第48話 夏の終わりから秋の始まりにかけて(その2)
不思議なもので、さつきちゃんと2人で差し向かいになると、家族がいたときよりもかえって緊張するような気がした。
「かおるくん、アイスコーヒー飲んで」
と、さつきちゃんが、僕にグラスを持って来てくれた。
うん、ありがとう、と、ストローに少し、アイスコーヒーを吸い上げる。
さつきちゃんは、いつものにこっ、とした顔になっていて、僕に話しかけてきた。
「この間の、花火大会の時の続き、話しても、いい?」
「・・・うん、いいよ」
僕がそう言ってから、さつきちゃんは、少しの間、んー、と声に出して考えてから、話し始めた。
「わたし、本当に、かおるくんの話してくれることとか、してくれることとか、真面目に考えてるよ」
さつきちゃんは、神社の境内での言葉をほぼその通りに言った。
「白井市のマラソン大会のこともなんだか嬉しかった。自主トレ系マラソン部に付き合ってくれて、ありがとう、って思う。家事をするのも、帰宅系家庭科部、って言ってくれて、嬉しい。わたし、ほんとはやっぱり、高校で部活に入ってないのをなんだか寂しい、って思ってたから」
「なんで、部活に入らなかったの?前は、色々あった、って言ってたけど・・・」
「うん、やっぱり、わたしのことから、話すね」
さつきちゃんは、アイスコーヒーをひとくち、こくっ、と飲んだ。
「わたしの中学は、ソフトボール部が結構強くて、部員も1年から3年まで合わせて50人いたんだ。わたしは背が低かったけど、結構小回りが利くのと、1年生の時にかなりトレーニングを一生懸命やって基礎体力があったお蔭で、2年生の時に、レギュラーになれた」
「すごいね、50人の部でレギュラーなんて」
「2年生の時はほんとに充実してて。3年生の先輩も尊敬できる人たちだったし、2年生のレギュラーも真剣に3年生のレベルに食らいつこうとしてたし」
なんだか、僕は、そんな中のさつきちゃんを、半分想像できて、半分は想像できない。
「それは、今思えば、‘チーム’としての本当の意味での実力があった、っていうことだったのかな、って。だから、3年になった時、個人の実力は凄いって言われてたわたしたちの学年が最高学年になったのに、あれ、なんかおかしいな、ってなるのは当然だったのかな、って」
「おかしかったの?」
「うん」
「みんな凄いのに?」
「うん」
「チームワークが無くなった、ってこと?」
「んー、結果的にはそういうことなんだけど、原因がすごく変なところにあって」
「ごめん、よく分かんない」
ふふっ、と急に、さつきちゃんは、笑った。
「ごめんね、わたしが言ってて自分で分からないのに、かおるくんには伝わらないね」
さつきちゃんの眼尻に、じんわりと、水滴が浮かんでいた。ような気がした。
「わたし、先輩たちが引退した2年の秋に副キャプテンになったの。キャプテンは、実力、尊敬を併せ持った子で、わたしは、その子の補佐役、として。先輩方からバトンタッチされる時には、みんなこの体制で一致団結して頑張ろう、って気合いを入れてたんだよ」
「スポ根だね」
「書道の時間に自分の座右の銘を書く課題があって、キャプテンの子は‘根性’って、毛筆でのびのびと書くような子だから」
「なんだか、素敵だね。うらやましい感じがする」
「わたしは、かおるくんたちの、今の陸上部の話を聞いてると、なんだかそのキャプテンの子の気持ちみたいで、すごく、すかっとするよ」
「ありがとう」
さつきちゃんは、それでも、嫌な話をする準備ができてきたようだ。
「最初は、3年の春にあった、初回の三者面談がきっかけだったみたい」
「三者面談?」
「うん、三者面談」
「先生と親と生徒の?」
「うん」
なんだか、僕が想像している方向とは違う話のようだ。僕はてっきり、部員同士の僻みのようなトラブルの話かと思っていたのだけれど。
「三者面談で、野球部の部員の父兄が、キャプテンや副キャプテンをやっている生徒の内申点は受験に有利だ、って言ったらしいの」
「え、野球部員?」
「うん」
「ソフトボール部員の、じゃないの?」
「うん、野球部員」
僕はもうとにかく、さつきちゃんの話の続きを聞くしかなさそうだ。
「その話を野球部の話だけにするわけにはいかないから、各部で、どんなやり方でキャプテンと副キャプテンを決めたか、それだけじゃなくて、どうやってレギュラーを決めているのか、明確にして欲しい、っていう、どちらかというと、父兄側から学校側に出されたクレームみたいな話になったみたい」
「なんか、わけが分かんないね」
「うん、でも、もしかしたら、キャプテンや副キャプテンになっていない人や、レギュラーじゃない人にとってみたら、内申点とか関係なく、色んな思いはあるのかもしれないな、って・・」
僕は、自分のことを思い出して、言おうか言うまいか迷ったが、言ってみた。
「確かに、僕は、走り幅跳び、っていう専門はあるけれど、全般的には中学の時はずっと補欠みたいなポジションだったから、なんとなく、引け目はあったかな・・・・」
さつきちゃんも、素直に聞いてくれた。
「うん・・・だから、多分、中学のその時までのわたしは、かおるくんが今言ったような気持ちが分からなかったと思う・・・
それで、結局、各部の部員と顧問の先生方に対して、調査と是正が求められたの」
「調査と是正、って、もう一回選びなおすの?」
「うん。たとえば、皆で投票して公正に選んだんでなかったら、やり直せ、って」
