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月影浴1 おつきさま  作者: @naka-motoo
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第31話 スピードをつける(その7)

 まだ僕しか目を覚ましていない家の中、台所へ行き、ストレッチを始める。アスファルトの上を走るので、膝をやられないように、足のストレッチを念入りにし、最後に軽く上半身、腕の筋を伸ばした。そして、コーヒーメーカーに入ったままになっている冷えたコーヒーをマグカップに1/4ほど注ぎ、ごくっと飲み干す。運動の前にカフェインを摂ると、脂肪を燃焼しやすくなり、エネルギー効率が良くなるのだ。自転車のロードレースの選手はレース前にコーヒーを飲んだり、炭酸を取り除いたコーラを飲んだりしている。

 僕は、玄関を出てカギをかけ、腰にぴったりと巻けるウエストポーチに鍵と小銭を入れ、走り出した。夏とは言え、早朝だとまだ涼しい。天気は雲一つない快晴。今日も暑くなりそうだ。上はロボットがガラスケースの中から「出してくれ」と頼んでいる絵柄の書かれたTシャツ、下はランパンで、出だしは快調。まずは、走り出して駅方向に500mほど進んだところにある、中くらいの大きさの川の脇にずっと連なっている桜並木の遊歩道の橋の手前までたどり着く。その橋のすぐ手前に、観音様のお堂と、そのお堂の隣にはお地蔵様、そのお地蔵様の少し後ろに、剣を持ったお不動様がおられる。ここは、お盆やお花見の季節になると、地元の町内の人たちが、茣蓙を敷いて、仏様にお供えものをし、お酒を酌み交わしてお祭りをするのが恒例となっている。ここが僕の第一チェックポイントだ。僕はウエストポーチから1円玉か5円玉を出して、スチール製の郵便受けのような形をしたお賽銭の箱に入れ、手を合わせる。特に何かをお願いする訳でもなく、手を合わせて5秒ほどじっとして、そして、また走り出した。

 今度は市で一番大きな川の橋を渡るポイントまで来た。この橋の手前にもお地蔵さんがおられる。このお地蔵さんはかなり大きなお地蔵さんで、プレハブのお堂に見立てた建物の中におられる。僕はまた1円玉をお賽銭箱に入れ、手を合わせる。本当は百円玉か10円玉をと思うのだが、僕の経済力では本当に申し訳ない話だが、無理なのだ。

 僕は、こんな風にして、チェックポイントを、お地蔵様や神社に設定し、途中途中ストップしながらのコースとした。どれもお父さんかお母さんの運転する車では通ったことのある道だが、自分の足で走るのは今日が初めてなので、途中に神社があったら、そこをチェックポイントにして、立ち止まりながら走れるコースにしようと思っている。

 ノンストップで走るのは無理だと僕は考えたのだ。10km走るにしても、アスファルトの上を走るので、膝に相当な負担がかかることは予想していた。なので、途中、適当な距離距離で止まりながら走るようにしようと思ったのだ。そして、チェックポイントが神社やお地蔵様というのは、一応理由がある。お父さんがよく神社に連れて行ってくれたことが理由その1.理由その2は、中学3年の高校受験の際、成績が思うように伸びず、志望校である鷹井高校に受かるかどうか微妙な状態になっていた時のことだ。親戚のかなり年配のおばさんが、僕のお父さんがうつ病になっていたことが、僕の学校生活全般にも影響を与えているのではないかと心配してくれて、こんなアドバイスをくれたのだ。

「かおるちゃん、家から何kmか行ったところに一の宮の神社があるだろ。毎日勉強する前に、その神社まで走って行って、お参りしてから机に向かうといいよ。必ず、あんたのためになるよ」

 僕は、お父さんのうつ病のことももちろんあったけれども、とにかく勉強ばかりしないといけないという気持ちが空回りしていたのだ。こんな時、おばさんが僕に教えてくれたことにすがるようにして、僕は走った。このおばさんは、何か不思議な、先の未来が見えるようなところがあり、親戚の中でも何かと相談を受けるような存在だった。

 高校受験の時期にこうやって神社に向かって走ったことがどの程度僕のためになったのか、僕自身は分からないが、とにかく、皆が勉強しているさ中に「走った」という思いが、奇妙な自信になり、受験当日は、なんだか自分が回りの受験生に対してアドバンテージを持っているような、不思議な落ち着いた気分になったのを覚えている。今思えば、さつきちゃんも受験当日、高校の受験会場となったどこかの教室にいたはずだ。さつきちゃんは何かアドバンテージを感じて試験を受けていたのだろうか。

 僕は、こんな経緯から、神社やお地蔵さんや観音様のお堂がなんだかとても懐かしく感じられるのだ。


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