人だったの?」
僕は戦国時代の小説はそれなりに読んだのでなんとなく時代背景を頭の中に描けるが、戊辰戦争のこととなると、よく分からずに聞いてみた。
「ここの藩の藩士だったんだって。武士、だね。ここの藩はいわゆる官軍だったから、武士として行ったんじゃないかな。どの場所で戦死したとか、詳しいことはわたしも・・・おばあちゃんもはっきりとは分からないみたい」
武士、と聞いて、更に自分の想像を超える。もちろん、歴史小説に出てくる武将や戦のシーンは僕が読んだ小説の作者それぞれの描写が素晴らしく、目の前にその人物の姿や声まで浮かぶようだが、戊辰戦争となると、本当はもっと近い、より現実的なものの話であるだけに、このひとが、どんな風に戦いの中に身を置き、あるいは出陣の時に家族と別れ、どのようにして傷つき、あるいは傷つけ、そして、死んでいったのか、考えられない。いや、考えることが、怖い。考えるとそれは、遠い戦国時代の話ではなく、そのひとの傷が、生々しい痛みとなって感じられるような気がするから。もし、自分が刀で斬られたら、あるいは斬ったら。このひとが手にしているような銃剣で撃たれたら、突かれたら、あるいは相手を撃ったら、突いたら、どういうことが起こるか。血が出る、痛く苦しい、あるいは、人の命を奪ったということの重み、そういった当然のことが、改めて思い起こされる。
僕のおばあちゃんが小さい頃にしてくれた話なのだが、川で魚を獲ることを生業としていた漁師が、魚の命を奪っていた、ということで成仏できずにいた。そこへ旅のお坊さんが通りかかり、何日かかけてその漁師のためにお経を上げると成仏できたそうだ。おばあちゃんは、そのお坊さんが偉い、ということに主題を置くよりも、殺生はたとえそれが仕事であっても神仏の慈悲がないと許していただけないものなのだ、という風に話してくれた。
掛け軸の中にいるそのひとは、武士だ。徳川時代のある意味太平の世にあったとしても、武士としての緊張感の中で日々の勤めをし、そして、いざ何かあった時には、やむを得ず殺生、しかも魚ではなく、人との命の遣り取りをするという殺生もしなくてはならない、ということを意識して生きていたはずだ。
けれども、その人の姿からは、そういった悩みや苦しみが感じられない。ただ、静かに、涼しく凛々しく、真っ直ぐに立っているだけだ。なぜなのだろう。僕たちはごく普通の日常を送るだけで心に垢が溜まり、苦悶の表情で地べたを這いずり回るような有様なのに。僕のお父さんも、このひとのような涼しい姿になってくれたら、と思う。それは、お父さんの現在の姿が嫌いというよりも、このひとの姿があまりにも好ましいからお父さんにも苦しみが消えたこのひとのような姿になって欲しい、と、ほんとうに心からそう思う。
「さつきちゃん、ありがとう。そろそろ失礼するね」
「うん・・・こっちこそありがとう。また来てね」
僕はそろそろ晩御飯の時間になるので、さつきちゃんのおばあちゃん、お母さんにもお礼を言って、家路についた。
僕は掛け軸の中にいる、あのひとに、また会いに来たいと思った。