信じがたい話だけれども、部活というものを、あくまでも学校の教育活動のひとつ、としか捉えないとしたら、そういう発想になるのだろう。けれども、部活は、決して学校の活動ではない。その部活の部員たちの活動だ。もちろん、顧問の先生はいるけれども、それは本来、部員たちが、自分達の活動をするために、先生のお力添えをお願いします、と、部員が依頼者として、先生と部員の間に、顧問契約が交わされた、というのが、本当だと思う。
それほどに、大人が想像するよりも、部活がその年代を生きる部員たちの生き様に与える影響は大きい、そんなもののような気がする。
さつきちゃんは、淡々と話を進める。
「ソフトボール部は先輩方が引退する時に、自然な感じでこういう体制に決まったから。別に選挙をしたわけでもないし。それに、もう、先輩方からバトンタッチを受けてから、半年以上その体制で練習してきてたから、どうしよう、って、ほんとに、真剣に悩んだんだよ」
「・・・うん」
「それで、顧問の先生と一緒に、みんなでミーティングしてね。土曜日の朝から。ほんとは、午後から練習するつもりで持って来てたお弁当も、ミーティングのためのお弁当にして、夕方まで、話し合ったんだよ」
なんだか、ソフトボール部の全員に感情移入してしまった。
「他の部活も同じようなミーティングをしてたと思う。運動部も、文化部も。その日は結構みんな学校に来てた」
そっか、ソフトボール部だけじゃなく、さつきちゃんの中学の部活全部に、だ。
「3年のみんなも、納得して今の体制になった、ってことは分かってるんだけど、‘内申点’っていう、思いもしなかった視点が示されたら、なんだか、不思議な感覚になったんだろうね。今の体制を否定する訳じゃないけれど、‘対外的に説明がつくようにしなきゃいけない’って、事にばかり考えが向いてしまったのかな」
さつきちゃんは、もうひとくち、アイスコーヒーを、こくっ、と飲んだ。
「形だけでも選挙をしようか、とか、父兄の眼の前で自分達の部活のことを説明したらどうかとか、色々言ってるうちに、キャプテンの子がね」
さつきちゃんは、段々、声が小さくなってきた。
「自分がキャプテンを辞めれば分かりやすいんじゃないか、って」
「ちょっと難しいけど、何となく、そのキャプテンの子の気持ちは分かる」
さつきちゃんは、うん、と言って、話を続けた。
「みんな、そうじゃないよ、って、言ったんだよ。そしたら、キャプテンの子は、代わりに、日向がキャプテンやればいい、って。そうすれば、けじめもついたような感じがするし、日向なら、副キャプテンとしてやってきてるんだから、自然な流れのまま、夏の大会に入っていけるからって言うんだ」
「顧問の先生は何か言わなかったの?」
「先生は、本当に困ってるみたいだったよ。悪いところもあるけれど、とてもいいチームだし、部活らしい部活だって、先生は一生懸命に力を貸してくださってたから。この話し合いだって、部員が自主的に解決法を探ろうとしてやってたから。変な話、‘内申点’ていう物の見方を持ち込むのは、せっかくのこのソフトボール部を、わざわざ低めるための考え方だから」
僕は、言葉が出せず、黙って聞いた。これじゃ、まるで、花火大会の神社の境内と同じだけれども。
「結局、土曜日は決まらなくて。それで、月曜日の三者面談はわたしの番だったんだけれど、その時、お母さんがね」
「えっ、お母さん?」
「うん。お母さんがね。‘娘はソフトボール部の副キャプテンですけれども、部活そのものを辞めさせますので。それで、高校受験の内申点がどうなるとかも一切文句を言いません。それで、代わりの副キャプテンを立ててもらうことで、ソフトボール部の問題は解決したことにしてやってください。’って言ったの」
「それは、さつきちゃんも了解して言ったことなの?」
「ううん。その場で初めて聞いたよ。でも、わたし、ああ、そうかな、って。だから、わたしも、先生、お願いします、って、言ったよ」
「ええ?それでよかったの?」
「よくはなかったけど・・・でも、なんだか、早くすっきりしたかったから・・・」
また、さつきちゃんは、にこっ、と笑っている。
「・・・じゃあ、さつきちゃんが辞めて解決したの?」
少し、さつきちゃんは重い顔になったが、ほほ笑みは絶やさなかった。
「結局、部活は辞めなくて、副キャプテンだけ辞めさせて貰ったよ。それと、2年ですごく実力が伸びた子が何人かいたから、わたしはレギュラーも外れたよ。解決かどうかは分からないけど、ソフトボール部は夏の大会で県で2位になって、近隣圏大会に出場したよ。全国大会までは行けなかったけど」
僕は、おー、という声を何となくあげてみた。
「多分、まともに選挙とかやった部活はなかったんじゃないかな。野球部はどうか分からないけど・・・」
「野球部はどうなったの?」
「市大会の二回戦で負けたんだったと思う」
さつきちゃんは、だから、と続けた。
「だから、わたしは、高校では帰宅部、って、その時から決めてた」
また、ふふっ、と笑った。
僕は、なんだか、さつきちゃんの話が切なくて、なおかつ、まだ中3のさつきちゃんの置かれた立場、とった行動が大人すぎて、かわいそうなような、とてもいとおしいような気持ちになった。なんとなく、さつきちゃんのことが、高校に入学してすぐに気にかかった理由は、こういうことが、さつきちゃんの姿かたちにまで滲み出ていたからなんだろうな、と思う。
「さつきちゃんて、やっぱり、すごいんだね・・・」
さつきちゃんは、首と手を結構な勢いで振って、
「ううん、すごくなんかないよ。ちょっと、変わってはいるかもしれないけど」
僕は、ようやく、自分の心の準備ができたので、言ってみた。
「僕の話、してもいい?」
「うん、聞きたい」
僕は、かなり説明ぽくなるとわかっていたけれど、話し始めた。




