第49話 夏の終わりから秋の始まりにかけて(その3)
僕が、お父さんがちょっと変だな、と思ったのは、お父さんが夕方、ベランダのコンクリートの床に座って、空を見上げてた時から。ちょうど、おばあちゃんが亡くなって一か月ほど経った頃だったと思う。自分の母親が亡くなって、きっと、寂しいんだろうな、って思った。
なんとなく、声をかけることもできなくて、何を見てるんだろうな、って思っただけだった。どうみても、雲が流れている様子だったり、カラスが飛んでいる様子を見てるようにしか見えなかった。
多分、そういう様子を見せている間に、僕のお父さんとお母さんの間には色んなことがあったんだろうけれども、お父さんは、うつ病だ、って、診断された。
お父さんは、会社を休まなかった。その理由は、僕にははっきりとは分からない。
僕は、漠然と、大人の世界は、それこそ、子供のような不条理なことは決してしない人たちの世界だと思っていたけれど、どうもそうじゃない、っていうのをやっぱり見せつけられたような気がした。
お父さんを見ていて、何とかしてあげたい、というよりは、自分自身がとても不安になった。社会に出れば、この不条理な状態から違う世界に入れる、って思ってたのに。
お父さんの病気が良くなったのかどうかは、正直、よく、分からない。ぽつり、ぽつり、とは、僕とお父さんは、話をする。以前は、好きなことを仕事にして、いつか、そのこと自体が嫌いになったら大変だぞ、って、言ってた。野球が好きな人がプロ野球選手になって、そのうちに野球が嫌いになったら、プロ野球選手、っていう仕事を続けられるのか、っていうような。
でも、病気になった後は、好きなことをできるに越したことはない、って、言うようになった。きっと、実感なんだろうと思う。
神社にお参りするのは、もともと、お父さんが、たまに神社に連れて行ってくれてたから。
そんなにしょっちゅう、ってわけじゃないけれど、小・中学校に入る時や、新学年になる時、とか、初詣以外にも連れてってもらった。
花火大会のあの神社は、桜の花がきれいで、花見に行こう、と言って、なんとなく毎年、自転車で行ったり、歩いて行ったり、お参りして、大きな桜の木の下を歩いた。その帰りに団子を食べたこともあった。兄ちゃんがまだ家にいる時は、兄ちゃんも一緒に行ったりしてた。お父さんは、桜を見て、きれいだ、って、それだけ言ってた。
高校に入ってから、僕が、毎朝、神社にお参りするようになったのは、教室にすぐにたどり着いて、いきなり、皆と顔を合わせて、っていうのをする前に、心の準備が必要だったから。決して、高校が嫌だったわけじゃないけれど。小学・中学から見たら、とても、いい環境だとは思ったけど、それでも、漠然とこんな不安があった。
ああ、もし、また、小学や中学とおんなじことになったら、どうしよう、って。
その僕の気持ちと、お父さんの病気とは、すごくシンクロしてたから。だから、僕は、お父さんの病気のためにお参りしてたんじゃなくって。自分の不安を少しでも遠ざけたい、不安どおりのことが起こるタイミングを少しでも後にずらしたい、っていう気持ちで、お参りして、学校にたどり着くまでの間を取りたかったんだ。
「かおるくんは、小学校や中学校が辛かったの?」
さつきちゃんは、当然の疑問を僕に投げてきた。
うん。小学校の途中から一緒だった、太一が一番よく知ってる。さつきちゃんには、本当は言いたくないんだけど、僕は、いじめられてた。
僕がいじめられる理由は色々あったと思う。かなりの原因は、僕自身にあったと思う。
具体的にどんなことがあったかまでは、恥ずかしくて、言えない。女の子には話せないような内容のこともあるから、さつきちゃんには、言えない。
中学の時は、小学校の時のいじめの相互依存関係から抜け出せないメンバーに新しい、不良っぽいメンバーも加えて、それまでみたいな稚拙さや頻度の多さではないけれど、もっと洗練されたいたぶりが増えた。
ただ、陸上部に入って、別の世界ができたことが、ありがたかったなあ、っては思った。
それに、小・中と、僕の情けない姿を見続けても、僕と友達でい続けてくれる、太一のような人間もいたから。それから、いじめを受ける側としての対象も、僕以外にかなり増えてたし、薄まった、っていう感じだった。
だから、僕は、何が何でも鷹井高校に受かりたかった。鷹井高校は、そういう意味では、‘大人’が多い学校だって、はっきり、分かってたから。
実際、鷹井高校は、入ってみて、そんな高校だと思う。確かに、授業についていくだけでもかなり大変だけど、みんな、しっかりしてると思うし、陸上部の先輩なんかは、全員尊敬してる。
僕は、お父さんみたくはなりたくない。せっかく、分別のある世界にいるのに、いつの間にか、自分で自ら、理不尽な世界を作り上げたりしたくない。
だから、気が付いたら、神社に足が向かってるんだ。
お父さんには、どうしてあげればいいのか、正直、分からない。
最後に、僕は、古い木造の家のおばあちゃんの話も付け加えておいた。




